紅色 ~傷~ 14

違うようで合っている。

合っているようで違う。

何が違うと、何が合っていると、感じて迷っているのは自分だけなのかと不安になる。

その不安は霧のように視界を曇らせて、惑わせて、不気味に不穏に演出する。

切っ掛けは何だったのだろう?

朝見たとおもわれる不思議ふしぎ不視義ふしぎな夢か?

朝起きて、いつもなら父さんか恋火のどちらかが必ずにいるのに対し、今日に限って父さんいもうともどちらもいなかった、という現状事態か?

葉柱が話しかけてきたときか?

屋上で京先輩と小さくて溝が深い仲違ひが起こったときか?

生徒指導室で『悪島純一あくじまじゅんいち』という男の凄みをこの目に映したときか?

久しぶりに『砂丘さきゅうくじら』と強烈な物理的に痛い出逢いをしたときか?

その後の、僕にとっては『不運ふうん』に分類されるだろうイベントに巻き込まれたときか?

それとも、もっと前の出来事なのか?


自問自答に行くつく先に明確な的確な答えを僕は見つけることができなかった。


──答えはある。


それは確信している。その答えはとても巨大な鮮明に僕の脳ににしっかりと刻みつけられた記憶。

僕はそれを見つけれていない。いや、見つけているのだ。見つけているが捕まえられないのだ。そこには″あるのだ″。あって見えているがしかし、触れようとすると掴もうとすると距離が遠く離れて僕を拒む。

やっとの想いで近づいても、そこにはもうなかったのだ。

そう、まるであの日見た陽炎かげろうのように。



「例えば、かにっているよね。蟹って美味しいよね。蟹って硬いよね。蟹ってハサミを持っているよね。蟹って有名だよね。蟹って甲殻類だよね。どうして蟹は美味しいのか。どうして蟹は高級なのか。どうして蟹は海にいるのか。どうして蟹って存在しているのか。それとも、蟹は人間が作り出した創造物?」


彼女コイツは、一呼吸も入れずに淡々と言葉を並べる。蟹を並べる食卓のように。


「でも、結局は『存在している』『見えている』『触れれる』っていう概念が人間が作り出した認識を拡張させて、明確に鮮明に確実に″そこにいる″と認めさせている」


そうだ、彼女と同じく。彼女も僕達の目の中にいるのだ。彼女の中に僕が。僕の中に彼女が共存している。

それはたまらなく嬉しくないことだ。嬉しくなさすぎて涙が出そうだ。


「私はそれでも良かったたんだよ。目と目で共存し合うこの世界での現状に満足していたし、納得もしていたし、理解してもいた。でもね、でもねでもね。ふと、本当にふと思ったんだよ。もし、もしももしも目と目でだけではなく、頭と頭で、手と手で、足と足で、体と体で、口と口で、言葉と言葉で、感情と感情で、共存し合えたらって。で──」


そこから先の文章を僕は記憶に刻むつもりがなかった。

刻んで刻んで、千切れて破れて、燃やして失くしても何度でも蘇るその粘着質の高い、再生能力の高い記憶に僕は、ただ単純に『不視義ふしぎだ』と返した。

彼女コイツ』は誰なのか。

陽炎にゆらゆらと幽霊のように存在しているのか存在していないのかもわからない不思議ふしぎな存在の名前を僕は知っていた。


「────」


ひとり言で呟いた『』であり、『名詞めいし』でもあるその言葉が彼女に届いたかは定かではない。

彼女の顔はまだ、みえない。

からだもこころも。




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