1億円のモラトリアム令嬢と上手に付き合う方法

1976

第1話 冴えない男とJK娘


 本日のトップニュースです。


 先日、テロにより志半ばで亡くなった前首相の合同葬が……

 長女の……さんはアメリカに留学し……が、前首相の突然の死去に伴い……の出馬が噂されています。

 ……さんは26歳……先日密葬が都内の〇〇で行われ、……その後の動きが……

 一方で年齢が若い……懸念が……別の候補の……

 これに関係して……1月末の通常国会の冒頭で解散が……

 各党の思惑もあり……準備……




 点けっぱなしにしてあるテレビは、もはやラジオと化している。

 いや、それはラジオでさえない。

 病院や町医者の待合室に流れる、アレだな、クラッシク。

 すっかり環境音楽専用マシーンだ。

 それが奏でるものが、世間を騒がす政治や経済の重要ニュースだろうが、為になる健康法だろうが、匂い立つようなグルメリポートであろうが、ほのぼのとした老人と子供、あるいは動物といった地域のあたたかい話題であろうとも、そんなことは俺と一切関係のない事。

 どこまでいっても、それは環境音楽でしかない。


 そういう意味では、今読んでいるというか、眺めている新聞でさえ、環境映像? 

そんなものがあるか知らないが、同じようなものだ。

 俺が昼の午後の陽射しが差し込む事務所で、気怠るいひとときをただやり過ごすためのものでしかない。


 この国の首都から電車で2時間ほどの郊外に、この街はある。

 そんな一地方都市だから、駅のまわりはあまり栄えているとは、まあ、言えないな。

 この辺りのほとんどの消費者は、大抵の移動を車で済ます。

 公共交通機関があまり発達していないこの街では、荷物も人もいっぺんに運べて合理的なことこの上ない。

 だからなおさら、駅を中心としたあたりは冴えないのだ。

 踏切も線路も、車の通行の妨げにほかならない。

 ま、そのおかげで駅近のそれなりの場所に、俺が安く事務所を借りることもできる訳だ。

 薄汚れたねずみ色のタイル張り。

 2階建て建物の2階。

 赤錆の浮く軋んだ階段を登った突き当たり。

 4部屋連なる一番端。

 そこが俺の事務所だ。


「たっだいまー!

 あれ、暗いなぁもう。

 パパ! いないの?」


 ――何度言ったらわかるんだよ、あのバカ娘は……

 パチンと音がして、照明が点けられる。

 俺は眩しさに耐えかねて、ギュッと強くまぶたを閉じた。


「ったく、眩しーんだよ!

 『たっだいまー!』じゃねーだろーが。

 ここはお前の部屋じゃねーんだよ」

「ちょっと! 気持ち悪いわね。

 あたしの言い方真似しないでよ。

 『たっだいまー!』なんて、ちっとも私に似てないんだから。

 あーもうっ、仕事もしないで寝てたの?

 電気も点けないでさ」


 不意に訪れた高校生の娘、凜々花(りりか)は、腰に手を当てながら不満を表明する。

 ――オマエにそっくりな俺の芸が理解できないとは、俺の方が不満だがね。

 そのあいだも凜々花は口とは別に部屋を一通り見渡し、俺を攻撃する隙を探っている。


「うるせーや、情報収集してんだよ。

 仕事だ、仕事」

「あのねー、こんな暗い部屋で文字が読める訳ないでしょ。

 おまけにテレビはアニメじゃないの。

 そういう簡単にわかりすぎる嘘は、人を馬鹿にしてますから。

 まったく、だからモテないのよ」


 言われてみればその通り。

 反論の余地もない。

 余地もないが、まだまだ若いつもりの俺は、モテない扱いされてムッとした。

 すでに暗くて記事は読めず、かろうじてデカデカと書かれたタイトルや下品な広告の煽り文句が読める程度。

 そしてテレビは、子供向けの夕方のアニメを流している。

 丸っこいキャラクターとヘンテコにデフォルメされた動物が、俺の嘘と同レベルの掛け合いをしていた。

 そりゃあ、ひどい掛け合いだ。

 娘は帆布のトートバックをロッカーの上に置き、制服のブレザーをハンガーに掛けると、丁寧にブラシを掛けてから吊るす。

 そのあいだも俺への攻撃(口撃?)は止むことなく、『上手な嘘をつけるような柔軟さがないから、探偵の営業が上手くいかないのだ』というようなことでなじってくる。


「うるせー」と言い返しながら畳んだスポーツ紙を投げつけるも、予想通りなのか簡単にキャッチされ、そのままスムーズにゴミ箱へと、流れるように運ばれてしまう。

 娘はその足でロッカーを開けると、レンタルの黄色いモップを取り出し、そのまま床の掃除をはじめた。

 口では娘には『来るな』と言いつつも、俺はこの部屋の掃除をしたことはない。

 床掃除だけじゃ、ない。

 窓拭きも、ゴミ出しもだ。

 矛盾している、実に。

 そうすると、言動不一致な俺は、やはり父親失格かもしれない。

 年頃の高校生なのだから、いっそのこと反抗期でも起こして、俺を放っておいてくれればと思う。

 そんなことをせずに、遊びでも勉強でも自分の好きにすればいいのだ。

 いくら俺でも我慢できなくなれば、いつかはやる。

 そのはずだ。

 それには……2ヶ月くらいの時間が必要かもしれないがな。


 そんなこんなで高1の娘は、母親のような口うるさい娘に育ってしまったのだろう。

 けれど考えようによっては、アイツに似たように育っているのだから結果オーライかもしれない。

 まさかのまさかで俺に似て育ってしまっては、保護者として娘の将来がかなり心配だが、どうやらそれも無さそうだ。

 もしかするとこの前TVで見かけた、ちょっとは有名らしい美人の誰それに似ているのかもしれない。

 もっとも名前を覚えていないくらいだから、そのレベルはまあ、お察しだろうか?

 育ての親であるが故の贔屓ひいき(親バカってのか?)を引き算しても、きっと凜々花はレベルが高い方ではないかと思う。


 外見的にも血は繋がっていないから、俺に似てしまう不安もなく、かえって安心。

 安心ではあるが、つまるところ俺にも、この事務所にも、こんな生活にも、不釣り合いな自慢の娘だ。

 困ったことに、だんだんと歳をとるごとに、アイツに似て綺麗になっていく。

 だから高校生らしくサッパリとしたショートカットにしていることは、いくらか救いでさえある。

 これでアイツと同じようにロングヘアだったりしたら、嫌でも思い出すことが増えたのではないだろうか。

 そうであったら、俺は凜々花を見るたび、ウンザリしてしまうのだろうか?

 それとも日常のこととして慣れてしまい、何とも思わなくなるのだろうか?

 いったいどちらがいいのかは、俺にはわからなかった。

 ただ1つわかることがあるとするなら、今でも俺はアイツを、死んだ毱花(まりか)を気にしている。

 ただそれだけだ。


 ――あいつが死んで、そろそろ10年か……


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