第4話 手慣れた不法行為


 もちろん手ぶらじゃ上手くいかないなんてことは、あらかじめわかっていること。

 そんなのは、準備があれば造作もない。

 俺はスルスルと石垣をよじ登り、石垣の上まで登る。

そして背中に用意してきた単管パイプを、わずかにある土の部分に押し込んだ。

 本当ならハンマーで打ち込みたいところだが、そうもいかない。

 まさかこんなところに建築足場を組むわけじゃあるまいし、俺1人支えられればそれで十分だ。

 3度目に試した場所がビンゴ!

 石に当たらず、グイグイ押し込めた。

 そこに本来単管同士をつなぐクランプ金具を付け、簡単に足をかけられるようにする。

 そうして難なく壁の上部に取り付いた。

 そのまま2mほど下にある敷地に飛び降り、手近に身を隠せる場所を探す。

 降りたすぐ右手にブロック造の小屋があり、ひとまずその壁に身を隠し、フーッと一つ、息をついた。


 建物の壁に身をもたせながら、乗り越えてきたコンクリートの塀を見やる。

 ――帰りの登りは簡単だ。

何の問題もない。

 外の守りががしっかりしていればいるほど、人間とは内側への警戒を怠る。

 高い塀に囲まれてしまえば、枕を高くして寝ちまうもんだ。


 俺は事前に頭に入れた地図をロードするように、記憶を呼び出す。

 大抵の施設であれば、ネット地図の航空写真で建物の配置も、そのサイズも十分にわかる。

 そうして自分の今いる位置と工場の配置を重ね、RPGゲームのマップのようにイメージする。

 ――俺の現在地は……

 侵入したのは東のこの位置だ。

 敷地の東側は資材のストックヤードになっている。

 野天で積まれた資材以外は、トイレやポンプ小屋程度。

 このあたりに俺の用がある施設はない。

 けれどもそれだけに監視も緩く、侵入は容易。

 だからこちらからお邪魔することを選んだのだ。

 距離があるのが難点ではあるけれど、こちらの方がリスクは低い。

 幹部の西の内部情報によると、お宝は北西側の事務棟にあるらしかった。

 まずはそこへ向かおう。




        ◇




 この工場は事前に得た情報のとおり、夜は稼働していないらしい。

 何本かまばらに街灯が設置され、通路に沿ってボンヤリとしたオレンジの光を投げているだけだ。

 それは夜を明るくするためではなく、冬の夕暮れや荒天時の作業のための、補助的な役割なのだろうと思われた。

 この世の中に屋外のストックヤードを念入りに警戒するバカはいない。

 だから慎重な行動に意味はない――そう思いながらも、念のため明るい場所を避けるようなルートをイメージする。

 ――無駄なことをしてんなぁ。

 そう思い、そんな自分に苦笑いしてしまう。

 決してビビっている訳ではなく、あくまで無用なトラブルを避けるためだ。

 「念のためな」そう呟きながら、俺は積まれた資材の影から影へと、飛び移るように早歩きで急ぐ。


 そのまま先を急ぎ、物陰から物陰へと、ジグザグに進んで行く。

 ――こりゃあ、外からの侵入は考えてないな。

 ガバガバじゃねーかよ、警備が。

 仕事そのものの遂行には、ラクで助かる。

 けれどその面白みの薄さ故に、俺はガッカリしはじめていた。

 俺は頭の中で、今回の土産話のことを想像する。

 依頼人で幹部の西に、『いかにアンタの組織がヒドイか』について、面白おかしく講義してやるのだ。

 俺のありがたいお話で、「ほー、フン、なるほど……」となったところで『なんなら俺がアドバイスして、顧問料でも貰ってやろうか?』と冗談を言ってやる。

 そんな妄想をするほどに、お粗末だった。

 くだらん余所事を考えつつ、俺は目的の建物にとりつく。

 北側の外壁面に回り込み、各階の排水を流す縦樋たてどいを掴みよじ登っていく。

 3階の高さまでスルスルと登ると、建物と建物を繋いでいる渡り廊下に手を伸ばし、難なく廊下に滑り込む。

 渡り廊下から内部へのアルミサッシは、施錠されていなかった。


「ちょっと失礼するぜ」

 そう独り言を呟くと、そのまま目的の部屋へと進む。

 すると目的の部屋の周囲には、驚くことに何の防犯も施されていない。

 あえて場所がわからんようにする演出なのか、怠慢によるサボりか?

 もしかしたら、身内にも偽情報を撒いて、移動したあとか?

 しばらくのあいだ、階段の隅に身を隠すようにしながら思案する。

 ガバガバで順調過ぎることに、不安を感じることもたしかだ。

 けれどその不安について、この場で確認しようがないことも、1つの事実でもある。


 可能性なんてものを言い出したら、キリがない。

 可能性とは所詮は想像だ。

 そこにいるわけがない幽霊の類も、『いる』と思い込めば恐怖を感じるもんだ。

 実際には、そこにいないとしてもな。

 

なら、やることは1つ。

 自分の目で確認するよりほかない。

 満月のように冷たく輝く金塊があれば、持ち帰る。

 今夜の新月のように暗くカラッポなら、それを報告して文句をつける。

 それだけのことだ。



 厚みのあるハンガードアの鍵をあっさり開錠する。

 すぐさま扉を開け、中へと滑り込むとドアを閉めた。

 しばらく換気がされていない部屋特有の、よどんだおりのような空気が俺を包み込む。

 さっきまで屋外で真冬の冷気をまとっていた俺にしてみれば、その違いは明らかだった。

 刺すような冷たさとは、汚れもけがれも包み込んで、地面へとそっと落として霜となるのだろう。

 一方でこの部屋は、どうだ?

 タバコにホコリのにおい。

 茶色く、あるいは日に焼けて白くなった壁に天井。

 靴跡のついた床。


 そんな部屋のはずなのに俺は、場違いな違和感に自分の目を疑った。

 目の前の現実……その意味するところが、まったくわからなかったのだ。

 パッタリと動きが止まり、瞬きを繰り返す。

 自然と口が半開きになっていた。

 その部屋には、……

 俺は自分の心臓の音が、部屋中にドックドックドックドックとうるさく響いているような感覚に襲われる。


 女は突然の侵入者に驚いたのか、ガバッと上半身を起こし、こちらを見上げる。

 それから女は身の不安を感じたのか、慌ててシルクのブラウスの前を隠すように腕を交差させて肩を抱く。

 そして思い出したかのように足元の毛布を引き上げ、身を小さくした。

 

 ――何故ここに女がいる?

 ここは金塊の隠し場所のはずではなかったのか?

 さらにその女は、どこかで……

 いや、かつて俺が見たことのある女そのものだった。

 思わず凝視し続けてしまうほどに、そっくりだったのだ。

 俺が忘れられないあの女に……

 丸顔に大きな瞳、透き通る白い肌に、薄くて真っ赤な唇が印象的だった。

 ニコリと笑うと、綺麗に並んだ白い歯がチラッと覗けば、それはもう俺にとって完璧なのだ。


 だがそいつが、いまこの場に、いるはずがあろうか?

 世界でただひとつ、この部屋だけが10年前の刻を凍らせたように保存できる……なんて狂ったようなことがあってたまるか。

 白雪姫だと? くだらん妄想だ。

 そうだ、コイツは別人なんだ。

 毱花まりかはもう、死んでいる。


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