第3話 ハイエナのような者たち


 ――プルルルル、プルルルル、プルルルル。

「モシモシ」

 ボイスチェンジャーを通したような不特定な応答が聞こえてくる。

「よう、なんなんだよこの声は?

 いつもより、いい声してんじゃねーかよ。

 ずいぶんな警戒っぷりだな」

「呼ビ出シニハスグ出ロ」

「ハハッ、アンタがわざわざ警戒してボイチェンするように、俺だって身内に知られたくない事もあるわな。

 ひいてはアンタの身の安全にも、つながることかもしれねーぜ」

「……」

「まあ、いい。

 アンタが盗聴対策までして警戒してるってことは、そういうことでいいのかい?」

「イチイチ答エンゾ。

 当初ノ予定通リダ」

「フン、それでいい。

 ならばこちらも当初の予定通り、計画に従ってまた連絡する。

 しかしアンタも、自分の身が危なくならんのか?

 こんなことを身内に仕掛けて」

「家族デサエ、同ジ方向ヲ向イテイルトハ限ラナイ。

 ソレゾレニ事情ガアル。

 ソウイウコトダ」

「おうおう、おっかないねー。

 ま、そっちの事情は関係ないね、俺には。

 金になるかどうか、それが重要ってさ」

「……身ヲ焼クヨウナヨウナ『スリル』ダケヲ求メテモ、終ワリハナイゾ」

「忠告痛み入るね、ホントに。

 けどな、言っとくが仕事を依頼してんのはアンタだぜ?」

「……月ハ、満チタ」

「無駄口を叩くなってかい?

 わかってるさ、今夜は特大の満月だ。

 変更無しなら、イージーモードだ。

 任せときな」


 どうやら今夜の仕事は予定通りらしい。

 電話の相手は、今夜の仕事先の幹部の1人、西だ。

 人間ってのは、若かろうが年寄りだろうが、男であろうが女であろうが、どんな奴でも派閥やグループを作りたがるものらしい。

 政治家も役所も、学校のクラスも会社も、PTAやママ友も、その例として枚挙まいきょいとまがない。

 だからまあ、悪どく稼ぐ奴の組織の中でも、同じ事だそうだ。

 本人が『家族デサエ、同ジ方向ヲ向イテイルトハ……』ってぐらいだから、そういうことなんだろう。


 俺はたいていコイツ、電話の主から仕事を受けている。

 コイツの敵対組織への工作や盗み、同じ組織内の勢力争いのための蹴落とし……

 そういったことに協力し、安くない報酬をブンっているのだ。

 10年前に妻と病で死別し、さらに同じ頃、警察内のゴタゴタに嫌気がさした俺は、この世で1番正しいはずの組織を辞めた。

 けれど今更サラリーマンにもなれず、いくつか就職するも先々で揉め事を起こし、クビになった。

 染み付いたお役所根性が、どうでもいいことにこだわらせ、些細ささいなことで同僚や客と衝突する日々。

 たいして重要でないことを「なあなあ」で済ませられなかった俺は、うとまれ、その場にいづらくなった。

 そして学んだ。


 ――こりゃ、俺にサラリーマンはできない、俺にはとてもじゃないが集団で働くことはできない。


 けれども1つ、困った事情があった。

 俺1人だけならどんな生活でも、それこそ物乞いでもなんでも気楽に暮らせばよかったが、そうはいかない理由がいたのだ。

 俺には嫁の連れ子の面倒を見なきゃならないという、大きな足枷があったのだ。

 それは足枷でありながら、全てに失望していた俺にとって、この世への未練という細い糸でもあったのだ。

 だからそのお陰で今もまだ、生きているらしいぜ?

 クソったれなこの世の中に。



 今夜は新月。

 仕掛けるには丁度いい。


 ちなみに幹部に西の言う満月とは、月齢のことじゃあない。

 今夜はそもそも暗い新月。

 満月ってのは、お宝の隠語だ。

 奴が言い出したこと。

 オッサンの浪漫とは見苦しいが、それに付き合う俺も大概だろうがな。


 奴の組織では、数日後に大きな取引があるらしい。

 そのための支払いのため、用意されているもの。

 ソイツをいただき、儲ける。

 それが今回の俺の仕事。


 さらにミスを叱責してライバルを蹴落とす。

 そちらは西の奴の仕事だ。

 俺は預かり知らないこと。


 すでに下調べは終わっている。

 場所は数年前に経営者が入れ替わった、建築資材の工場だった。

 今はいわゆる企業舎弟、フロント企業になっているのだ。

 返済が焦げ付きそうな企業に運転資金を出してやり、融資を悪用して乗っ取る。

 そんなやり口で手に入れた工場の1つだとのこと。


 俺は事前に工事業者に紛れ、目的の施設は内部から視察済み。

 満月がどこに登るのか、それもわかっている。

 身内の裏切りだからまあ、当然ではあるがね。

 結局のところ、身内を裏切るような奴は、身内を信用しきれない。

 だから、ありがたいことに俺に仕事が回ってくるわけだ。




        ◇




 俺の目の前には塀がそびえ立っている。

 文字通り、見上げる高さだ。

 この工場、都合の悪いことに土地自体が周りの道路よりも2〜3m程高くなっているのだ。

 敷地は郊外の、ちょっとした小高い丘の上にあった。

 そこを削って平らにし、工場を建てたようになっている。

 山の斜面にあったり、片側が川や崖で低く、道路と高低差があるということはよくあることだ。

 けれど敷地全体が城か砦かのように高いとは珍しい。

 ま、それだけにヤバいものを隠すにはちょうどいいわけだ。


 工場敷地と外を区切るため、工場の外周にはコンクリートの塀をぐるっと回して結ってある。

 不安定な石垣が2〜3m、プラス塀が2m。

 小学生でもわかる足し算で、都合4〜5m。

 こいつはなかなかの高さだ。

 あり得ないことではあるが、そこらの8~10人乗りのバンが目の前で起き上がったくらいの高さだ。

 石垣の上の塀はコンクリートの打ちっぱなしになっていて、表面はツルッとしている。

 それを磨いてみても『鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番美しいのは誰?』なんて役に立ちはしないが、それぐらいのフラットな面になっている。

 民家の塀のように覗ける穴があったり、フェンスになっていたりはしない。

 そういった塀なら手も足もかけられるから、乗り越えることは造作もない。

 けれどそういう足場になりそうなものは、何一つなかった。

 石垣の上部の幅も狭く、これだけ狭いとたとえジャンプに自信があっても、そこから2mの壁の上部に取り付くことは難しい。


 ――さぁーて、どうするか?


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