紅色 ~傷~ 35

自転車とは、やはり車よりいい乗り物だと改めて思う。

徒歩より早く、車より狭い場所を通れて、飛行機よりかぜを感じやすい。

僕が初めて自転車に乗ったのは小学校五年生の頃だ。それまで、一人どこかへ出掛ける場合は否が応でも徒歩だった。徒歩──歩いて歩いて、また歩いて、目的の場所に着く頃には僕の全身は濡れていた。濡れていたと言っているが決してエロい方面の意味ではない。『塩』とか『濡れる』とか単語単語で聴くと妄想が激しい人はR18禁なことを想い浮かべるかもしれないが、そうではない。

現在進行形で高校生実施中の僕なら難なく想い浮かべれるけれど、小学生の僕ではそういったことよりも自分の身体について心配する方が優先ゆうせんされる。

目的地に着いて初めに思うことは大体が同じだ。


──自転車欲しいな


そんな羨ましい気持ちを持ち続け、五年生になった頃に両親と妹達から誕生日プレゼントとして自転車が贈られた。

貰った僕は歓喜よりも先に早くコイツを使いたい気持ちで溢れていた。

そして、いざ本番、自転車に跨って漕ごうとした僕は──カエルのようにひっくり返っていた。

後で聞いたことだが、僕が漕ごうとした場所にピンポイントでバナナの皮が落ちていたらしい。

……何でだよ。

そのことを気付かなかった僕は両親に笑われ、妹達に嗤われた。傷付いた僕の心はその時に逞しく強くなった……気がする。

高校生になった僕はそんなトラウマとも呼べないトラウマを乗り越え、移動する際にはこうして自転車をたくみに使っている。

将来的には車の免許を取りたいと思っているけれど、暫くはこの愛用自転車であるゼロ丸二号を使うことになるだろう。

そんな兎にも角にも、僕は自転車に乗って父親に頼まれた晩飯の買い出しに出ていた。

学校終わりにそのまま買い出しに出ているので、少々荷物が多いが、何てことはない。

家で活発な妹の猛攻もうこうという名の暴力を甘んじて受けてあげている僕にとってはこんな重さどうってことはない。

どうってことはないのだけれどまぁ、重いのは確かであって、決して誰かに手伝って貰いたい訳でもないのだけれど、ほら、やっぱり一人でやるより二人でやった方が早いじゃないか。意地張って大事な食材が駄目になるのは食材に対して大変申し訳ない。

それこそ無意味だ、意地も大事だが時に人はプライドを捨ててまでやらねばならないことがある。


──今回の買い物は思ったより多かった。


「だから、手伝って下さいね鯨さん」


「何でワタシがそんな面倒臭いことしなきゃいかんのだ神無月かんなづき──」


「いやアンタがいきなり買い物中の僕にドロップキック喰らわしたからだろッ!!??」


「アンタ……か、随分と口が悪くなったじゃないか神無月。ワタシはそんな風に育ててやった憶えはないぞ」


「そもそもアンタに育ててもらっこと自体ないわ!!」


「やれやれ、神無月反抗期か?それとも遅れてやって来た『ちゅうに病』とかいう病気のせいか?だとしたら不味いな、ワタシの知り合いにそんな特殊な病を治せるような医者のいないぞ。困ったな……いっそ解体かいたい──」


「違う!そして物騒すぎる!?僕はそんな封印された力をまるで性感帯のようにビクビクさせている奴や何だがわかんないけど嫌な予感がするZとか言っている電波系な奴や正義より悪が好きで白より黒が好きな何でもかんでも正道の反対ばかり好きになる周りに合わせない天邪鬼な奴とは違う!!」


「ボロクソだな。で、お前は正義と悪どっちが好きだ?」


「え?そんなの悪に決まっているじゃないですか。ダークでカッコイイし──」


「お前はホントに馬鹿なんだな。だからお前はいつまで経っても童貞のチェリーボーイなんだ」


ひどい!?そして、どさくさに紛れて僕の彼女いない歴を馬鹿にするな!僕にだっていつかは髪が長くて小ぶりなお尻な魅力的な時に優しく時には厳しく時にはドジっ子な超究極完全完璧ハイパー美少女な彼女ができるはずだ!」


「……そうか」


くじらさんは一言そう言った。

鋭かった目はまるで我が子を見守る母親のように暖かく、口元もいつの間にか綻び、笑顔を作っていた。そんな僕の母親にもされたことのないような暖かい目で僕を見る。


「や、やめろ!そんな哀れみの目で僕を見るな!僕が痛々しい身の程知らずの可哀想な奴に思えてくるからやめて!ぼ、僕にだって彼女の一人や二人や三人作れるよ……多分」


「神無月、それは三股たになるし、彼女がほしいなら、まずはその自己評価の低さと自意識過剰なナルシストな部分を治せ。ま、治したところで、お前みたいな社会のゴミ屑が妄想もうそうそのまんまの可愛らしい彼女ができるとは到底無理だろうが。お前にはゴキブリ程度がお似合いだ。後、金よこせ」


「……ボロクソに言われてるな僕」


最後のは無視ししておこう。

僕のことを散々ボロボロにゴミ屑のようにくちゃくちゃにゴキブリのように存在を否定するこの女性──砂丘さきゅうくじら

頼まれていた買い出しの半分を終わらせ、前籠に食材等が入ったビニール袋に入れ、余ったもう一つのビニール袋をハンドルにかけ、 帰ったらこんな大量の注文を提示してきたあの活発な妹にお兄さま直伝の身も毛もよだつこしょこしよの刑をして足腰立たなくしてやろうと意気込んでいると、そこに奴が来た。

奴とは僕の目の前で片手でビールを一気飲みしてるこの暴力女たる砂丘鯨だ。

砂丘鯨──僕の家の活発な妹とはまた違ったベクトルで活発な行動をする──妹の活発よりよりタチの悪い。

最早、一種の『暴走ぼうそう』とも呼べるだろう。

暴走暴力女の砂丘鯨を一言で表すならとても男らしく屈強な女。

タンクトップに短パンのダメージジーンズに長い髪を鬱陶しいそうに結ばれたポニーテール。

男より男らしく。女より女らしくなく。化物より腕っ節が強い世間一般で求めているものが正反対に組み合わさったかのようにベストマッチされた女。

例えこの世界が滅ぼうと、僕は今後一切砂丘鯨に対して『女性』と呼称しない。

何故か?僕はその言葉を口にした瞬間、地面にそれも垂直に顔面からまるで勇者しか引き抜くことができない伝説でんせつの剣のように固く醜く突き刺さっていた。

この人の活発は本物の『暴力ぼうりょく』だと気付いた瞬間でもあった。


「僕、家族に食材やその他雑貨類いまで含めた買い出しの途中なんですよ。それで、さっきアンタが勢い良くドロップキックを喰らわしたせいで買い物袋どっか行っちゃたんですけど」


「知らんわそんなこと。ワタシの知ったことではない。失くしたのが財布ならワタシが探してやろう」


それは僕の財布の中身をごっそり小銭からカードまで奪う気満々だろ。

そうなったらまた、あの活発な妹にボロクソに言われ、父さんにも説教を受けてしまうことになる。

これ以上兄としての威厳がなくなるのは御免だ。


「失くしたのがカッターとかの雑貨類だからまだ良かったですけど、この前籠に入っているビニール袋が失くなったらせっかく特売セールの日に買った食材達が鳥のえさになっちまうところだったんですけど」


「ドロップキック如きで飛ばされたのは、そのビニール袋の耐久度が低かったせいだろ」


「僕じゃなくて、まさかビニール袋の方をディスった!?」


「人にも物にもそれぞれ耐久度がある。耐久度とは身体と心、そして、『力』が全てだ。ワタシのドロップキックはビニール袋のそれら全てを超越していたに過ぎない。ワタシの力をビニール袋如きが止めれるとは思わないことだ」


「ふざけんな!ビニール袋をアンタの無茶苦茶な理論に当てめるな!可哀想だろビニール袋が!動くことともできない喋ることもできない囚われの身であるビニール袋姫に耐久度とか弱いを通り越して実質不可能な概念を押し付けてやるな!てか、ビニール袋の中にはフラスコ菅とかメリケンサックルとかモアイの像とかギャクボールとかマリモとか盗聴器が入っていたからそもそもビニール袋自体の耐久度なんてなかったと思うけど」


「……何だ、その統一性皆無のビックリ面白アイテムを使用する気などこれまた皆無な雑貨を買っているだ……」


そんなことはない、ちゃんと使うさ。

メリケンサックルとギャクボールと盗聴器は我が妹が注文してきたもので、他のモアイ像とパイナップルの人形と小型のマリモは父さんの物だ。

どういったことに使用するのかは僕は聞いていない。父さんの方は恐らくたけど癒しがほしいと言っていたのでその類なのだろう。

それで選ぶチョイスが色々とアレな方向だけれど……今度肩叩きでもしてやるかな。

いもうと?……知らんがな。


「お前はフラスコ官で何をするつもりだ。とんでも科学実験でもする気か?それともフラスコ官の中に小人こびとでも造るつもりか?文系のお前が今更理系に変更か?なら、やめとけやめとけ。屁理屈へりくつばかり並べて根拠も確信も提示できない神無月が、世界史ができるだけでも奇跡と言わざるえないのにそこに理系科目もできるようになろうとするとは、不敬千万。一刀両断で即打ち首だ」


「僕が世界史しかできない奴みたいに言わないでくれ!これでも僕は世界史の先生に『神無月君ってホントに良く憶えてるよね。〇〇原人と女性の裸体が描かれたの美術作品は』と褒められるほどだ!」


僕だって世界史以外にも英語や国語、古典といったレパートリー豊富に満遍なく偏りなくできている。

どれもこれも難解で脳が原子分解しそうになるが、そこは根性。徹夜の一日付け、ひたすら暗記の繰り返しだ。


「ほぉ、ならアフリカ生まれた最初の人類の名前は?」


「アウストラロピセックスだ!」


「お前の欲望と混ざってるぞ。御先祖に謝れ」


鯨さんはやれやれと肩を竦め、「これだから今時のマセガキは困る。身体の九割はエロでできているってか」と僕のみならず全世界の絶賛思春期の高校生を罵倒する。


「ワタシは何も世界史しかできないとは言っていない。世界史は底辺の底の底だが他の教科は底辺の底の底の底レベルなだけであって何もお前がどうしようもないバカ野郎とは一言も、あぁ、バカ野郎とは一言も言っていない!」


「日本語でそれをバカにしてるって言うんだよッ!!!」


僕はめーいっぱい声を荒らげ、喉がイガイガするのを鬱陶しく感じながら、まるで他人事のように返事する鯨さんを睨む。

この人は昔から何も変わらない。

初めて出逢った時も人のことを人の存在自体をまるで他人事のように語る。語った本人自身も他人事のように。


「神無月、ようはワタシにそのヘンテコなショッピングに付き合えって言いたいだよな」


鯨さんはポケットから取り出した煙草に火をつける。

吸って吐く。

何万回も繰り返されその動作に淀みはなく、動作一つ一つが丁寧で、煙草たばこを取り出す際には綺麗な弧が空中に絵描かれる。

鯨さんが煙草を吸う時は大体はストレスが溜まっている機嫌が悪い場合か、


「よし、テニスしろよ神無月かんなづき


文脈を完全無視して突拍子もないこと他人事ひとごとのように言い放つ場合だ。











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