第21話 自白


 本来なら重要な話し合いの最中でシカトするところだが、俺は今の気まずさを打ち消すように電話を受ける。

 見知らぬ番号のそれは、気まずさを打ち消すには最善の手段……とは、残念なことにならなかった。



「ずいぶんと面白い仕事をしているそうだねえ、北見くん」

「……」

 誰だ? コイツは。

 どういうことだ?

 なぜ、今の状況を知っている?

 俺が厄介やっかいな状況を抱えていると。


 ……この声、どこかで…知って……

 目をしばたかせながら、俺は無言のまま記憶の中身を検索する。


 ――アイツか!

 思い出すなり、俺はチッと舌打ちをした。

 俺と違いスラッと背が高く、生白なまじろい顔が思い出される。

 夏だろうが冬だろうが、グレーのスリーピースのスーツをビシッと着る男。

 俺は奴が暑いとか寒いとか、不満を漏らすのを聞いたことがない。

 そもそも暑さや寒さという、そんなありふれた概念がアイツにあるのか不安になるほど、何事にも平然とした男だった。

 コイツは細い目を細めて、うっすらと笑うのだ。

 女に言わせりゃ、涼しげに笑うイイ男らしい。

 けれどもそれが俺にはどうにもイヤらしく感じられ、好きになれなかった。

 最後に声を聞いたのは、果たしていつのことだったか?

「舌打ちとは随分ずいぶんだね」

「……悪いが俺は誘拐犯じゃない。

 ほかを当たれ」

「フフ、ハッハッハ。

 ……いや、失礼した。

 安心してくれよ。

 誘拐されたなんて、誰からも届けは出ていないよ。

 ニュースにさえ、なっていないじゃないか。

 それより、君と話すのは、本当に久方ひさかたぶりだね」

「どこから話を聞いたのかって聞くのも、野暮やぼなんだろうな」

「ああ、もちろん君の御想像の通り、西にしの奴からに決まっているよ」

「フン、それはそれは……

 このクソ寒い時期に、たいそう心温こころあたたまる交流だな」

「なに、年末の御挨拶だね」

「御歳暮にお年玉の付け届けか?

 なおさらふところが温かいようで、めでたいじゃないか」

「……なに、そんなに儲かっちゃいないさ」

「で、今さら俺に何のようだ?」

「たいした用事はない」

「あのなぁ!

 そこは嘘でも、あると言えよっ!」

 思わず苛立って声を荒げてしまう。

「たいしてなくても、いくつかまとまれば大きく1つになるからね」

「……俺にとっては、非常に不愉快な答えだな」

「珍しくて面白い荷物は、今もいるのかい?」

「そこにいるが?

 なんだ? 釘でも刺す、ってか。

 忙しくなるから警察沙汰を起こすなって」

「ハハハッ。

 いや、単純な興味だよ」

「クソがッ!

 その人を食ったような対応、どうにかするんだな」

「あいかわらずだなぁ。

 苦労を背負しょい込むのは、いまだに北見くんの専売特許なんだね」

東田あずまだよ、オマエが言えることかどうか、よーく胸に手を当てて考えてから言うんだな。

 そろそろ通話を切っても?」

「……凜々花りりかは元気かい?」

「親はなくても子は育つよ」

「凜々花が母親の毱花まりかに似てくるには、まだ早いかな?」

「東田よ、オマエ何を言っている?

 どういう意味だ?」

「似ているそうだねえ?

 死んだ毱花に。

 その愉快で厄介な荷物は」

「……だったらなんだよ?」

「もう、ヤッたのかい?」


 下から血液が逆流し、こめかみから額のあたりが、ミシミシと音を立てているような感覚にとらわれる。

 叫びそうなるその瞬間、向かいの茉莉花が目に入り、ギュッと奥歯を噛み込んでこらえる。

 ガリッと奥歯が削れた音がする。


「毱花と、茉莉花は、別の人間だ。

 そして毱花と、凜々花もだ。

 まったく、ぜんぜん、関係のないことだ」

「じゃあ、なぜ連れ込んだ?」

「なぜかだと?

 俺がアンタのその問いに、答える義務はない。

 それから最後に言っておく。

 お前は、まず1番に凜々花のことを聞け。

 それが義務だ」

「義務?

 そんな事は言われたくないけどね……

 まあ、北見くんには言う権利があるかな。

 育ての親の北見くん。

 僕にとっては、どうでも良い話ではあるけどね。

「どうでもいい、だと?」

「僕が凜々花の親としての権利を、いまさら主張したほうがいいのかな?」

「おうよ、その覚悟があるならかまわんさ。

 実の父を名乗り出るなら、好きにしろ。

 ただし大人が宣言することには、果たすべき大きな責任があるぜ」

「ただの冗談だよ。

 イヤだなあ、ムキにならないで欲しいね、僕としては」

「オマエのやることも言うことも、すべてそうだ。

 何から何まで、要領ようりょうんことばかりじゃないか」

「北見くんの説教も、今や懐かしいものだねえ。

 そうやって毱花にも、説教をしたのかい?

 あんな奴と関わるから、不幸になるんだって。

 僕のことをさ」

「悪いな。

 俺は毱花の思い出話を、貴様とするつもりは一切ない」

「そう言わないでくれよ。

 かつての仲間に、つれないじゃないか。

 まあ、君が元気そうで良かったよ。

 今度会うときは、是非ビジネスの話をしようじゃないか。

 北見くんに利益が出れば、凜々花への罪滅ぼしになるんじゃないかな。

 どうだろう?」

「俺が東田から、一銭だって受け取ったことがあるか?

 そういう中途半端は、俺は好まん。

 そんなのは凜々花のためにならんし、貴様の自己満足にすぎん」

「僕には冷たいねえ、相変わらず。

 まあ、近々会うこともあるだろうさ。

 これで、今日は失礼するとしようじゃないか」


 俺は何も返事を返さずに、通話を切った。



「悪かったな、ムカつく警察時代の同僚だ」

「マリカって、私のことじゃないのね」

「ウン、ああ、まあな」


 茉莉花は顔をうつむき気味にして、上目遣いでじっと見つめてくる。

 その目は明らかに、「続きは?」と語っていた。

 けれど俺はそのメッセージを受け取りながら、あえて無視した。

 それでもジッと目を逸らさない茉莉花に押され、思わず「なんだよ?」とつぶやいて目をらす。

「凜々ちゃん……

 実の子じゃ、ないの?」

「そうだ」

「そう」

「俺と血が繋がっていないのは、凜々花も知っていることだ。

 いまさら気にするようなことじゃない」

「凜々ちゃんは知らないけど、北見さんは知っているのね。

 誰が父親かって」

「まあな。

 誇れるような大人物だいじんぶつならいいが、残念ながらそうじゃない。

 俺は奴が大嫌いだからな。

 凜々花が望むなら仕方ないが、進んで教える気はサラサラないよ」

「そうなんだ……

 で、マリカさんは?」

「チッ、わかった。

 降参だ、降参。

 死んだ妻が、凜々花の母が、毱花なのさ。

 それだけじゃない。

 ……アンタにソックリときた。

 はじめて工場で見たとき、驚いて固まってたのは、アンタがあまりにもソックリだったからだ。

 まるっきり、生き写しだ。

 そもそも危険を冒してわざわざ助け出したのも、くだらんオッサンのセンチメンタルなんだろうさ、きっとな。

 笑いたきゃ、笑え。

 言い訳するんじゃないが、名前が同じで容姿もソックリときたら、因果というか、神の采配というか……

 何かを勝手に感じちまっても、仕方ないだろ?」


 一息に吐き出してしまうと気まずさを感じ、背もたれに身を投げ、足を組んで横を向く。

 横を見た先には、電気ポットにジャスミンのティーバッグがあった。

 ――目を逸らした先まで、ジャスミンかよ。

 どうにもこの気まずさからは、逃げられないらしい。

 ならばついでと、再び口を開く。

「つまり俺も、ほかの奴と同じって訳だよ。

 アンタにどんなタグをつけるのかってな。

 死んだ女を繋げて見るのか、死んだ首相を繋げて見るのか?

 その違いしか、ないのさ。

 悪かったな、偉そうな中身がこんなんでな。

 まあ、いまさら幻滅するほどの信頼なんてなかろうがな」

「北見さん。

 そのオッサンが来なければ、私はここにいません。

 それは疑いのないことよ。

 結果的には亡くなった奥様に感謝しても、しきれないと思うの。

 それが偶然であったとしても……

 なんだかんだと言っても、あのままあそこにずっといたら、どこまで何をされたかわからないもの。

 それは北見さんが馬鹿にする私でも、さすがにわかる」

「なあ、どうして出馬しない。

 何にこだわっている?

 その、なんというか……

 俺には本当にわからんのさ。

 同じ状況なら、喜んで選挙に出ていく奴だっているだろう。

 コイツは大きなチャンスだ。

 名誉なことで、力も手に入る。

 注目されたい奴もゴマンといるし、何かを成し遂げるのにその立場を使うことだってできるだろう。

 『かつがれるのが嫌だ』という気持ちもわかるが、かといって茉莉花が、強烈に何か別のことをやりたい、というようにも見えない。

 オヤジが死んで、悲しくて動けん訳じゃなかろう?」


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