紅色 ~傷~ 38

「カッター?」


オレは草薙くさなぎさんが捕まった理由を埼玉に訊くと予想外の返答が返ってきた。

「カッター」と短く端的に言った。


「ああ」


「それが、草薙くさなぎさんが捕まった理由なのか?」


オレは信じられない、と首を横に振った。

それには時坂も同意だった。

埼玉は首をゴキゴキと鳴らしながら、


「そうなんじゃ。わらわも最初は遂にヘッポコポリ公共がヘッポコ捜査し始めた!──と、お茶請けの煎餅せんべいを食べながらほくそ笑んでいたんだが、……」


「何や、警察にはけったいな大義名分でもあったんか?カッター所持だけで捕まるか?」


……もしそうなら、これはれっきとした事件となってオレ達の前に立ちはだかることになる。

できたら避けたいが、


「例の連続傷害事件──切り裂き魔のことは知っておるか?」


「うん。最近新聞読んで知ったけど」


毎日頼んでいる新聞がこんなところで役に立つとは、取っといて良かったと時坂は内心で自分にグッチョブする。


「俺は和旗やわらぎさんから小耳に挟んだ程度だ」


和旗さん?

この執事バトラーとその草薙さん以外にも執事がおんのか?時坂はオレの物言いで首を傾げ唸る。


「ふむふむ。まぁ、その程度の認識で構わんわ。妾の細かい部分までは理解しておらんからの」


「そうなのか?」


「そらそうじゃよ。妾は今をときめく美少女だぞ?そんな世間の暗い話題には関わりたくないんじゃよ」


「……ときめく(笑い者)。ぷぷぷ」


「はいそこ!妾をバカにしない──えっと、つまり、草薙が持っているカッターのせいじゃよ。結局」


ん?

……何だと。カッターのせいって、その言い方じゃまさか、


「その連続切り裂き魔の凶器はカッターだったのか?」


オレは意を決して埼玉に訊ねた。

返答は首を縦に振ったことで理解した。さらに続けて訊ねようとすると「正確にはではないがな」と言葉を遮った。


「ポリ公共によると、凶器は間違いなく刃物だが、その特定ができていない、というのが現状じゃったが……ここへきてポリ公共はその凶器にはアタリをつけ始めたのじゃよ。何でも、とある店員Sさんによる情報で事件は進展し始めたのらしい」


「とある店員Sだ〜〜〜、何だその胡散臭さの塊は。本当に信用できんのかそいつの情報はよ」


情報屋ではなく、ただの小稼ぎのホラ吹き野郎だとしたら、そいつのせいで草薙さんが捕まったことになる。それは許せねぇからな。


「身元が怪しさの塊なのは同感。じゃがの、その店員Sとかいう巫山戯ふざけた者はお主がよく知っておる彼奴じゃよ」


「彼奴?それって──」


金土は時坂が誰のことを言っているのか訊ねようとすると、


さわやの野郎か」


オレは時坂の言葉を遮る体で店員Sの恐らくそうだろう名前を告げた。

その告げた名前は時坂は昔、聞いたことのある名前だった。ここでは語らないが、神無月かんなづき夜空よぞらと出逢った際での一件で手助けとなる情報と″道具アイテム″をくれた人の名前だった。


「ふむ、そうじゃ。隠密捜査に優れた執事の霧島からの情報じゃからの。ほぼ確定的じゃ」


「まさか、アイツが切り裂き魔との一件に関わってんじゃねぇだろうな?」


「わからんよ。彼奴にしてみればやや行動が遅いなとは思うがの」


「ってっことは、一先ずは爽の野郎ことは頭の片隅に追いやってイイんだな?」


「そうしてくれ。お主が彼奴と関わると余計被害が増えるからの」


「けっ、わかったよ」


そう言って電柱に身を任せ、悪態づく。

その表情は先程とは一転して、焦っているのとは違う、その表情はそう──ムカついている表情だった。

悪島と爽の中をよく知らない時坂はどうしてそこまで爽に対して刺々しい態度をとるのかわからなかった。時坂本人してみれば、恩人とは言えずとも、手助けしてくた人なので批判的な意見は言えなかった。


「話を戻すぞ。言った通り、犯人の凶器は刃物で間違いない。ポリ公もそのことを突き止めると付近の監視カメラ、目撃情報と捜査そうさし直したらしい」


「それで、何かわかったんか?」


「ああ。第五の被害者が襲われた時刻のその付近で草薙が監視カメラに映っていたんじゃよ。それもご丁寧にカッターを取り出した場面も映っていての」


「何か含みのある言い方じゃねぇーか」


「まぁの。草薙が捕まったのは切り裂き魔が使用していた″刃物″らしきモノを持ち歩いていたから。では何故持ち歩いていて捕まったのか。それは理由がある」


……理由か。

草薙さんを犯人にした時点で真犯人はボコるのは決定だが、そもそも草薙さんが捕まった理由自体が曖昧だ。そのことを聞いてからでも真犯人をボコリに行くのは遅くはない。


「一つ、まず今まで犯人の手掛かりを掴めなかったポリ公共にしてみればやっと見つけた手掛かり。それに加え、今まで手掛かりを掴めなかったことへのストレス、終わらせたいという欲求、事件解決または責任負担への不安感。これが草薙を捕まえた理由の″解決への先走り″じゃ」


……解決への先走り、か。

つまり、切羽詰まった状況の中、警察側からしたら草薙さんはまるで飛んで火にいる夏の虫だったのだろう

やっと見つけた犯人……かもしれない人物をカラカラに干からびた警察は目の前にある水に手を出してしまうのは無理もない。


「だけどよ、警察は草薙さんが捕まるまでも決死に捜査してたんだろ?なら、何でその時にその監視カメラの映像が見つからなかったんだ?可笑しくねぇーか?」


本来なら今この時ではなく、もう少し前に草薙さんは捕まっているはずだ。

なら何故──?


「……それには容量得ぬことがあったての」


「どういうことや?この京ちゃんにもわかるよー言うてみ」


「まず、被害者が五人目だったのが原因や。この最近では最後の被害者や。その時にちょうど現場付近の監視カメラに草薙が映っていたんじゃ。五人目の被害者が切り裂き魔に出逢ったのは今から三日前。そう考えると可笑しくはないんじゃ。偶々その場所の監視カメラを見落としていたか、単にそこまで捜査していなかった、っていう風に捉えれる」


「それはもちろん、そういう風に捉えれるけど、日本の警察ってそんなに捜査すんのが遅いんか?」


時坂は隣のオレに訊ねる。


「さぁな。けど、オレも日本警察は三日間で監視カメラなんていう重要なポイントを後回しにしとくなんてありえんのか?」


「だから言ったじゃろ、″偶々″と捉えるほかないと。偶々遅れた、と。偶々その日に草薙が監視カメラにカッターを持った姿が映った、と」


「結局偶然だと?」


「うむ」


……勘弁してくれよ。

オレは″偶然″ってヤツをあまり信用してねぇんだよ。

ため息が出る。草薙さんが捕まったことじゃない。もちろんそれも思うところがあるが、オレはそれよりも″偶然″の連鎖に対してため息が出る。

人間、生きていれば不幸なことの連続などざらにある……はずだ。草薙さんが傷害事件など起こすはずがないと確信している。あの人はそういったなことはしない。そういう人だ、雑が苦手な人だ。だからこそ、オレなんか″雑な人間″を評価していることに驚いている。


「あのさ」


時坂は耐え切れずオレに訊いてきた。


「草薙さんが捕まった理由聞いたけど、そもそもの何でカッターなんて危なっかしいモンを持ち歩いてるん?図画工作が好きな人やったんか?」


時坂の言い分は最もだ。

オレも逆の立場なら迷わず口に出すに違いない。オレの代わりに埼玉が時坂の疑問に対して答えた。


「一つは自衛用じゃの」


「自衛?バトラーやからか?」


「そうじゃ。カッターは存外扱い易く、殺傷能力があり、手頃で、尚且つポケットにスッポリと入る。これほど自衛に適したぶつも少ないじゃろ」


「それもそうやな。戦闘するっちゅうてもいつもいつも武器を凶器を持ち歩いてたら自分の方が倒れてしまうわな」


「そうなんじゃ〜。これでも中々どうして草薙は頑固での。妾の執事バトラーだから護衛だからと毎度毎度武器を持ち出そうとしていた。骨が折れたぞ」


「え、草薙さんがか?」


「そうじゃよ。ああ見えてあの男、お前以上に頑固者で妾の溢れんばかりの可愛さの虜にされた奴じゃよ」


「テメェの虜になんざなるか!」


こいつも毎度毎度どうしてこうも自分自身を高評価、自意識過剰に大胆に豪語できんのかね?不思議で仕方ない。そういや、草薙さんが、埼玉は昔はあんなんじゃなかったって言ってたってけ。

……想像できねぇ。埼玉が普通ぶってんのがどうしても想像できねぇ。


「なるほど。草薙さんがカッターを持ち歩いてたんわわかったけど…………こう聞くと、草薙さん、不幸の連鎖やな」


「……そこはご愁傷さまって訳じゃ」


「話し聞いて思ったけど、草薙さんが冤罪えんざいやって証拠あんの?」


「ああ、あるぞ」


……あるのか。まぁ当然だよな。警察もちゃんとした証拠を提示されれば草薙さんを解放するだろ。


「それで、証拠って?」


「妾には多種多様のそれはもう〜カラフルな執筆がいてな。その内の人に桜田さくらだという奴がいての。純一は知っとるじゃろ?」


さくらだ?

いたかなそんな名前の奴……。

……そういえば、アルバイトを始めた当初によく突っかかって来たキノコヘアーの年下がいたなような……。

特技がハッキングよろしく、諜報関係って言っていたような。

そこで手の平をポンッと叩いた。


「ああ。あの童貞マッシュルームか」


「童貞マッシュルーム、とはまた変な記憶の仕方してるの。ま、合ってるから別にイイよね!」


「……いや、あかんて。こんな所で童貞とか大声で言ったらあかんて。その人が知ったら涙目必須やで」


時坂も注意を促すが、本気で止めるつもりはないらしい。なんやかんやで、この女、面白そうな方の味方なのだ。


「その童貞マッシュルームが草薙さんの無罪を示す証拠を見つけたのか?」


「そうじゃそうじゃ。ふんふん♪見て驚け!これが草薙の決定的証拠じゃ!(ドヤ)」


ドン────────!!


「いや、″無罪″の証拠やからな!そのままやと草薙さんが犯人になってしまうわ!まだ犯人を特定するシーンちゃうで!!トリックもなにもあったもんやないで!!」


「長いツッコミありがとう!」


「やかましい!」


「流石身体はボケとツッコミでできている関西人じゃ!」


「あんた関西人バカにしてるやろ!?関西人にもボケとツッコミができひん可哀想な子もおるんやで!」


口が回る埼玉との会話で肩から息を荒らげている時坂は額に手を当てお疲れモードに入った。


「そんで……はよ、続き」


時坂は弱々しい声で言った。


「オホホホホ、見せてやるわ」


そう言って、ポケットからスマホを取り出した何やら操作し始め、


「童貞マッシュルーム──桜田さくらだの調査した結果、付近の監視カメラを総てをハッキングして、映っていたらしい」


「何が」


「草薙じゃよ。被害者がホームレスじゃったんじゃが、お陰で性格な時刻はわからなかったらしい。偶々通りかかった住民が顔からざばーと血を流している被害者を見て慌てて通報したらしい。それと、背中にも多くの傷跡があったそうじゃ」


「新聞でも読んだけど、顔からって、えらいグロいことすんなその犯人は」


「確かに。俺はてっきり手の甲とか手首とかそういった箇所を切られたのかと思ってた」


「カッターとはいっても、切れ味はそこまでじゃからの。服越しなら、カッターの方が折れる可能性の方がでかい。しかし、今は夏じゃからの。服一枚の奴などごまんとおる。加えて、今年の暑さはこれまでの中で最高長じゃから、余計に薄手の奴が増えおる。切る側からしたら相手がわざわざ防御力を薄くしてくれるから、こちらも切りやすい。万々歳状態じゃからの」


埼玉は閉じていた傘を頭上で広げる。手をパタパタ扇ぎ、暑いと苦言を零している 。

喉元にはテカリと光り輝く汗が、喉元から鎖骨さこつをすらりと通って、服の中──女性の母性の象徴である部分にチロチロと垂れ落ちた。

「くっ!絵になりやがる」とこちらも埼玉同様汗をかいている時坂の方も苦言?を零している。

そんな姿を見るとオレの方まで余計に熱く感じる。


「なぁ。そろそろ移動しねぇか?ずっとここに溜まってても意味ねぇだろ」


「そうやな。草薙さんの無罪証拠については移動しながら聞いたらええし」


え?

お前も来るの?

時坂については、埼玉かちょくちょく愚痴を零していたのを思い出したが、オレとは初対面だ。草薙さんとも初対面どころか名前さえ知らなかった関係だ。

ハッキリ言って、これ以上付き合う必要はないんだがな……。


「時坂も着いてくんのか?お前には関係ねぇ件だろ?」


「そうなんやけど……さてさて、関係ないかはどやろ?まだまだわからんな」


「意味わかんねぇ」


「まぁまぁよいではないか。なに、ポリ公共からうちの社員を引き渡してもらうだけの簡単なお仕事じゃ。そのこけしが、いようがいまいが大して問題なかのう」


「……わかったよ」


別に本気で嫌だった訳じゃないので、頑なに時坂が着いてくるのを止めたり、反論するつもりも元からないので、オレは渋々折れた。


「ほな行こか。レッツラゴーや!」


「あんまはしゃぐなよ」


「私は悪島さんの息子か」


「嫌だよお前が娘なんて。チェンジ」


「oh……即答。ガチですわ。本心ですわ」


娘ならもう少し可愛げがほしいぜ。

こう、あめあげたら、わーい!……って喜んでくれる感じのやつ。

時坂もここはミステリアスなシーンなのではと、和旗やわらぎさんに勧められたミステリーアニメにはこんな感じのシーンがあったので、この脳天気なガキを見てると、少し戸惑いを覚える。


「レッツラゴーじゃ!」


──もう一人いた。

脳天気な″ガキ″が……。


辛気臭しんきくさい雰囲気を出してどうする。草薙は別に拷問されている訳でも、過重労働させられている訳でも、ホモな連中に掘られている訳でもないんじゃ。苛立っているポリ公共も自白剤なんて犯罪なことを傷害事件程度の事件にリスクを負う訳もない。草薙は我慢強い奴じゃからの、大丈夫じゃろ」


心配はしてるがの。

と、呟いて歩き出した。

……最後の方は問題だろ。男的には。


「それに、こっちには童貞マッシュルームがゲットした証拠もある」


埼玉は振り向いてそう告げて、今度は後ろを振り向かずに前を向いて再び歩き出した。


「その証拠がどんなのか教えくれるんやろ」


「移動中にな」


やはり脳天気なガキ共だが、心持ちはオレよりしっかりしてるかも……なんて、ことを考えたが、頭を振って追い払った。

脳天気なガキでもやっぱり──子供ガキだ。


「しっかりしねぇとな。こういった厄介事はさわやのクソ野郎に散々身をもって体験してんだからな」


頬をつねって、オレも歩き出した。

























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