紅色 ~傷~ 39

 僕は今、夜の人口都市を徘徊している。

 徘徊していると言っても、目的もなくという訳ではない。僕にはちゃんとした目的があって出歩いている。ならば、″徘徊はいかい″と呼称しなければいいのだが、僕の今の姿は″徘徊″という薄気味悪いニュアンスが似合っている。

 鯨さんと別れた僕はそのままボロボロの状態で帰路についた。

 ……やはり、疲れていたのだろう。

 重い身体を何とか動かして三階の自分の部屋に戻ったのはいいが、そのままベッドにダイブした後の記憶きおくがない。間違いなく寝てしまったのだ。起きると時刻は夜の9時過ぎ。

 やばいと思い、すぐさま二階に下りるとそこには野獣の目をしている我が妹がいたのだ。

 ″買い物は″と短いが迫力感のある雰囲気で訊いてきたので、僕は素直すなおに答えた。

 ……悲しいことに、僕の答えは妹には信じてもらえず、僕は残った方のビニール袋──食材が入った方を渡した。

 食材の方は何とか守り抜いたのだが、雑貨物の方は鯨さんのせいでどっか飛んでったので渡そうにも渡せなかった。

 妹とは食材より雑貨物の方が大事だったらしく、その日妹を怒らせた僕は夕食にありつけず、一人悲しくカップ麺をすすった。

 カップ麺を食べ終えた頃、妹が″盗聴器とかはもういいから、今すぐダンベルと防弾ぼうだんベスト買ってこい″と告げた。

 ……僕の妹は一体何でこう明らかに″私、今からバトってくる!″なんていった物を兄に買わせるんだ。

 僕の妹はいつから謎の戦闘員になったんだ。

 反論しようと思ったが、度重なる疲労で早く寝たい僕は渋々了承し、妹から買うためのお金を頂いた(流石にこれはくれた)。

 制服を着替え、自転車じてんしゃまたがり家を出た。

 そういった経緯があって、今現在夜の11時過ぎ。

 黒のローブに短い白のスポーツウェアに加えての僕のこの暗がりでは、まるで幽霊に見えると言われたことのある僕にすれば、確かにこの格好とこの顔では″買い物″……というより、やはり″徘徊″というミステリアスで不気味なニュアンスがあるこっちの言葉の方が適切かもしれない。

 まっこと心外である。このことを僕に対して言い放ったのは僕のクラスの委員長。

「クラスの代表」「クラスの司令塔」「クラスの暴君」「クラスの嫌われ者」

 同じクラスの神愛乙女が″善″と″光″と定めるのではあれば、″悪″と″闇″と揶揄されるのが、

 僕のクラスの委員長──猫塚ねこづか一騎かずき


 ──女子である。

 ──それもツインテールである。


 自転車に跨った僕は夕方鯨さんからもらったドロップキックがよぎり、辺りを見渡した。

 ……どこかにいるんじゃないだろうな。

 こんな暗がりでもし襲ってきたらあの人は完璧に悪魔だ。暴虐武人だ。

 その時、鯨さんにはパンダ色の車に乗る人達のご厄介になってもらおう。

 ──とか言いつつもちゃんとダンベルと防弾ベストを買っている僕。最高だね!なんて、優しいお兄様なんだろ────ねっ!。

 僕って奴は妹にも甘いよな。

 家族全般に優しいんだけどね、僕は。

 母さんがいなくなってから、父さんは一時期生きる意欲がなくなってたけど、今では元気になっように想える。

 僕の方も中々精神的にダメージを喰らっていたけど。妹は僕以上に深刻だった気がする。

 元々、責任感だけは僕よりあったからな。それが、余計に自分の首を締め付けていた。

 その首輪が漸く外れたのか、今では無邪気に暴れまくっている。暴虐武人に。

 たかが外れたという表現の方が適切か……。

 だが、不思議とたかが外れたように思えるのに対して、僕は″昔と同じ振る舞いだな″とも感じてもいる。言葉にするには僕の語彙力では厳しいがそれでも敢えて言葉にして表すなら、……──小さい頃の″妹″そのものだ と。


 ●


 交差点の信号機がチカチカと点滅てんめつする。

 辺りの人通りも次第に少なくなってゆき、信号を渡った先にはほとんど人はいなかった。

 物寂しい空間に一人ぼっち自転車を漕ぐ。

 鯨さんにぶっ飛ばされたゼロ丸2号は、あの後家に押して帰り、点検してみたが、目立った損傷はなかったので、そのまま乗り続けている。

 下り坂に入り、身を屈める。

 速度が上がり、風のキリキリとした音が煩く感じる。

 無事に下りきり、右に大きくカーブする。そしてそのまま真っ直ぐ進む。

 この工程を自転車なしにすると本当に体力を使う。元々体力など体育マラソン程度でしか足腰を使わない僕がすると、この倍はエネルギーを使ってしまいヘロヘロだ。

 改めて、自転車があって良かったと思う。

 この人通りの少ない公道を自転車で走ってると爽快感はあるけど、ワイワイガヤガヤな血気盛んのある空気もほしい。

 僕の家は人口都市の中では片隅側に入る。

 下り坂の手前の長い信号を境に人通りは少なくなっていく。

 片隅側の僕の家は必然人も景色も殺風景になっていく。けれど、僕は中々どうしてその殺風景な空間が嫌いではなかった。まだ完全には復興うっこうしきれていない区域や家とコンビニ程度しかない住宅街もある。歓楽街も公園といった公共物だけ。

 その最低限の物しか配置されていない街を僕はこの約2年間で愛着を持ちつつある。

 ここでmy favorite な場所を知ってるとカッコがつくんだろうな。

 生憎と僕はまだ見つけていない。

 ほとんど毎日自転車を漕いでいても見て回れていない箇所はあるからな。暇を持て余している時は見て回るのもいいかもしれない。


「そろそろ家に着くな」


 自転車の速度徐々に落としていき、踏み切り前に停車した。


 ●


 ゴンゴンゴンゴンと打ち鳴らして信号が点滅する。


『踏み切り』


 深夜だととてもミステリアスな場所だ。

 深夜だというのに赤い照明が踏み切り手前を照らす。赤く、不気味だ。

 遠くの方からガタンゴトンと電車の駆動音が聞こえる。

 こんな暗がりの場所は最近売り出し中の″切り裂き魔″の格好の餌食えじきではないだろうか。

 それも深夜に一人ぼっち。自衛手段といえばさっき買ったダンベルぐらいしかない。そのダンベルは重すぎて僕では持ち上げるだけで精一杯だ。とても武器として機能するとは思えない。

 ……そうだ。

 僕は買い物袋ように背負ってきたリュックの中をまさぐった。

 段々と近づいてくる電車の駆動音。

 何度聞いてもドキドキ緊張するのは、人間という生き物は電気系統の音に弱いからか。

 散髪で使用するバリカンなんかが典型的な例だ。耳側でヴゥ~~~~となるあの振動が敏感に反応してしまう。ま、嫌いではないが。

 より言うなら、好きだ。

 ていうか、興奮こうふんできてしまう。

 このことをポロッと猫塚の前で零してしまった時はヤバかった。何がヤバかったって、身の危険よりタチの悪い、僕に対しての好感度など底辺なのに、より深い底辺の底辺まで落ちてしまった。中は良くはない。

 良くはないが、別段会話しない訳ではない。普段学校では会話するのは最低限で、葉柱や時坂先輩から話しかれられたら会話する程度で、僕から行くことはまずない。あったとしても……やっぱりないな。

 でも一つくらいあるかな?と思ったが、思い当たらなかった。

 悲しくないよ?

 ホントだぜ。

 ぼっちじゃないし。葉柱や時坂先輩とも偶に喋るし、だから僕は″ぼっち″ではなく、″友達が少ない″だけだ。妹に言ったら、可哀想なぼっちを見る目だった。解せん。

 携帯を取り出し現在時刻を確認する。

 23時48分。

 もうこんな時間か……。

 これは家に着く頃は12時超えてるだろうな。

 僕が買い出しで行った場所は学校の真反対の位置に存在し、その距離は学校までの登校時間の倍はかかる。もうちょっと近場に建ててくれたらいいのに。

 繁華街などは学校方面だけど、今回の注文品は繁華街でも探せばあるだろうけど、こんな夜遅い時間帯の繁華街は危険だ。タチの悪い酔っ払い。エロいお店の勧誘。ヤバそうな薬を勧める奴。『危険』と呼称される人種がうじゃうじゃ闊歩し始める時間だ。

 夜の街に興味がない訳では無い。

 実際に行ったこともある。

 けれど僕には肌が合わない感じの空気だったので、あまり行く気になれなかった。葉柱は知り合いと偶に夜遊びしているそうだが、僕にはできないね。バカにしてる訳じゃない。


 ……僕みたいな奴があんな好き放題やれる人達の輪の中に入れる気がしない。

 きっとその輪が乱れてしまうに違いない。


 ●


 ちょっとした悪寒。

 偶に感じる″嫌な予感″。

 毛が逆立つ。ピリピリと肌がいつもより敏感に反応する。ドクンッと心臓が跳ねる。唐突に口を縫われたかのうように無言、言葉が発せなくなってしまう。口で息を吸うことから鼻で息を吸うことに切り替わる。

 鼻息を荒くなる。

 こんな感覚はいつぶりだろ。

 ピクピクと動く右手を握り、拳を作る。

 手の温度を高く、手汗でべたべたする。

 多分こういったことは、オカルトな分野ぶんやに分類されるかもしれない。だが、やはりこういった時の感覚は正しい。

 鯨さん曰く、″人生に変更点が打たれるのはいつも突拍子もない″だそうだ。

 僕の人生はこの言葉の通りの壮絶で唐突なものだった……ことからかけ離れている。けれど、だからといって僕もそれなりの人生を過ごしてきたと自負している。

 夕方、鯨さんに言われた言葉は注意というより、警告だったのかもしれない。

 忘れていた訳ではない。忘れようとしていた訳ではない。忘れている風なことを自分自身に錯覚させておきたかった。

 所謂現実逃避。現実逃避すらできていなかったけれど。

 いつか後悔するぞと、そんな意味が込められていたのかもしれない。

 失敗するのは別にいい。間違えるのもまだいい。けど、後悔するのだけは嫌だ。多分昔からだ。後悔だけはしたくない。そう思って生きてきたけど、僕の人生は後悔するばかりの恥ずかしい人生だよ。

 口ではどれだけ豪語しようと、やっぱりそれを叶える力がないと達成できはしなかった。

 つまり、僕には″力″がなかった。

『殺す力』も。

『守る力』も。

『選ぶ力』も。

 それらを完全に見放みはなすことも僕にはできなかった。


「……ん?」


 ●


 ソレは『黒』 『真っ黒』『漆黒』『純黒』

 形容する言葉は多々ある。

 というか形容できないモノなどこの世にはないに違いない。どんな物体にもどんな概念にもどんな化物でも。ソレには名前がある。なくても例えることもできる。形容することもできる。

 僕も葉柱も京先輩も鯨さんも猫塚も、その他諸々も。

『存在を肯定すること』

 それは、今目の前に存在するなら肯定は自動的にされる。万が一されなかった場合、それは幽霊や化物の類い。この世界に完全には結びついていない、脆く、儚く、弱々しい、触れたら消えしまう陽炎。

 化物ばけものにも名前がある。

 名前なくして存在はできない。

『吸血鬼』『人魚』『狼男』『鬼』『地縛霊』『怪異』『妖精』『超能力者』『キメラ』『クローン』

 例え、僕達の常識を超越する生物、現象、存在が現れたとしても僕達人類はその個体・群体に″名″をつけ、この世界に存在するきっかけを作る。

『命綱』と形容してもいい。

 それほど僕達の住むこの世界は、″名″を持たないモノには厳しい。

 恐れでも、怒りでも、悲しみでも、復讐心でも、嫌悪でも、生理的拒否でも、何でもいいのだ。目の前に存在するモノに″名″を与えてやれば。


 ……でもやっぱり、例外は異端いたんはごく当たり前に唐突に突拍子もなく目の前に現れるのだろう。


 そう、例えば、信号が煩く鳴り響く″踏み切り前″、とかどうだろう。


 ●


 ……彼奴は何だ。


 踏み切り前。

 遮断機しゃだんきの向こう側には誰もいない。

 あるのは、どこまでも真っ黒な空間だけ。

 電車が近づくにつれ、僕の視線はこちらに走って来る電車に向いた。

 目の前に雑音を鳴り響かせる。風を巻き込みその余波が僕の顔を覆う。

 電車から漏れ出す車内の電気が僕を照らす。

 数秒後には電車は僕の前を通り過ぎていた。


 ──これが境界線。


 電車が走っていくのを視線で追いかけながら僕は見えなくなったのを見計らい、視線を真正面に戻す。

 そう、そこには何もなかったはずだ。誰もいなかったはずだ。あるのは、平べったい人一人っ子いない空白だけ。──のはずだった。


 ──遮断機は最後の防衛線。


 ──だが、いた。

 存在した。

 当たり前に、まるで最初からそこにいたかのように、二足歩行で立っていた。

 何もなかったはずの空間には人一人が納まる空間が作られていた。空いた穴は埋まっていた。いつの間にか、電車が通り過ぎる数秒の間に。

 電車が去ったので遮断機が自動的に上がる。

 否が応でも上がる。システムにまるで、運命のようにどれだけ変更しようと絶対的な流れには人は逆らえないことを示すかのように。


 ──遮断機は檻だった。けものを閉じ込める。


 遮断機の向こう側に二足歩行で立つ生物、二足歩行と形容するのはそれが生物なのかがハッキリ言って脳が認識していないからだ。

 ソレは二足歩行で立っている──ということしかソレを示す言葉はない。


 ●


 全体像は『くろ』。

 闇夜の空間に溶け込み、同化している。

 恐らく僕と同じく、フード付きの服でも着ているのだろう。鼻下から顔が見えないのは不気味みだが、きっと遠目だからに違いない。

 中身は人間なのだ。

 何を恐れることがある。

 もしかすると、フードの下には金髪碧眼たわわな果実のお持ちの《アリス》やら《アリシア》やら《アリア》な感じの異世界ファンタジーご定番の名前の美少女かもしれないじゃないか!

 もしそうなら、是非お近付きになりたい。

 彼女いない歴=童貞=ブサ面=僕というこの数式を粉砕する時が来たのだ!

 さて、どやってお近付きになろうか?

 ここは定番の転けそうになった所をこの僕が華麗に颯爽と耳元で「大丈夫?(イケボ)」と囁いて、赤面させてやろうか。

 ふっ、この僕にかかれば造作もないことだ。

 それとも、僕が転倒てんとうして、倒れた次いでに美少女のたわわな果実を「ん?何だこの柔らかいの。モミモミモミモミモミモミ。……気持ちいいな。グヘヘ(ゲス顔)」というラッキースケベ主人公の王道を貫くべきか……。

 僕は一体何属性の主人公だろうか?


 ……受けかな。うん、ダメージをくらう野生の魔物Aって感じの主人公だ。


 と、心底どうでもいいことを考えていると、時間が解凍されたのように両方の遮断機は完全に上がった。


 ──そして、後悔の刻がやってきた。






















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