第37話 エピローグ


 それから……


 俺は当然のように自由を失った。

 車の強奪、不法侵入、放火、窃盗……

 正月早々に派手に祭りをブチ上げたのだ。


 もとよりはじめから、無罪放免になるとは思っていない。

 そんなに都合のいいことが、この世にあるはずもないのだ。


 ――終わったか。


 俺は後部座席のドアを開け、迎え入れるとドアを閉める。

 それから運転席へ移り、ハンドルを握り、車を滑るように走らせた。

 高速のインターチェンジへと車を向けた。


「今ね、こういう話をされたんだけど、どうするといいかしら?

 あなたの意見を聞かせて頂戴」


 俺は自由を失った。

 が、それは刑務所の中ではない。


 結果として、俺は茉莉花に買われた。

 

「凜々ちゃんを犯罪者の子供にして、さらに誰に預ける気なの?

 まだ高校生でしょ。

 信頼して預ける当てが、あなたにあるならいいのよ。

 選びようもないと思うけど、どちらでも好きに選びなさい。

 でも、選択肢なんてないわよね?」

 そう言って、ニッコリと俺に笑いかけた。


 東田は略取・誘拐罪などに問われているし、そうでなくとも問題外。

 血の繋がりなど、クソくらえだ。


 毱花の実家とも、ずっと往き来ゆききはない。

 俺とて、預けられるような親族はいないのだ。

 すると結局、助けた凜々花もこのままでは高校を卒業できるかどうか、それも危うい。

 そんな現実があれば、俺は受け入れるしかない。


 茉莉花は自分の意思を貫き、俺を手放さなかった。


 自分の環境、持てる資金、親父のつくった人脈……

 あらゆるものを動員し、強引にすべて金で解決した。


 

 ショッピングモールで強奪した車は、買い取って保障し、仕事で便宜べんぎを図る。

 俺が放火した山林や、東田がアジトとして借りていた建物は相場の倍で買い取り。

 色々と拝借して荒らし、大型ダンプまでブッ潰した土木屋にも多額の賠償金を支払った。

 もともと後継者がおらず、廃業したかったらしく、その交渉はすんなりと済んだ。


 俺といえば、茉莉花が個人で以前から雇っていた護衛であるという筋書きに変えられた。

 過激でやり過ぎだが、相当に腕の立つ護衛の探偵。

 そんなポジションで、一から十まですべて『茉莉花という依頼人を守る正当防衛』ということになった。

 

 もちろん、ひどく無理のあるストーリーだ。


 それでも、茉莉花がそれでまとめ上げた。

 ならば、俺に言うこともない。




「そう言うのは自分で考えろよ。

 もう立派な議員様なんだからよぉ」

「あのねぇ、あなたに1億はかけているのよ。

 これからだって、凜々ちゃんの学費だってあるの。

 大学にも進むみたいだしね。

 そこを理解して欲しいのよね」

「そりゃあれだ、俺が秘書として働いた給料で進学させる――

 ――って待てよ、俺は凜々花が進学するとは聞いてないぞ。

「あら、そうなの?

 大事なひとり娘と、コミュニケーション不足なのかしらね。

 なんでも、勉強して、ゆくゆくは私を支えてくれるそうよ」

「フン、そうなったら俺はクビだな!

 晴れてお役御免か?」

「そんなわけないでしょ。

 もう。

 そうね……

 私と結婚したら、クビにしてあげる」

「そりゃ、別の永久就職じゃねーか」

「凜々ちゃんが認める就職先はここにしかありませんから、時間の問題ね。

 それよりさっきの話――」


 1億を強奪するはずだったが、結局は1億で買われ(飼われ?)ちまった。

 まあ、まんざらでもないのが救いだろう。


「いいか、そういう時はな――」


 裏を引きずる俺のことだ。

 週刊誌を騒がしかねんと、さんざ断った。

 わずか数日程度でも、完全に情が移っているのだ。

 なおさらオンナの邪魔や障害になりたくは、ない。


 それでも茉莉花は俺に言うのだ。


「大きなことを決めるには、自分を貫いて、押し通す明確な意思が必要……

 そうあなたが言ったのよ。

 なら、手始めに、あなたに対してそれをするわ。

 それで決められないような私なら、とても総理大臣なんてなれないでしょうね。

 でも、私は諦めない。

 あなたが受け入れるまで、押し通すの」


 交差点だ。

 あのとき俺は、そう思ったのだ。

 

 どうやらそれは交差点などではなく、一方通行の合流だったらしい。

 俺を買う覚悟を見せられたら、それに応える以外に、いったい何がある?



 俺はETCのゲートをくぐり、アクセルをグッと踏み込む。

 車は力強く加速し、本線へと合流する。



 俺たちの人生は、まだ、始まったばかりなのだ。

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1億円のモラトリアム令嬢と上手に付き合う方法 1976 @-gunma-

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