第33話 チェンジ


「北見が追っていることはバレていないのか?」

「2人に1つずつ、俺が勝手につけたモンだ。

 聞かれたってGPSのことは、本人たちは知らんよ

 動きを見る限り、バレちゃいないように見えるな。

 今のところ、だがな。

 奴がどこへ向かうか、想像つくか?」

「どこへ、か……

 東田のいるグループが依頼を受けているのは、南雲茉莉花なぐもまりか叔父おじだ。

 だが、関係する施設にさらって連れていくほど、バカじゃないだろう。

 そうかといって、もともと監禁していた工場は北見に侵入され、もはや知られた場所だ。

 そこもないだろう。

 東田は警察時代の不正な蓄財で……たしか軽井沢と榛名はるなに別荘を持っているはずだ」

「フン、そりゃ、どうも違うようだぜ。

 向かっているのは赤城あかぎ方面のようだしな」

「赤城か……

すまん、そちら方面に何かあるという情報は持っていない」

「いいさ、あとは自分で追う。

 いくらか八つ当たりして、俺の気分も落ち着いた。

 悪かったな、興奮しちまった。

 ……俺が女を奪還した翌日、連絡があったんだよ。

 東田からな。

 いきなりデカい荷物を背負わされて、俺も冷静じゃなかった。

 あの時点で俺が疑いを持って、西に確認を取るべきだったよ。

 東田についてな。

 いまだに情報交換まがいの強請り集りゆすりたかりを、続けて稼いでるもんだとばかり思い込んじまった。

 おおかた家のポストの投げ込みも奴だろうよ、気障きざで嫌な臭いが漂ってたからな」

「こちらで、できることはあるか?」

「フン、人質が2人もいるんだ。

 下手を打ちそうな援軍なら、願い下げだね。

 とりあえず場所を突き止める。

 それからだ。

 手伝いが欲しきゃ、また連絡するさ。

 じゃあな」


 それから俺は、可能な限りアクセルを踏み続けた。

 一時停止も信号も、追い越し禁止車線も……

 そんなルールは今の俺に、存在するはずもない。


 追い続けること、30分。

 いつの間にかGPSは移動を止めていた。

 完全に後手を踏んでいた俺も、だんだんとGPSの止まったあたりに近づく。

 近づくにつれ呼吸が乱れ、心臓の音が大きくなって聞こえる気がする。

 やけに乾く喉を潤すため、車の持ち主の飲み差しのコーヒーも飲み干してしまった。


 ――落ち着け!

 いきなり焦って乗り込んだって、成功はない。

 そうは思うものの、自然とハンドルを握る手に力が入ってしまう。


 ――あの建物か?


 このあたりは密集地ではない。

 なだらかな山裾やますそが広がる、のどかな田舎だ。

 だから誤差で間違えるということも、まずなかろう。

 ならばそこに見える建物で、間違いないはずだ。


 俺はハンドルを切って、アクセルを踏み込んで、今すぐ2人のもとへと乗り込みたい気持ちをやっとのことで抑えつける。

 そうして建物の前の道路をゆっくり通過しながら観察した。

 果たしてそこには、見覚えのあるスバルと、俺の車が停まっていた。

 そのまま通り過ぎ、建物のあるブロックを1周する。

 1つも見逃すまいと目を走らせ、あたりの景色を頭に収める。

 鏡を見たら、きっと血走ったヤバい顔つきだろう、今の俺は。


 グルっと下見を済ませた俺は、少し離れた木陰で死角になりそうな場所に車を止め、建物の周囲を伺う。

 目的の建物は両隣が畑で、裏手が林になっている。

 ちょっとぐらい女子供が叫んで助けを求めたところで、鳥の声ぐらいにしか思われなそうな場所だ。

 不便だが、悪い奴らには好ましい場所だろう。

 ほかには少し離れたところに、建築か土木の事務所兼置き場が1ヶ所あるだけだ。


 だいたいの状況を整理し、それから携帯でネットにつなぐ。

 この付近の地図を出し、俺が今いる場所を確認する。

 こうすることで通りから見えていない建物や、樹木の配置が掴める。

 わずかな情報でも、わらにすがるようでも、集めるしかない。


 目的の建物そのものは小さい。

 はじめに乗り込んだ工場施設に比べれば、吹けば飛ぶようだ

 このあたりは全体的に田んぼや畑が広がり、建築土木業者の置き場や畜産関係、工場などが点在する場所になる。

 密集地には置けない施設が、郊外の山裾にはどうしても多くなるものだ。

 俺たちが乗っていた、つまり2人が乗っていた車が停まっているのは、外壁が青い鉄板の小さな工場のような建物のある敷地だった。

 建物の大きさの割にそこそこの屋根の高さがある。

きっと鉄骨か何か、加工場だったのかもしれない。

 手前側が南北に走る道路に接していて、敷地に入ったあたりは駐車スペースのようだ。

 かなり広い砂利敷きのスペースになっていて、大型のトラックの転回も可能だろう。

 その奥、西側に間口が20mくらいの建物が建っている。

 通りからは見えなかったが、地図の航空写真で上から覗き見ると、建物ウラはぴったりと隣地の林に接しているようだ。


 ――どうする?

 この林から近づくのか?

 だが建物に裏口があるかどうかもわからん。

 建物内のつくりさえもわからんのに、思いつきで裏からアプローチして、どうにかなるのか?


 ダメだ、情報が少ない。

 決め切れないぜ、コレは……


 クソッ!

 焦んなよ。


 焦りと苛立ちに行き詰った俺は、ポケットから携帯を取り出し、連絡を取った。


「西か、いま目的地に着いた。

 住所は渋川市〇〇××だ。

 この施設について、わかるか?」

「残念だが、さっきも言ったようにそのあたりの情報は持っていない。

 が、伝手を使って調べておく。

 少し時間をくれ」

「すまんな、迷惑かける」

「気にするな」

「またコチラから、連絡を入れる。

 頼んだ」

 もう1度住所を告げて確認し、通話を終えた。


 さて、どうする?

 頼れそうな外部のリソースは、まるでない。

 あとは自分でどうにかするしかない。

 時間はかけたくない。

 だから強行突破で、短期決戦といきたいところだが……


 無謀過ぎる、か……


 このままじゃ、2人に会えても、会うだけで終わりだな。

 無事に助け出すことこそが俺の目的なんだ、抑えろ。


 命の危険は……ない、と思いたい。

 思いたいが、それがただの希望的観測であることもわかっている。

 実の娘の前であろうとなかろうと、追い込まれたクズは何をするか分からん。

 アイツに人並みの情があるとは、とてもとても……

 一刻も早く、正面切って突っかかって行きたい。

 だが、それは可能性の限りなく少ない賭けだ。


 クソ! 

 焦って集中できない。


 考えろ考えろ考えろ考えろ……

 考えろ考えろ考えろ考えろ……


 ダメだ、考えろだけではどうにもならなん。

 考え方そのものを変える必要がある。

 いま必要なのは、チェンジだ!

 上手くいかないなら、これまで違うことをしろ!


 


 俺は自問しはじめた。


 ――そもそも、なんで追い込まれてんだよ?

 北見よ、俺らしくないじゃないか。


 フン、簡単に言うな。

 俺1人しかいないこの状況じゃ、上手くいきそうにないんだよ。


 ――それだけか?


 いや、それだけじゃない。

 強引に突破しても、2人が無事でなけりゃ、意味がないぜ。

 顔を見るだけじゃなく、連れ出さなきゃならん。


 ――ほかに、俺を追い込んでいるものはないのか?


 ほかだと? クソったれめ!

 信用できる味方が2、3人いるなら、どうにでもしてやるさ。


 ――問題は人数?


 そうだ。

 『こちら』と『あちら』の人数だ。

 それがそのまま、有利不利につながっている。

 俺が1人しかいない、ということが1つ。

 相手が多いということも、やはり重要な要素だ。

 待ち合わせ場所で俺の車を奪ったのは、東田と女。

 それプラス、2台の車がいた。

 あの場にいた奴だけで、東田、女、2台のドライバーで4人は間違いない。

 連れ込んだアジトにも留守番がいる可能性は十分ある。

 類推と勘で、少なくとも6人程度……


 1対6だと?

 オマケにハンディキャップが付いて、人質2人……

 大サービスにも、加減てモンがあるだろ?

 笑わせんなよ、無理だ。

 無理に決まっている。


 ――ならば逃げ帰るのか?


 まさか。

 そっちのが、もっと無理だ。

 そもそも、ここに何をしに来たんだ?

 笑えん冗談だよ……

 いいか、俺は諦めんぞ、絶対に、何があっても、だ。

 無理でも、諦めない。


 茉莉花を助けることも、諦めない。

 凜々花を助けることも、諦めない。


 ――諦めないなら、いったいどうするんだ?


 どうするか……

 そりゃわからん。

 カンタンにわかれば、苦労はない。

 わからんが、言えるのはひとつ。

 やるしかない。

 やり遂げるしかない。

 たとえ俺がどうなろうとも、ここでやらなきゃならんことがある。

 

 生きて、無事に、2人を連れだして見せる!


 クソッ!

 じゃあ、いったいどうすりゃいい?


 ゴールは決まってんだ。

 難しいゲームほど、報酬はデカい。

 肝心のトロフィーが何かはわからんが、最高の瞬間を目指してやってみせる。


 ……


 …


 ……結局のところ、最後は覚悟を決めるしか、ねーな。


 いつもやってるようなお上品で、ひと仕事終えたら綺麗サッパリで、素知らぬ顔で日常生活に帰って行くようなのは、もう無理。

 隠れて潜入的な手段はナシだ。

 もはや事ここに至って、無難な解決などないだろう。

 西の奴には迷惑かけるかもしれんし、俺も捕まるかもしれんが、まあ、どうでもいいことだ。


 もっと大事なことが、ここにある。

 もっと大事な2人が、ここにいる。


 オーケー。

 もう1度だ。

 もう1度、制限を外して考えよう。

 俺が1人しかいないことが問題なんだろ?

 なら、人を増やしゃいいんだ。

 敵が多過ぎることが問題なら、減らしてやりゃいい。


 ――増やすか……

 人を増やす。

 どうやって増やす?


 西に応援を頼む……のは、やっぱりあり得ない。

 やめたほうがいいな。

 敵対するグループであっても、同じ組織だ。

 ということは、どこかでバレる、肝心なところで裏切られる危険を捨て切れない。

 西本人が御光臨ならともかく、気心の知れない奴じゃ、まともな計画は難しい。

 それじゃ、リスクの管理ができない。

 だからダメだ。

 別に方法を探そう。


 この近所のジジイやババアでも、引っ張って連れてくるかよ?

 ケッ、そんな役にも立ちゃしねーようなモンを集めて……

 ハッ、笑えるぜ。

 俺はバカかよ、何にもならん。

 あまりに思いつかなくて、俺もアタマがおかしくなっちまったかな?

 

 ……


 …


 いや、ホントにそうか?


 なんとか、方法はあるんじゃないか?


 味方を集めなくても、方法はある。

 オマケに数の不利も、多少は覆せるんじゃないか?


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