ジャングル・レーヌ 10

「もう一度! 水龍槍ハイドラ・ジャベリン!」

 ヒュドラが体内を泡立て、大地すら削り取る超高圧水を生み出さんと首を曲げます。アンスリウムはそれを察してか、すぐさま膝を曲げ、回避の準備に入りました。

 ですが、回避なんてさせません!

「【三叉槍トライデント】!」

「!!」

 超高圧水を放ったのは、三匹のヒュドラでした。

 一斉に口を開き、膨大な水を凄まじい勢いで吐き出します。


 ドァッ!!!!!

 

 それは単純明快な力でした。

 先ほどと同じ攻撃ではありますが、その範囲が三倍になったのです。弾丸が同じなら、1発より3発撃った方がいいに決まっています。

(どうくる……!?)

 運動能力だけでは回避しきれないようです。そしてワイヤーを穿つ木々は背後にもうありません。さきほどヒュドラでなぎ倒しました。アンスリウムがこの攻撃を回避するのは困難なはずです。

 これで終わってほしい。

 そう願いつつ、しかしそうはならないだろうと、心の奥底では思っていました。


 シュルル!


「!?」

 体に何かが巻き付きます。

 黒くて少し光沢のある、これは……アンスリウムのワイヤー!

(しまッ――)

 直後、水龍槍が着弾した水しぶきの中から、鎌を展開したアンスリウムが飛び出してきました。

「きゃ!?」

 ワイヤーに体を引かれます。思わず踏み止まってしまいましたが、それはアンスリウムの脱出を援護することと同義でした。また同時に、接近戦が得意なアンスリウムを、自分の懐に招き入れつつありました。

「ぐっ――うあああ!!」

「!」


 ガギン!!!!!


「う、ううううッ……!」

「……」

 腕に激痛が走り、瞬時に感覚を遮断しました。

 私の左腕を破壊しようと迫った鎌を、とっさに左前腕ぜんわん部分で受け止めたのです。鎌は腕を貫通していますが、他は傷ついていません。つまり、相手が狙っていたであろう精霊刻も無事です。彼女は私が回避を選ぶと思っていたのでしょうが、いつまでも逃げてはいられません。

「精霊刻を狙ったが、素直過ぎたか」

 これはきっとチャンスでした。相手に触れているのですから。

「……私をあまり――」

 背後でヒュドラが頭を後ろに反らします。そして、すぐにこちらに向かって突っ込んできました。

「舐めないでください!」

 

 ゴォ!!!


「自分ごと!? ぐっ!?」

「ひぁっ!?」

 アンスリウムは瞬時に鎌を引き抜き回避を図りました。が、その一拍の遅れが効きました。彼女はヒュドラの体当たりに巻き込まれ、吹き飛ばされて何度もバウンドして止まりました。私も私で飛ばされましたが、彼女よりは飛距離が短かくて済みました。回避のために体が浮いていた分、アンスリウムが大きく吹き飛ばされた形です。

 私がもたついている間にも、アンスリウムは立ち上がります。しかしダメージは確かに入ったのか、その挙動は少しぎこちないです。口の端から漏れ出した冷却液を、手の甲でぬぐっていました。

「!」

 額のつのに稲妻が走ります。

 そして――ドッ!! 赤道砲が放たれました。そしてそれは、私を射抜くことなく、水辺に広がる地面に向かって照射されたのです。おまけに地面を縫うように、ジグザグと。

「わああアっ!!」

 衝撃波と強烈な熱線が私を襲いました。水辺の方へ吹き飛ばされた後、思わず閉じていた目を開けてみると、周囲は砂埃で覆われ、ほとんど視界が無くなっていたのです。

「! これは……!」

 いいえ。視界が奪われるだけではありませんでした。

「まさか、霧を!?」

 アンスリウムの動きを捉える私の霧が、砂埃と衝撃波で吹き飛ばされていました。 これではアンスリウムの動きを捉えられません!

「一体どこに……!?」

 耳を澄ませ、アンスリウムの気配に神経を研ぎ澄ませます。


 ――ゴゾっ。


 背後で物音!

「【ツイスト】!」

 森の中での戦闘の際、姿を消したアンスリウムは、小石を使って自分の位置を誤認させました。エナさんと私はそれにまんまと引っ掛かり、私は右腕を失いました。ですが、もうその手には乗りません。

 ツイストは、自分の周囲で旋回する水の渦を作り出す、一種の防御態勢です。高速回転する水は、よほど大きく重いものでないかぎり、たいていのものを弾き飛ばします。

(どこから来るか分からないなら、全方向を守ればいい……!)

 ですが、このツイストには弱点があります。水平方向からの干渉にはそこそこ強いですが、頭上がガラ空きなことです。チャオプラヤーさんに追われてこのツイストを使った時、エナさんにその弱点を突かれ、すぐに侵入を許しました。あの時のげんこつは痛かったです。

(アンスリウムにそれを見破られたら……)

 そんな不安を抱きながら、私は頭上を見上げ――アンスリウムと目が合いました。


 そして私は、思わずこぼしたのです。

 つまり、「待っていました」と。


「なにっ?」

 まさかそんな言葉を吐かれると思っていなかったのでしょう。アンスリウムは目を瞠ります。

「相手の動きを捉え切れないなら――」

 ツイストを解除。その水をすぐに攻撃に転用します。

「あえて道を残してやればいい!」

 精霊刻が発光します。渾身の出力を込めた、超高圧水を放ちます。

「【刃波ヤイバ】!」

 私の目の前に展開される2本の水流。それぞれの太さは人間の指の太さと同程度ですが、猛烈な勢いで噴き出していました。超高圧まで加圧されていて、触れたものを容易に切断します。2本の水流は私とアンスリウムの間で交差しており、その角度は140度ほど。

 ですが、それは瞬時に90度、60度と角度を狭めていき、まるでハサミのようにアンスリウムを切断せんと迫りました。

 空中、しかも2方向からの攻撃の前では、回避はもはや不可能。

 しかし。


 ジジッ――ゴゥッ!!!!


 赤道砲が放たれます。しかもあらぬ方向へ。

 なんとアンスリウムはその反動を利用して、刃波ヤイバを回避したのです。

「終わりだ!」

 空中で体勢を立て直したアンスリウムが、鎌と爪を振り上げました。


「リバース!」 


 ――スパン!

 次の瞬間。

 アンスリウムの両腕が、刃波にあっさり斬り落とされました。


「なん……!?」

「――」

 アンスリウムがやり過ごしたかと思った水流は、まさにのごとく、先に描いた軌道を辿って戻ってきたのです。刃波が切断したアンスリウムの両腕――肩より下の大部分――が地面に落ちます。

「ご存知かはぞんじませんが」

 アンスリウムの体勢が崩れます。両手を失ったからでしょうか。

「波は寄せては返すものです」

 彼女は攻撃を諦め、私の背後に着地しました。

 そして離脱を図ったようなので。

「逃がしません」

「!?」

 アンスリウムの足を、水を使って捕まえます。たまにエナさんにやっていたあれです。先ほどまでの攻撃で辺りが水浸しの洪水状態になっていたため、可能になりました。

「おおおおああアッ!!!」


 ガッ!!!


 アンスリウムの顔面を、残った左腕、裏拳で殴りつけます。

「プレスキャノン!」

 さらにアンスリウムの全身を水で包み、水圧をかけて湖の方へ弾き飛ばします。

 その先ではヒュドラが口を開けて待っていました。ヒュドラに飲み込まれたアンスリウムは、水でできた首の中を通って、ヒュドラの首の付け根が集まる胴体部分に運ばれました。

 ヒュドラの身体の中で、アンスリウムはもがきます。ですが、いくら人間より運動能力が高いとはいえ、水中でできることなど知れていました。

 と、その時、彼女の角に稲妻が走ります。赤道砲を発射する気です。

「やめた方がいいです」

 しかし私の声は聞こえないのでしょう。彼女は赤道砲を発射しました。

 その瞬間――ボゴンッ!!!

 赤道砲は発射されたようですが、私がいるところとはだいぶ違う方向へ飛んでいきました。そして、赤道砲の膨大な熱によって引き起こされた水蒸気爆発により、アンスリウムは決定的なダメージを追いました。もはやもがく力も無いようです。

「だから言ったのに」

 しかし密林の女王ジャングル・レーヌモードであることを示す発光が続いているので、まだ鉱石炉などの稼働は続いているようでした。私は損傷した左腕が動くことを確認するように、そっと水平に持ち上げます。そして手のひらを開き――ギュッ!! と握り込みました。

「【深海落としトレンチ・フォール】」

 

 ドグンッ。


 それは心臓の鼓動に似ていました。

「圧壊!!」

 アンスリウムの体がビグンッと跳ね、それを合図として、主要な関節を中心に、彼女の体はバラバラになりました。体に浮かび上がっていた光る文様も消えました。

「……」

 深海落としトレンチ・フォール

 膨大な水を利用し、その内部に大水圧をかけ、内部にあるものを押し潰す技でした。平時では爆発物の処理などに使用されることがあります。ただし、これほどの規模を求めることはほとんどありません。

 ヒュドラが崩れていきます。ヒュドラを象っていた水が、波となって湖畔に押し寄せていました。私の足元で、水たちがちゃぷちゃぷと遊びます。

「……エナさんを、迎えに行かなきゃ……」

 うわごとのようにこぼし、私がふらふらと森の方へ歩き出したころ。


 ズドォォォォオオオッ!!―――――--……


 大地を揺らす衝撃と共に、湖上に巨大な水柱が立ち上がりました。

 アンスリウムの機能が完全に停止し、機密保持のための自爆機能が働いたのです。

 飛び散った水しぶきが雨のように降り、私のフードをボタボタと鳴らしました。フードのおかげで、私の顔が水しぶきで濡れることはありませんでした。

 でも。

「……うっ……うぅ……っ」

 流れ出る涙のせいで、私の頬は止めどなく濡れそぼっていきました。


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