紅色 ~傷~ 25

天使──神愛さんの何処かの動画でありそうな、それ以上の癒されボイスを鼓膜から脳へ、脳から神経へ、神経から体全体へと癒されボイスが浸透するのを感じながら僕はやっとのことで起き上がった。


「本当に大丈夫?」


「えぇ、大丈夫です」


天使……、神愛さんはこれまた心配そうに盛大に鮮烈せんれつにひっくり返ったカエルな僕に尋ねる。

本当に天使なんじゃないか?


「本当に大丈夫ですよ。確かに予想外過ぎる一撃をくらって内心驚きの連鎖がバチバチ炸裂してますが、この通りに僕は大丈夫です」


「それは大丈夫に入るのかな?カエルがデコピンくらった倍以上のレベルでひっくり返ったから心配で……」


どうやら僕は本当にカエルだったらしい。


「神愛さんが心配するほど僕はやわな人間じゃないですよ。なんせ僕は昔、運動会の組み立て体操のピラミッドで一番上に乗ったことがあるから、たががデコピン一発でぶっ潰れませんよ」


「……それと人間としての耐久力は関係ないよね」


さっきまでの心配そうな目は何処へやら、今はいぶかしげ目で僕を見る。

メンタルが豆腐とうふな僕は美少女、それもこの世でトップクラスに入る超絶可愛い美少女の神愛さんにそんな目を向けられたら意図も簡単に崩れるぞ。

僕の心は硝子がらすでも雑草でもなく、スーパーで安売りしてる5〜60円の豆腐なのだから。


「それにしてもこう、視点ならぬ体勢を変えてみると意外な発見もあるもんですね」


「発見?何を」


「一つは思ってたよりうちの学校の廊下は硬かったことと、廊下で寝そべってもスカートの中のパンティーは見えないことですかね」


「最後のはただの変態行為でしょ!」


何を言うんだ神愛さん。

パンティーなんて、僕にとってはプロレスラーが穿いているプロレスパンツレベルで興味がない。

たがが布切れ1枚に男子は何を必死になるんだか理解できない。

だが、まぁ、何だ、男子は加害者だが女子は被害者だからな。男子の変態的行為を受ける可哀想な女子を守ってやるのも、しょうがなしに他人のために自分を犠牲にするのも偶にはいいだろう。


「いえ、これは後に現れるかもしれないパンティーハンターが僕みたいに何かの拍子にひっくり返ったふりをしてスカートの中を覗く変態がいるかもしれないので、僕が身を犠牲にしてそれを食い止めようと……」


「変態行為を自己犠牲風に言ってもだめ!それにスカートの中を覗く相手は私でしょ!」


「はい」


「やっぱり!?」


当然じゃないですか。


「ですが反省は……、してません」


「しなさい!」


「我が人生に一遍の悔いなし!です」


「拳を天に掲げてもダメなものはダメ!」


「僕は……本物のパンティーが見たい!」


「本物が欲しい風に言ってもダメ!」


「僕はね、カンパネルラ。昔、パンティーになりたかったんだ」


「遂にはパンティーになっちゃった!?それにカンパネルラって誰!?」


神愛さんは僕のボケに次々とツッコミをいれてきた。

意外とノリがいいんだな神愛さんは。

僕の知らない神愛さんの一面をまた見ることができた。怒った顔、驚いた顔、心配そうな顔。それら全てが僕にとっては新鮮で鮮烈に記憶にいつまでも残る。

本当に、偶には遅刻してみるものだな。

すると、今まで話に入ってこなかった(入ってこれなかったんだろうが)執事服の男が弱気な声色で僕達のやり取り(僕にとっては夢のようなやり取り)に割り込んで、僕に訊いてきた。


「……それで、大丈夫なのか?オレがやったとはいえ怪我されちゃこっちも後味が悪いからよッ。そこんとこはハッキリしといてくれや」


この人は見た目のわりに本当はわりと優しい人なのかもしれない。

今回は10割はなくとも、8割方は僕に非がある。

デコピンはやり過ぎだったが(本人とっては軽いお仕置き程度のものかもしないが)。


「何度も言いますけど、本当に大丈夫ですよ僕は。痛かったですし、今もデコがひりひりしますけど、非があったのは僕の方ですし。気にする必要はないですよ」


「そうか?」


「はい」


そうだ。これは僕が悪いのだ。

初対面の人に自分の濡れ衣を被せるほど僕は腐ってはいない。

きっと僕は調子に乗っていたんだ。

神愛さんに出逢えて。神愛さんと会話ができて。神愛さんとちよっとした不思議な話をして。神愛さんとわずかな時間だが二人っきりになれて調子に乗っていた。

悪態づいていた。舞い上がっていた。クラスメートをこの学校の人達を見下していた。

勝ってかぶとの緒を締めよ。

そんなことわざがあるが、僕の場合は勝っても負けても兜の緒を締め上げろだな。


「……まぁ、もう少し威力をよわめていただけると助かりますが…………」


「う〜ん。オレも自分では手加減してるつもりなんだが、どうしても感情がたかぶるとついカッとなっちまうんだ、すまねぇーな」


「……」


人には人それぞれに悩みがある。

願望がある。

それを持つことは普通だが、それを他人に今日あったばかりの初対面の僕達に自然と話せるのはその悩みに真剣だから。

──人は見かけによらない。

まったくもってその通りだ。

僕は執事服に鋭い目などのアンバンランスな外見をしているこの人がもしかすると悪人なんじゃないかと疑ったが、それも杞憂きゆうにあっさりと汚れが水に流されるように終わるかもしない。

僕はやはり京先輩が言ってたように人を見る目がないのかもしれない。


「そうか」


執事服の男はそう言い、安堵の表情を浮かべた。

執事服の男の表情もやっと安定した。

そのことに僕も胸を撫で下ろす。

さっきから横目でちらちらと盗み見ていたが表情がコロコロと変わり、一貫性もなく、自分の感情を本人が理解できていないのが僕にもわかった。

誰に何の感情を向けるべきか、困惑していたのだ。

しかし、それも解消できたようでよかった。

あのままずっと、百面相を続けていたら僕はこの執事服の男のことを理解不能の正体不明の危険人物として認定していただろうから。

……そうだ、色々とゴチャゴチャに会話がなっていたから(大体僕のボケのせいだが)大事な、ある意味今この場で執事服に最も訊かなければならないことを僕は思い出す。


「あの、今更ですが貴方は?」


「オレか?オレは悪島純一あくじまじゅんいち。仕事でクソったれなお嬢様に仕える執事バトラーだ」


執事服の男──悪島純一は高らかに、僕にとっては印象深く、そしてこれからこの先決してまず忘れることのできないだろう名前。

これが、悪なのに純粋で、純粋なのに悪なアンバンランスな境界線の上に立つ人間とのファーストコンタクトだった。








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