第20話 挑発


 しばらく互いに黙り込んだのち、「んんっ」と咳払せきばらいをして、俺ははじまりの合図に替える。

「まず、俺から話すか。

 茉莉花が聞きたいかどうかは知らんが、その方がいいだろう。

 俺の自己満足かもしれんがな」

 茉莉花は聞きたくなさそうに、横を向いたままだ。

「まずはじめはこれだろう。

 なぜ俺があの場にいたか?

 それだな。

 俺はあのとき、何を探していたか?

 俺はアンタが監禁されていたあの組織の、幹部の1人と通じている。

 だからはじめにアンタが言った、『あいつらと一緒でしょ! 何が違うのよ』ってのは、半分は当たりだ。

 そうでなきゃ、あんなところにいるはずも無いしな。

 なんというか、おめでとう、当たりだ」

「おめでとう、ですって?

 ひどくつまらないギャグね。

 もっと勉強した方がいいわ」

 感情のこもらない平坦な声で返してくる。

 俺が面白くないのは認めるが、それでもあまりいい気はしない。

 ひとくちジャスミンティーをすすって区切り、を取る。

 気を取り直すと、何事もなかったように続けた。

「人が集まる組織で、一枚岩ってのは、ほとんど無いもんだ。

 そういうのはどこの組織でも、ま、同じだな。

 ワルもエリートも政治家も、子供も大人もない。

 派閥にグループ、〇〇派ってなふうに、ドンドン枝分かれしていくもんだ。

 メンバーが多ければ多いほど、枝どころか葉になって、さらに増えちまう。

 だってそうだろう?

 人の意見てのは、人の数だけあるもんだ。

 そりゃ仕方がない。

 なら『まとまりがあるかどうか?』、それを分けるのが何かといえば……それは状況だけだ。

 全体が上手くいっているときってのは、結果が出るから、みんな気分もいいし、カネや評価のように目に見える利益も得られる。

 それが一体感を生む訳だな。

 だからそれぞれの違いが、あっても目立たないほど小さい。

 気になるほどに大きくは表面化しないだけだ。

 けど、それは絶対、確実にあるものだ

 ま、そんなこんなで、幹部が組織内の対立という海を泳いでいくにあたって、外部の俺は雇われで協力してるのさ。

 たいていの場合、ほかの敵対組織への働きかけ、工作、調査ってのが多い。

 けれどその中には、身内である組織内のライバルに対する仕掛けもある。

 蹴落けおとしや自衛のためにな。

 今回もその1つらしい。

 依頼されたのは、あの部屋にあるはずの1億の金塊を盗み出す仕事だ。

 そういう案件のはずだった。

 ところがどうだ?

 危険をおかしてわざわざ侵入してみれば、なんだか理由はわからんが、知らない女が転がってる。

 どういうことか、サッパリわからん。

 そりゃ、頭にきたぜ。

 失敗か、俺がだまされたか、そのどちらかしかないからな。

 そこで俺は考えた。

 アンタは見るからに、そこの従業員でもなきゃ、管理人でもない。

 まともな奴が深夜、この寒い季節、床に毛布で寝てたりはしないもんだからな。

 じゃあ、なんで人がこんなところにいるのかってね。

 なら、もしかするとコイツに1億の価値があるんじゃないか?

 それが1つの推測だ。

 ま、正直な話、俺の考えが間違っていたっていいのさ。

 ようは、騙されたか、間違っていたのかは知らないが、ができればな。

 そっから先は、茉莉花も知っての通りだ」


 ここまでの話は、茉莉花にとって興味深い話でもないだろう。

 深夜の通販番組のほうが、よっぽど面白いに違いない。

 つまらなそうにして聞いていた。

「北見さん、あなたもう私のこと、知ってるんでしょ?」

 とっとと核心を話せというような茉莉花の問いに、俺はうなずきを返す。

「アンタがテロで死んだ首相の娘で、出馬を期待されている直系の娘だということは、すでに知っている。

 そして周囲の期待に対し、決断できないでいる、ということもな。

 さらに言うなら、アンタが出馬すると困る奴がいる。

 茉莉花には非業ひごうの死を遂げた首相の娘という、これ以上なくわかりやすいアピールポイントがある。

 一気に国民的なヒロインにまで駆け登る資格が、これ以上にないほど十分備わっていることになるからな。

 オマケに若く見た目までいいとなれば、なおさらだ。

 俺のようなクズの人生とは、大違いの環境だぜ」

 せっかく『若く見た目もいい』と褒めてやったが、反応はない。

 それほどの興味はない、そういうことだろうか。

「だから血筋のいい悲劇のヒロインのストーリーは、ライバルにとっては脅威きょういでしかない。

 同じ選挙区に茉莉花が出ちまえば、今後20年どころか、もしかすると40年以上だって、席が空かないかもしれん。

 40足しても、まだ60代だろう?

 すべてが手遅れになる前に、その席をどうにかしたいって思うのは、ある意味で賢明な判断と言えるな。

 そいつのやり方がどうかは、俺は知らんがな」

「そう、そこまで知っているのね。

 わかったわ。

 で、あなたは私に、どうして欲しいの?」

 茉莉花はダルそうな様子で指先を気にしていじりながら、興味がなさそうに言った。

「出馬するよう説得しろ、とは言われたな」

「……それ、もの凄くわかりにくい」

 手遊びをやめ、俺をジッと見て説明を求めてくる。

「もう1度言うわ。

 それで、あなたは私に、いったいどうして欲しいの?」

 茉莉花はイラだった様子でいちいち区切りながら、強い調子で再度俺に問う。

「出馬を決断させろと言われたが、俺は働きかけること、もっと言えば強引に説得する、力ずくで言いなりにする……

 そうしたことに興味がない」

「はぁ、なにそれ?

 興味があるかどうかなんて、私は聞いていないわ。

 じゃあ、凜々ちゃんを外して、何がしたかったの?」

「何がしたかった、だと?

 それは俺のセリフだよ。

 アンタこそ、これからどうしたいんだ?」

 茉莉花は何も答えなかった。

「凜々花はすでに、巻き込まれている。

 オマエの引き起こす騒動にな。

 そもそも注目のアンタをさらって監禁する連中だ。

 何をするか、俺にもわからん。

 俺にも、考えたくはないが、もしかすると凜々花にもな。

 現実的に、なんらかの危険がある可能性は考えられるだろう。

 そしてわからんのは、相手の動きだけじゃあない。

 俺の前にいるオマエも、自分のことをいまだに理解していない。

 可能性も、能力も、やりたいことも、やりたくないことも、自分が何を選ぶかも、そしてその影響力も、自分についてのこと、とにかく何もかもだ。

 オマエの様子からして、出るのか出ないのかも、自分で決められないんだろ?

 そもそもな、茉莉花がそんなだからなんだ。

 いま進行中の事態が、いつどこでどうなるか。

 それは影響を受ける立場の俺たちには、サッパリわからんし、決められんのさ。

 なんせ主導権は、ヒロインになる権利を持った、オマエの手の中にあるんだからな。

 それを行使して、出馬するのかどうか……

 茉莉花が立候補すると言えば、その影響で道ができる奴もいるし、その逆に遥か高い壁ができる奴もいる」

「……まるで何が起きても、私のせいみたいに言うのね?

 火事に地震や戦争も、すべてが私のせいかしら。

 こんな女の子を捕まえて」

「あぁ? 女の子だと?

 ハッ、いつの時代の話だ。

 笑わせてくれるなよ」

「私だって……」

 俺は腕組みして待ったが、続いていかない。

 痺れを切らし催促する。

「『私だって……』なんなんだよ?

 女の子ってのはなあ、凜々花のように影響を受ける立場の奴のことだ。

 影響を与える奴のことじゃないだろう?

 ましてや立候補可能な年齢のくせにな」

 茉莉花は握った手を口元にやる。

 親指の爪をんでいるようにも、見えた。

「そうして私をいじめて、楽しいの?」

「フン、いじめてなんかいないつもりだが、まあ、そうでもいいさ。

 周りに優しく丁寧に接してもらって、今まで何かを決めてこられたのかよ?

 サラブレッドのお嬢様が。

 ……自分で決めるのが、怖いか?」

「失礼ねっ! 私だって!

 ちゃんと決めて生きてますから!」

「ほー、そうかい。

 オマエの決めるってのはな! せいぜいが喰いたいメニューを決める程度だろ!

 そもそも出るか出ないか意思がはっきりしているなら、相手につけいる隙なんてねーんだよ!

 自分が攫われることもなきゃ、俺がアンタを助け出すこともなかった。

 凜々花を危険にさらすこともな。

 決めないことで相手に期待を抱かせ、結果的に自分で自分を危機に晒したんだよ!」

 思わず語気が荒くなり、張り上げてしまう。


「いや、悪かった。

 怒鳴りつけるつもりはなかった。

 すまん」


 しばらくお互いに口を開けずに黙り合ったままでいると、ポケットの携帯が震えた。


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