第2話 年頃娘は気をつかう


 あと4年で凜々花も二十歳。

 大学へ行くならプラス2年で6年か。

 そうなればやっと俺も、お役御免だな。

 俺が放っておいても、コイツだったら、ほかの男が放っておかないだろう。

 残念だが男を見る目について、俺が彼女に教えられることはない。

 机の上に投げ出した足を組み替え、ひとしきり過去の思い出に耽っていた。

 生きていれば今頃、アイツは38歳。

 十分すぎるほど魅力的な女になっていたことだろう。

 もっとも、俺が見捨てられなければの話だが……

 もしそうであるなら俺もこんなヤクザな商売でなく、いまだに警察に御奉公していたのかもしれない。

 

「ねえ、今日は家に帰るの?」

「今日は夜が仕事の本番だ。

 帰らない」

「そう、わかった。

 ねえ、いっそのこと、お家を事務所にしたら――」

「――それはできない。

 家は家、仕事は仕事だ。

 そんなことよりオマエ、冬休みの宿題は?」

「あのね、私はパパじゃないの。

 そんなルーズじゃないから計画的にやるし、心配いらないわよ」

「俺だって昔はなぁ――」

「――ハイハイ、むかーし昔、あるところに天才少年がおったそうじゃ……

 なーんてね、キャハハ。

 ねえ、私、ここで勉強しようかな? パパ」


「……」


 俺は答えず、天井を見つめたまま沈黙で返す。

「あれ、怒っちゃった?

 ごめんなさい、嘘です。

 ここは仕事場だものね。

 冗談だから、ねっ、怒らないでねパパ。

 ホントに」

「ん、メシ代、いるか?」


 俺はデスクの上に無造作に投げられた財布を引き寄せ、中身を覗き込みながら言う。


「ちゃんと頂いたお金で家計はやりくりしてます。

 大丈夫だから、心配しないで」

「パパと違って計画的だから」と、余計な一言をにっこり加え、俺をおとしめることを忘れない娘だった。


 ブゥーン、ブゥーン、ブゥーン

 携帯のバイブレーションが響き、俺を呼ぶ。


「悪いな、そろそろ仕事の時間だ」

 俺は電話には出ず、支度をするように娘を促した。

「1人で帰れるから」そう嫌がる凜々花の反対には取り合わず、鍵をかけて事務所を後にする。

 娘を歩いて10分の自宅マンションへと送り届け、俺はネズミ小屋、もとい、ねずみ色のタイル張りの建物へと戻った。

 鉄サビの浮いた鉄製の階段を音もなく登ると、俺の事務所の手前、隣のテナントの入り口の鍵を開ける。

 サッと目だけで廊下の左右を見、扉の内側へと滑り込む。

 間取りはまったく隣と同じだ。

 四角い部屋に、給湯室、トイレがあるだけの間取り。

 ただ、この俺の本当の事務所には、娘の凜々花を入れたことはない。

 家賃もまとめての請求だから、経費を見られてもバレることもない。

 隣の探偵とは表向きだけ。

 世間体の為だけだ。

 まかり間違って依頼が来ることもあるが(猫探しや浮気調査、企業の信用調査まで。いったいどこで俺の事務所を探してくるのだろうか?)、基本は営業していない。

 からかいと暇つぶし半分に聞いて、面白そうならやるし、気が乗らなければのらりくらりと断る。

 まさに昼の俺と同じ、適当だ。

 昼行灯ひるあんどんてヤツだな。


 だがこちらは俺の本業のための事務所になる。

 そのまま明かりはつけず、着替えを入れてあるロッカーまで進む。

 暗がりのままロッカーを開け、着替え始めた。

 どこへ何があるかはしっかり把握しているから、着替えに迷うことはない。

 羽織っていたジャケット、シャツ、ジーンズ、黒のスエードウィングチップを脱ぐ。

 フライトジャケット、七分袖のコンプレッションインナー、レザーパンツ、タクティカルブーツに着替える。

 レザーグローブを嵌めて完了だ。

 昼の探偵仕様のジャケパンスタイルから、本業用の装いにチェンジ完了。

 準備ができた俺は、娘の前でシカトした連絡先へとダイアルした。


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