紅色 ~傷~ 24

もし、僕が、生徒指導室から出てきた執事服の男の事を「一体何者なのか?」「どうして執事が学校のそれも生徒指導室から出てきたのか?」「神愛かみあいさんはこのイカつい執事とは思えない執事の事を知っているのか?」と頭をめぐらせずに難しく考えず、ありのままの現実を素直に「目の前にいるのは執事だ」と受け取っていたら、僕はこうして少しひんやりとした硬いコンクリート製の白い廊下に仰向けで大の字に天井を見上げる事もなかったのだろうか……。

天井に紅い斑点はんてんがポツポツとあることに僕はこのとき初めて知った。

へ〜……、この学校の天井も廊下と一緒で真っ白だから別の色が着くと意外と目立つな。

……天井にもひびが入るんだ。


「オイ。ガキんちょ。大丈夫か?」


僕を仰向け大の字にした張本人からお声がかかった。

天井鑑賞会もここまでのようだ。


「……アレをくらって大丈夫なら、僕は今頃きっと、『雑草魂ざっそうだましい神無月かんなづき』とボクシング界で有名になっていますよ」


「それはバカにされてるだけじゃねぇのか?」


オイオイ。雑草を舐めんなよ執事男。

雑草はな、踏まれようが、轢かれようが、暴風に靡かれようが、タンクローラに潰されようが、決して折れない、くじけない信念を特性を持つキングオブ最弱なんだぞ。

僕みたいな弱々しい人間には勿体ないぐらいだ。


「僕がこんな風に天井を見上げてるのも、貴方を見上げてるのも全てあのデコピンが悪いんでしょ」


「それはオメェが道を開けなかったからだろうが……。オレは何度も呼びかけたぞ」


「それは僕に非がありますけど、何もコンクリート製の廊下にカエルがひっくりかえるみたいに飛ばす必要はありましたか?」


僕が小さい頃、カエルにデコピンをしたことがある。

カエルは見事にひっくり返った。

カエルだけにひっくりかえる具合いに。

はらを表にし、手足がびくびくと震えていた。

僕は今その状況と同じで、無様ぶざまに大の字になっている。

カエルにデコピンした僕よ、お前は将来、意外な場面で予想外な展開と共にひっくり返るぞ……。

カエルだけに。

──執事服の男のデコピンによって。


「……オレは昔から手加減が苦手でよ……」


手加減?アレが?

手加減のデコピンで人一人が飛んだんだぞ。

この執事、デコピン一回でこの威力、この飛距離。どれだけの力をセーブしてんだよまったく。

神愛さんに恥ずかしところを見せてしまったじゃないか。

僕の男としての地位ががた落ちだ。

バブル崩壊時のように折れ線グラフがドーンと急降下だ。墜落だ。

いや、最初から地位も何も、友達ですらないんだが(僕の一方的だが)……。悲しいことに……。

つまるところあか他人たにん──神愛さんから友達証明書を貰わない限り、僕はまだまだ赤の他人止まりだ。

なら、神愛さんに見せる恥もなければ、がた落ちする地位もなければ、友達ですらないのだから僕は特段気にする必要はないのかもしれない。

こっちが友達だと想っていても、相手が神愛さんがほぼ初対面の僕を友達だと想うのは無理がある。

あの周りの風景側からしか見たことのない天使の微笑みを僕に向けてくれるかもと思うのは、自意識過剰だろうか……。

今までのやり取りだって、神愛さんからしたら別段変わったことではなく、皆等しくされる行為であり、神愛流の自然なコミュニケーション。

かんなづきよぞらが特別なのではなく、神愛乙女かのじょが特別なのだ。



「大丈夫?神無月君。痛いところある?」



この天使は今何と言った?

意外で予想外な展開な現実の連続はまだまだ続きそうだった。

少なくとも、神愛さんとくべつと一緒にいる限りその余波が僕を呑み込んでいく。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る