紅色 ~傷~ 13

宇宙にその男はいた。

世界にその男はいた。

地球にその男はいた。

日本にその男はいた。

日本の東側にその男はいた。

人口都市にその男はいた。

人口都市の13区にその男はいた。

人口都市のカフェの前にその男はいた。


悪島純一あくじまじゅんいち


という名のその男は、いた。

いた、とうより、その場におらされたの方が的確なのだか、そのことは後に語るとして、とにかく、その男──『悪島純一あくじまじゅんいち』はいたのだ。

悪島純一あくじまじゅんいち』には、全くもって似合わない、ただ着せてみたと言わんばかりの執事服で。

額に怒りマークを複数貼り付けながらだが。



悪島純一あくじまじゅんいち』──オレは思った。

自分がこの場にいるのは決して偶然や運良くなんて生易しいものではないことを。

オレがこの日のこの時間のこの状態でこの場所にいるのは、運命なんて言う単純で簡単な言葉で片付けられるものではないことを。

普通ならば、そこまで深読みなんてするはずがない。

『あぁ〜またか』、と不快に思いながらも受け入れてしまうのが常人だ、一般人だ。

しかし、オレはそんな風に安易に片付けない。そんな風に考えない。そんな風に思わない。感じない。

考えすぎ?自意識過剰?

オレは、「ハッ」と吐き捨てる。


「オレもそう、思いたいぜ」


オレもそんな簡単に割り切れたらどんなに幸せか、幸せすぎて天にも昇っちまう気分になるぜまったく。


怒りマークが1つ。

石を投げる。


あぁ、きっと普通の人ってのは、自分に起こったことを理解して受け入れれて、深読みせずに前向きに捉えられる奴なんだよな。


怒りマークが2、3。

岩を投げる。


運がないのかな、オレは。

1週間に4度、5度と何かしらの厄介事に巻き込まれるんだからな。

でも、悪いこともあったが、良いこともあったし、プラスマイナスゼロだよな。

アハハハハハハハハハハハハハ。

満面の笑みを作って笑う。

それはもう絵に描いたようなスマイルで。


怒りマークが4、5、6。

マンホールを投げる。


オレもオレで厄介事に自分から巻き込まれに行ってるか節があるからな、うんうん。巻き込まれてもしょうがないかもな。うん。

だからって、いきなり襲ってくるのは頂けないがな。うん。もっと、話し合いとかさ、何かあるだろ、とか思うけど、全然気にしてないから安心だな(誰が?)。


怒りマークが7、8……14。

鉄骨てっこつを投げる。


しかし、オレも丸くなったな。

昔のオレなら、すぐに周りに八つ当たりしているところなんだけどな。

ふと空を見上げて、思い出す。

何を?もちろん、オレに降りかかってきた厄介事ならぬ、偶然の出来事の全てを左から右へとスライドショーのように思い返す。

思い出して、思い返す。

オレに偶然落ちてきた飛来物を。

オレに向かってきた野郎共を。

オレをバカにしているお嬢様じょうさまを。


「ハハ」


怒りマークが14…………50。

バイクを投げる。

車も投げる。



笑いがこぼれる。

良い思い出だと、辛くとも楽しかった思い出だと、悔いがない思い出だと。

オレは執事服の蝶ネクタイにスルスルと解きながら頬をゆるませる。

オレはいつからこんな優しい人間になったのだろうとつくづく思う。

お嬢様からは、てめぇが着させた執事服をやれ似合わないだの、新手のコスプレイヤーだろだの、もしかして、ドSのお嬢様からの痛くてだんだん気持ちよくなるむちをその身に受けたい新生マゾヒストだの、アナタと歩いてるとわたくしがそういう乙女チックな願望を未だに抱いている痛々しい女の子と思われるから半径10m以上離れろだの。

いや〜本当に苦しくても辛くても悔しくても良い思い出だな。本当に。

あぁ、本当に……な。


「ぷっ、アハハハ」


オレはなんて素晴らしい世界に素晴らしい素晴らしい都市に素晴らしい人達に恵まれているのだろうか。


職のなかったオレを『まるで捨てられた小犬が新しいご主人様を探しているみたいだから引き取ってあげよう』とわらいながら親切にお嬢様。

イラつくと暴力をすぐに振るう乱暴者のオレを『知能指数0なんじゃねーの?』『ゴリラと人間のハイブリット?』と新しい職場に慣れるように気を回してくれた同僚どうりょう達。


『暴力を振るうなら自分を殴ってみてはどうかしら?意外に快感になるわよ。……あ、ああああああァ痛いけど、コレがまたイイわ!絶頂エクスタシーダワ〜!!!』と特殊な性癖を勧める冗談が特に上手いカマバーの店長。


『死ね。今すぐに死ね。死んで死んで死ね。何故か?お前の顔が存在が無性に私をイラつかせる切っ掛けになるからだ』と偶にオレにつかかってくるかなり年上の女性。


『どうして俺が純ちゃんに悪戯いたずらするのか?もちろん、おもしろいからってのもあるんだけどさ、……ほら、産まれたばかりの赤ん坊を無性にかまいたい気持ちわかる?頬っぺを摘んだり、オモチャを取り上げたり、ビックリさせてみたりして、その時の反応の一つ一つが何だか可愛らしいじゃないか。つまり、純ちゃんは、俺にとっての産まれたばかりの知能が全然な脳筋赤ん坊ってわけよ!わかる?』と、オレに子供じみた悪戯してくる糞ガキ。

その他etc ……。


怒りマークが…………100……450。

電柱を投げる。

信号機を投げる。

タンクローラーを投げる。


「アハ。アハハハ!アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」


それはもう爆笑である。

自分の人生を改めて、再び、認識し、確認して湧き立つ激流の如く溢れる記憶の数々が脳から目へ鼻へ口へ首へ右腕へ左腕へ腹へ心臓へ股間へ尻へ右足へ左足へ膝へ足の爪先へと身体の隅々まで血流ように巡り巡り、巡る。

まるで、火山のようだ。

噴火寸前のとても危険なぐつぐつと煮えたぎるマグマは、まだかまだかと噴火するその瞬間を待っている。

誰も噴火させようと思わない。

自分の身に危険が襲いかかってくるのだから当然なのだ。が、この都市、人口都市の奴らはそんな危険な事態を打ち上げ花火に火をつけるが如しに簡単に安易に実行する。

ぐつぐつと煮えたぎるマグマに小石が一つ落ちた。偶然?いや、恐ろしいことにコレは人為的な必然だ。


「アハハハハハハハハ!!!!…………良い思い出……なわけ、あるかあァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」


ドンッ!と地面を地球を蹴った。

その瞬間、地球が揺れた気がした。

……気のせい、だろう。……多分。


「ふざけんなよ!!何が、ご主人様を探している小犬だ!何が知能指数0だ!何がゴリラと人間のハイブリットだ!何が自分を殴ってみろだ!何が存在が気に入らないだ!何が産まれたばかりの脳筋赤ん坊だ!!てめぇら全員オレを馬鹿にしてるだけだろうがァァァァァァァァ!!!。マジ死ね!てめぇらが死ねや!この糞野郎共くそやろうどもがッ!!!!!!!!」


吼える雄叫びは大地を揺らし、木を靡かせ、風は人へと繋ぎ、人は魂へと響かせる。

コレは八つ当たりだ。とても質が悪い子供の八つ当たりだ。大人からしたら(彼も立派な大人だが)彼の今の姿は理解し難い、度し難い、未熟なよく見せる世の中に対して全くの無知な子供の風景だ。

しかし、だからこそ、子供っぽいからこそ彼の怒りの色は、彼の──『悪島純一あくじまじゅんいち』の言葉の一言一言は、嘘偽りのない純粋じゅんすいな言葉だ。


「くっそたれがァァァァァァァァァァ!オレも好き好んで、着たくて執事服を着てんじゃねぇーんだよ!こんちきしょーがァァァ!!てめぇらも1回着てみてから言ってみろや!アホが!!…………はぁ、はぁはぁ、流石にここまで叫ぶと喉がイガイガすんなこの野郎が。……ん?……ん?」


オレは不満とムカつきと怒りを叫び終えると(まだまだ足りないが)ふと正面で大の字に倒れている子供を見つけた。

何でこんな所で倒れてんだ?

ホームレスか?いや、見たところどう見ても高生から大学生の年齢だろう。


「オイ!てめぇ何でこんな所で倒れんてんだよ!聞こえてんのか!……オイ!」


オレはその後も何度か呼びかけてみたが応答する気配が全くない。

完全に気を失っているみたいだ。

よく見ると、白目剥いて泡吐いてやがる。


「熱中症か?確かに今日は、特に暑いがそれなら近くの喫茶店でも入ればいいだろうに。オレは医療知識なんてご大層なもんは持ち合わせてないってのに。……救急車、呼んだらいいのか?それとも、何か手当した方がいいのか?」


手当てなんて擦り傷ぐらいしかできねぇオレにどうしろってんだよまったく。

こんな時に和旗やわらぎさんがいてくりれればこのガキに何かしてやれたんだがな。

和旗やわらぎさんとは今は別行動で、夕方頃に落ち合う予定だが、そんな遅い時間までこのままってのも気が引けるしな。


「さて、どうしたもんかな」


と、オレが悩んでいると、



「私が引き取ろう」



と、何ともまぁ好きにはなれない声色が50m後方で聞こえた。

こんな遠く離れているのに?

振り返ると、女がいた。ヘッドホンを首にかけて、じっとこちらを見ていた。


「……あんた、誰だ?このガキの知り合いか親戚か?」


オレが尋ねるとヘッドホンをガシャガシャと揺らして緩やかに笑顔を浮かべた。

その笑顔を見ての第一印象は、気色悪いだ。


「そんなところだよ」


その後、風に消されるような小声で「君はやさしいね」と言った。女はオレに言った。オレはその言葉を耳に入れることはなかった。


「そうかい」


オレは気を失っているガキを抱き上げて、その女に渡す。

渡すというより、"投げ渡す"だが。

女はキャッチしてガシャガシャとヘッドホンを揺して受け取る構えをとった。

野球選手の外野のように。


「そらよ」


投げ渡したガキを女の方は綺麗に見事にキャッチした、ピッチャーフライのように。


「君はこの子が女の子だったらどうするんだい?」


「女なのか、そのガキ?」


「男だよ。オカマでもないよ」


「最後の方はいらないだろ」


「君は見ず知らずの私にこの子を預けるのに何の心配もないかな?」


確かに、女の言う通りだ。会ったこともない話したこともない見たこともない奴に気を失っているこのガキを預けるのは、やっぱり心配ではあるが、


「なんとなくだけど、あんたは大丈夫だと思うよ、オレは。理由は特にないが」


そう言うと、女は不思議な存在を見るかのような目で"視てきた"。

気色悪い感覚に襲われる。

何だコレ?あの悪戯小僧と面と向かっている時のようなムカつきみたいな、怒りみたいなそんな気色悪い感覚が染みとなって付着している。そういう言葉では、感情では、目ではみえない何かをオレは認識する。


「なら、遠慮なく引き取って行くよ」


「ああ」


短いやりとりをした後、女は街の中へと溶け込んでいった。

結局、名前も知らないガキを名前を知らない女に受け渡したが、まぁ、これでいいか。

もう幾ら探しても女とガキの姿は見当たらないし、オレはオレの出来ることをしたんだろう。受け渡す。ただ、それだけの誰にでもできる簡単なお仕事だが。


「さて、オレはいつまでもここで待たされるだ?もう1時間半は経っただろ。こっちは、高校での運び仕事の後だってのに」


愚痴を吐きながら、未だ現れない待ち合わせの人物をその後も待った。

結局、その後も1時間経っても待ち合わせの人物は現れなかった。

男の怒号が街に再び轟いた。





「ホント、純一くんにはいつも通りに驚かされるよ。そこらで、本当に偶然見つけた特殊な目を持った少年がいたから純ちゃんとぶつけてみようと思ったんだけど、やれやれ全くの無駄骨だぜ。なんだっけあの少年の特殊な目の能力?」


男は、隣のスマホを片手にメールを打っている女性へと声をかける。


「たしか、視た人物を死なせる漫画や小説で言う『魔眼まがん』的な能力だった気がする。名前は『区々道相楽くくみちさがら』だった気がする」


「それは、またテンプレートな能力だね。おもしろみがないよ。その能力も純ちゃんが無意識に投げてた岩やバイクや車、電柱に信号機にタンクローラーで使う暇もなかったし、今回はこれでお開きだぜ」


全身を黒服で統一されたコーデの男は、体を翻して、その場から消えた。


「……そだ、その『区々道相楽くくみちさがら』を連れてったあの女、一体全体何者なんだか………」


男の口元は歪んでいた。

おもしろがっていた。























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