第34話 反撃の狼煙


 俺は奪い取った車から降り、置き場の前に立った。

 鈍い銀色の鋼鈑が、道路と敷地を区切っている。

 そこには、関係者以外立ち入り禁止のステッカーが貼られていた。


 〇〇土木の入口のゲートを通り過ぎ、そのまま敷地の終わりまで歩いていった。

 鋼鈑が終わったところから隣地の畑に立ち入り、置き場に入れそうな穴を探す。

 が、それは探すまでもなかった。

 畑側は道路面とは異なり、まばらな垣根になっているだけだったのだ。

 そこをくぐって簡単に侵入し、置き場の中の様子をうかがう。

 監視カメラは……ある。

 あるが……あれはダミーのハリボテだな。

 どうやら、配線が繋がっていない。


 まあ、いまさら警備があろうとなかろうと、やることは変わらない。

 お上品ではとても切り抜けない状況なのだ。

 2人の無事を考えたら、いちいち合法か非合法かなど、まるで関係ないことだ。


 敷地内に無断で立ち行った俺は、プレハブの建物を手前から順に覗き込んでいく。

 資材の倉庫が2つ続き、その次が事務所になっていた。

 倉庫に立てかけられていたバールを掴んで戻り、事務所の引き戸の下に差し込んで上下にガタガタと揺すり、鍵を強引に外した。

 アルミの引き戸を開け、中へと入った。


 年末年始の数日間、人がいなかったと思われるプレハブ小屋は冷え切っていて、屋外とたいして違わない。

 陽射しのぶん、もしかすれば外の方が温かいくらいかもしれない。

 手前に黒い革張りだが、ところどころキズのある応接セットが置かれていた。

 朝夕に職人が寄り集まって打ち合わせでもするのだろうか。

 テーブルの上にある、大きなガラスの灰皿の中では、吸い殻がモノクロの山をつくっていた。

 奥には事務机が向かい合わせであり、タバコの煙で黄ばんで変色した、デカくて古そうなパソコンが乗っかっていた。

 椅子の背には防寒用か仮眠用か、毛布が掛けてある。

 部屋の中央には、昔の学校の教室にあるようなデカい石油ストーブがあった。

「コイツがあるなら……」と俺は裏口の扉を開けてみる。

 そこには、赤いポリタンクがあった。

 ポリタンクの中身が多過ぎて重いことが気になり、先ほどのストーブにいくらか足してやって、中身を軽くする。


 事務所で必要なものを調達した俺は、正面のゲートの鍵を開け、ショッピングモールで強奪したセダンへと向かった。

 セダンの助手席の足元にポリタンクを入れ、奴らのアジトに接する林へと向かう。

 竹やクヌギの生えた林は東側をアジトに、西側は道路に接していた。

 どうせ奪い取ったセダンだから、わざわざ遠くに停車する必要などない。

 ナンバーで身元が割れることを気にする必要なんて、欠片もないのだから。


 車から降りると荷物を用意し、冬枯れの枝葉や下草をき分け、林の奥へと入り込んでいった。

 近づいて東田のアジトの壁を見上げれば、俺のいる林側には明かり取りか2階なのか、手の届かぬ高いところに窓がついているだけだった。

「これならコッチの様子は見つからねーな。

 まだ俺にもツキがあるぜ」


 やはり焦って短絡たんらく的に、ウラから攻めなくてよかった。

 いきなり裏手の林から行こうとしても、これでは上手くいかなかっただろう。

 苦労して行っても、入り口がなければ余計にイラ立つだけのはず。

 失敗は重ねれば重ねるほど、ドツボにはまって追い込まれる。

 余裕がなければなおさらのこと

 逆に言えば、俺は正解を選んだということだ。

 今のところな。


 ――よし、近すぎちゃマズいな。


 建物とほどよい距離、林の真ん中だ。

 拝借した灯油と毛布、芸能人が有馬記念を予想した一面のスポーツ新聞、ライターを用意する。

 き火なんて、小学生のガキ以来だ。


 ――ま、焚き火なんて穏やかなもんじゃねーかな?

 子供の頃に参加した、どんど焼のやぐらを思い出す。

 冬の青空の下、天に向けて三角錐に組まれて誇らしげなやぐら

 それが燃え上がり崩れ落ちていくその姿には、子供心に感動したものだ。

 あれも1月のことだったように思う。


 枯れ枝を集め、毛布を広げ、灯油をく。

 オイルライターに火を点け、それを投げ込んだ。

 冬本番の乾燥した冬空の下、あっという間に火が走る。

「ハッ!

 いいねえ、最高だ。

 やっぱり祭りには、火がつきもんだろ」

 俺は燃え上がる炎をバックにしてセダンに乗り込み、はじめに停車した見通しのきく場所へと戻る。

 手前に青い建物、奥に青い空。

 その間を灰色の煙が昇っていった。

 あれだけの勢いで燃えている。

 炎にさらされた竹のぜる音で、そろそろ異変に気づく頃合いかもしれない。。


 俺は携帯を手に取り、連絡する。

「西、悪いが頼まれてくれ。

 さっきの場所な、隣の林に放火したんだわ。

 適当に何人か、消防に連絡してやってくれるかな。

 盛大によ」

「お安い御用だ。

 警察も呼ぶか?」

「フン、そっちも面白そうだ。

 頼む」

「考えたな」

「常識に囚われちゃ、困難は打開できんよ。

 ま、ほとんどギャンブルだがな。

 けど、まだ終わっちゃいない。

 祭りはさ、はじまったばかりだよ」

「その建物、1階は変わっていなければコンクリート床の倉庫で、中はがらんどうらしい。

 シャッターを入るとすぐ横に階段があり、2階の事務所に行けるそうだ。

「よくわかったな、さすがだぜ。

 貴重な情報、助かる。

 じゃあな」 


 電話を切ると、アジトの方に動きが見えた。

 どうやら2人、建物から出てきたようだ。


 ――動いた!

 火事の様子を見に行ったのか、別の場所へ、移動の準備か……

 まずひとつ、奴らを動かした。

 なら、俺も次に移るか。

 

 俺はアクセルを踏み、先ほど開けておいたゲートから再び置き場へと入る。

 これまた事務所で拝借した鍵のナンバーのダンプのそばで駐車する。

 それからダンプの運転席へ登るように上がり、エンジンを掛けようとする。

 どうにもエンジンのかかりが悪く、閉口させられた


 ――クソッ!

 戻って別のヤツに乗り替えるか?

 冬場のせいか、数日乗られていないせいか、エンジンの機嫌が悪いらしい。

「頼むぜ、掛かれよ!」

 ハンドルを思いっきり叩こうとして思い留まり、大きく息を吐く。

 それから優しく撫でて声を掛けてやる。

「悪かった、乱暴に扱っちゃ、機嫌も悪いか?

 頼むぜ、大事な命が掛かってんだ」


 グィングィングィン、グィングィン

 ――行け! 頼む! 頑張れ!

 グィングィン、ブゥオォォン!

 ブゥオォンブゥォォン!!


 1度掛かったエンジンは軽快に吹け上がった。

 ――きたぜ!

 焦らせんなよ、これで助かったぜ。

 さーて、手間取ったが、あと何分かかるかな?

 田舎の消防なら、5分程度か?

 ならば、調整して待つ必要はない。

 観客は多い方が、監視の目が増えてプレッシャーをかけられるはず。

 消防に警察に野次馬に、暇な奴は誰でも寄ってこいよ、ククッ。


 東田よ、覚悟しろよ。

 絶対に逃がさん。

 追い込まれた俺が、オマエを追い込んで仕留めてやる。

 絶対にな。

 

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