紅色 ~傷~ 26

今日もこの街に人が溢れかえる。

路上に沢山。公園に沢山。学校に沢山。

月曜日から日曜日にかけて、飽きることなく広がり増え続けて、チカチカと眩しくって仕方ない。

災害で焼け野原だった森を現代の技術力で瞬く間に都市と呼ばれるものにまで仕上げた人間様の行動力には本当に感服するよ。いやホントに。

この街、東京のThe 都会と呼ばれる有名な地域までいかなくとも、ここを訪れた人に都会だなと思わせるには十分な人の活気さと人の騒がしさと人の熱気を感じさせる。

暑苦しいくて熱苦しい。

俺は熱いより寒い方が好きなのだ。

そもそも俺は熱さを表には出さない。熱さを感情を表にはさらけ出すのは相手に自分の情報を与えることと同意だ。

熱さより冷たさを表面化する。自分の感情を考えを極力表には出さない。然るべき場面で己の中の熱さを曝け出す。

それが俺の生き方だ。

そうでなければ俺がしている仕事に支障きたすからな。


「それにしても今日は暑いな」


人がどうだとかの以前に7月26日の水曜日である今日はこの数日に比べて格段に温度が高い。

熱されたコンクリートはフライパンのように熱く、靴底をじゅうじゅうと火炙りにしている。加えて、俺の今日の服装ふくそうは上も下も黒づくしでそれが余計に熱く感じさせる。

……こんなことなら日焼け止めを塗ってくるんだったな。

俺はそう後悔こうかいしながらも熱されたコンクリートの上を歩くのを止めない。

できるなら休憩したい。

近くの喫茶店とか人気のスターバックスとかオシャレなカフェといった都会では多く見受けられる店舗が歩いているとちらほら見かけるが、駄目だ。

『暑いから休憩したい』と口に出すのは簡単だが、今の俺には決してできない。

したくないではなく、できないのだ。

何と言っても、俺は現在進行形で依頼──仕事の真っ最中なのだから。

依頼主は俺と同じく全身が黒づくめでひょろひょろした奴だったが、器の大きい俺はこころよくその依頼──″お願い″を引き受けた。

お願いと言うのは、その依頼主が何度か念押ししていた言葉だった。

依頼内容を訊き終わると、

『最後に念押ししておくけど、俺のこれは依頼じゃない。俺からの″お願い″だと言っておくよ。もちろん♪成功すればこの前金の3倍は君にこころよく譲ろう』

と、前金30万円を鞄から取り出しながら言った。


「怪しいよなアイツ……」


当然、ここまであからさまに『俺、怪しい人です』とされればこちらも警戒せざるえないのだが。

最終的には俺はその依頼──″お願い″を引き受けた。

怪しさ満点、胡散臭さ満点、犯罪臭満点、裏切うらぎられそう満点、危険度満点の計600点満点の通信簿にオール5を刻む快挙だが、それならそれでやり甲斐のある仕事って訳だ。

ここのところ、やれ復讐ふくしゅうだの。やれ口封じだの。やれ金目的だの。やれ好きな女を自分のものにしたいだの。

最近、俺に舞い込んできた依頼の数々は何処かのドラマで見たことのある定番メニューな安定した依頼内容ばかりできしていたとこだ。

同じ安定したメニューを頼むと安定した美味しさを提供してくれるが……。

偶には飽きがくるのは至極当然のことなのだから、俺も別の味を知りたいと思うのも至極当然のことだ。

偶には、時には、人は冒険者になりたくなるものだ。

俺も例外なく、だ。

だから、俺は引き受けた。

別の味を──スリルを──冒険者になるために俺は『悪島純一あくじまじゅんいちを殺す』と言う″お願い″を笑いながら引き受けた。

男、『区々道相楽くくみちさがら』は笑いながら標的を視界に入れて二ヒッと笑う。







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