第35話 特攻


 置き場のゲートからダンプで出た俺は、アジトを目指す。

 思いっきり踏み込むと、低いうなりを上げながら力強く加速する。

 なおも加速しながらハンドルを切り、アジトの駐車場に突撃した。


 ――ザリザリザリッ!


 勢いよく砂利を弾き飛ばす音が響き、地面の凸凹によって運転席が上下に跳ねた。

 揺れる視線の先には、スバル車と俺の愛車が止まっている。

 愛着のある車は惜しいが、感傷に浸る時間はない。

 駐車してある場所へと一直線にコースを決めると、振動で緩んだアクセルを再び踏みつける。


 眼前に青い建物が迫ってくる。

 デカい図体の高い運転席から見下ろせば、普通車などたいしたものじゃない。


 あとわずかの激突の寸前、俺はダンプのギアをニュートラルに抜いた。

 フッと強く息を吐き、1、2の3で一気に飛び降りた!


 高い運転席から転落するように降り、勢いあまって前転しながらカラダへの衝撃を弱めるようにする。

 

 ――!!


 ドでかい鉄球をビルの上から叩き落としたのかと思うようなけたたましい轟音があたりに響き、地面にいつくばりながら音のする方へ振り向く。

 それは1度で終わらず、鈍い音が続いていく。

 大型ダンプは東田たちの車にぶつかり、さらに俺の車にも突っ込む。

 もはや車としての機能を奪われ、ここから逃げることはできないだろう。

 ダンプカーはもう一度大きな音を轟かせ、建物の柱に突っ込んで力を失った。


 グシャグシャの車の残骸ざんがい

 建物に食い込むダンプ。

 外壁の一部が、激突によって剥ぎ取られた建物。

 あたりは一瞬にして惨状と化した。


 だが、俺は野次馬じゃない。

 他人事のように面白がって、のんびり観客でいる訳にはいかないのだ。

 運転席から飛び降りて痛むカラダを押し、走って大きなシャッターの脇にある通用口にぴったり張り付く。

 ――建物だって、激しく揺れたはずだ。

 慌てて飛び出してくる方に、1口賭けるぜ。

 さあ、出てこいよ!


 外壁の近くに置かれていた角材を構え、出てくるのを待つ。

 轟音が鳴り止んだ今、建物ウラからは竹の爆ぜる音が聞こえていた。


 遠くから、うっすらとサイレンの音が聞こえてくる。

 背中の外壁が建物内の振動で微かにビリビリと震え、『奴らが出て来る』と俺に教えていた。


 ――4、3、2、1……

 バン! と勢いよく扉が開け放たれる。


 間髪入れずに俺は飛び出してきた手下にフルスイングして、その背中に角材を叩き込む。

 圧倒的に少数の俺に、手加減する余裕などない。

 角材のとげが手の平に刺さり、角が擦れてヒリヒリする。

 続けて出てきたもう1人も、返す刀もとい、返す角材であっさりと叩きのめせた。


 ――これで2人。


 遠くから聞こえていたサイレンは、どんどん近づいている。

 空もまた、黒く染まりつつあった。


 2人を片付けた俺は、開け放たれた扉から内部へと飛び込む。

 扉から入ってすぐの右横には1.5mほどの幅の鉄骨階段があり、遅れて1人降りて来るところだった。

 西の情報なしに1階を闇雲やみくもに探っていたら、きっと背後を取られたことだろう。


 角材を突く振りで牽制して動きを止め、ひょろっとした手足の長い野郎と階段の上下で対峙たいじする。

 ――階段じゃ狭い。

 長い角材は、思うようには振れねーな。


 そう判断した俺は、角材を下からやり投げのように押し出して投げつける。

 そのまま投げつけた角材を追いかけるように、鉄骨階段を駆け上がった!


 投げつけた角材を男は両腕でガードすると、角材は重力に従って俺の方へと跳ね返ってくる。

 慌てて半身になって飛び上がり角材を避けると、今度は上から男が駆け下りてきた。

 階段の高低差を利用し、めちゃくちゃに足蹴あしげにしてくる。

 相手の足が長いこともあり、どうにも飛び込めない。

 蹴りをなんとか掴もうとするも、手先を蹴りで跳ね上げられ、上手くいかない。


 ――クソッ! 離れてたら勝負にならん。

 下がるな!

 押し出せ!

 そのためには……


 俺はわざと1段、2段と下がる。

 当然、男は自分有利と追いかけ、階段を降りようとしてきた。


 ――ココしかない!


 腕を十字にし、蹴りを覚悟で一気に押し上がる。

 階段を降りる男に、昇る俺。

 一気に距離を潰した俺は男の足を脇に抱え込む。

 そのまま体重を掛けて腰を落とし、容赦なく下へと引っ張り込んだ。

 落ちる恐怖に慌てたのか、男は手摺てすりを掴んで踏み止まろうとするも、こうなれば下の俺が圧倒的に有利。

 うしろに飛ぶように1段降りて身体をひねり、手摺を掴む腕を強引に引き剥がす。

 男は階段の踏面に腰を、脇腹を、続けざまにしたたかに打った。

 上手く息を吸えない様子の男を、無理矢理腕をとって引き、容赦なく階段下へと蹴り落とした。


 ――これで、3人。


 さすがに息が上がり、肩で息をする。


 ――クソッ、コイツに時間をかけ過ぎた。

 急がねばならない。

 階段から降りてきたなら、間違いなく上にいるはずだ。


 ――待ってろよ、茉莉花、凜々花。

 今行くぜ!


 そのまま階段を駆け上がる。

 ――あとは東田ぐらいで、勘弁してくれよ……




          ◇




「淳さん!」

「パパ!」

 同時に声が上がる。



 東田はまだ、用意がしきれていなかったらしい。

 俺が扉を開けて飛び込んだ先には、驚く4人がいた。

 同じ驚きでも、茉莉花と凜々花が浮かべるそれと、東田と部下らしき女が浮かべる表情は正反対のものだった。

 会議用の長テーブルと折りたたみの椅子を端に置いただけの部屋は、殺風景で寒々しい。

 2人には猿轡さるぐつわも噛ませていないし、雑な仕事だ。

 おそらくどこか、別に場所に再移動する気だったのだろう。


 俺が飛び込んできたこと。

 あるいはこんなに早く駆けつけることは、まったくの予想外だったようだ。

 慌てて女が茉莉花と凜々花を押さえるように動いた。


「なあ、東田よ。

 お前の負けだよ。

 ウラでは火事。

 オモテではダンプが突っ込んでメチャクチャだ。

 警察に消防も集まってくるだろうし、オマエが逃げる車もないぜ。

 わかるだろ?

 時間の問題なんだよ」

「……君は何か、勘違いをしているね。

 人質は、この手にあるんだよ?」

「そんな勝利に、なんの意味がある?」

「そりゃ、あるだろ?

 もう終わりなら、本来の目的が達成できないなら、別のゴールに変更しようじゃないか」

 東田は薄ら笑いを浮かべながら両手を広げる。

 それから顔を傾け、人質を見た。

 

「……そう。

 君を苦めること。

 それこそが、事ここに至っては最大のショーだと思わないか。

 君の演出は、それはそれは、最高だった。

 もはや完璧だと賞賛するしかない。

 けれどね、物語には、ドンデン返しがつきものだからね。

 君だけが幸せを掴むわけには、いかないよ。

 フフッ」

「チッ、バカを言うなよ。

 俺だってこれだけのことをしたんだぜ?

 放火だの強盗だのを白昼堂々とやってんだ。

 つまり、俺が行く場所もオマエと同じだ」


 ――言葉でどうにかなるような奴じゃあ、ねーよな。

 やっぱり。


 林の火事のせいで、表が騒がしい。

 サイレンやら、何かを指図するような怒鳴り声が聞こえてくる。

 この建物にも火が迫っているのだろう。

 部屋が暑く感じるのは隣の炎のせいか、ここまでの無理や無茶、無謀のせいか……


「なるほどねぇ、同じ……

 ……本当にそうかな?

 いや、同じじゃないね。

 帰る場所のある君は、俺と同じじゃない。

 だから、同じにしようか?」

「……どう言う意味だ?

 何を言っている」

「意外と鈍いなぁ、北見くん。

 土壇場で、勘が鈍ってるのかい?

 家族だよ、家族」

 白く細い指で2人を指しながら言った。


 ――クソッタレめが!

 この外道が。

 どうする?

 どうすればいい?

 なんとか上手く隙ができるように持ち込まんと……


「わかった、待て待て!

 東田よ。

 オマエにも最低限の人間としての誇りってやつが――」

「――ないんだよ。

 君も知ってるだろ?

 だから認知もしないし、君に任せたんだろ。

 おや――」

「アアアアアァッ!!!

 ここで関係ない話はする必要はないだろ?

 な、落ち着け、東田」

「そんなに動揺して、笑えるね。

 じゃ、関係ない話でどうして必死になる?」

 

 反論しようにも、反論のしようがない。

 反論すれば、必死を認めることになる。

 沈黙もまた、東田が語ることを止める力を持たない。


「言うな、その先は言うな!

 俺がその口を!

 口を塞いでやらぁっっ!」

 俺は怒りに任せ、殴りかかろうと踏み出す。

「おいおい、落ち着けよ!

 ええ?

 人質がいるんだぜ?

 そんな短絡的で、いいのか?

 北見よぉ」

「クソっ!

 どうすればいい?

 オマエはどうなれば、満足だ」

「ここまで追い込まれて、満足できると思うかい?」


 ダメだ、交渉にも乗ってこない。

 クソ!

 ……ならば、部下の女にでも仕掛けるか?


「フン、いろんな意味で、完全決着しかねえってことか?

 そこの姉ちゃんよ、もうすぐ警察も来るんじゃねーかな。

 俺が呼んだからな。

 逃げんなら、早くしねーと逃げられんぜ?

 このままじゃ、東田と仲良く一緒に逮捕だな」

「無駄な問いには、答えません」

 女はわずかな動揺も見せず、言ってのける。

「だそうですよ、北見くん」


 ――ダメ元だったが……

 女はただの部下じゃ、ないのかもしれない。

 ということは、万策尽きたな……


「凜々花よ……

 先に謝っとくぜ。

 ダメなオヤジで、悪かったな」


 俺は凜々花の顔を見ず、東田を見たまま声をかける。

 情けないが、凜々花の方へと向き合う勇気が俺にはなかった。


「……いったい、どういう意味?」


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