紅色 ~傷~ 15


「もう少しで生徒指導室だね」


「そうですね」


僕が今現在通っている私立貼華高等学校しりつてんかこうとうがっこうには『何らかの理由で遅刻したものは遅刻報告書ちこくほうこくしょにその理由を書いて教師に提出する』と校則で決まっている。

僕はその校則に従って、今、神愛さんと生徒指導室に向かっているわけだが、


「(今更ながら、僕はあの神愛乙女かみあいおとめと一緒にいるんだよな)」


それも二人っきりで。

その本来ならありえないだろう事実に自分の現実感がれる。積み上げた積み木細工がほんの少し手をぶつけ、ぐらぐらと安定から不安定へと変わる瞬間のように。

本当にここは僕がいた世界なのか。目の前にいる神愛乙女は、精巧に造られた偽物のまがい者なのではないか。僕が見えている神愛乙女は僕の妄想と欲望が生み出した幻覚、または、この世界自体が僕が現在進行形で見てる夢なのではないか。

いくら考えたって、不安と恐怖は消えない。

一度考え出したら、あふれかえるばかりの疑惑が頭をよぎる、そして止まらないのが不安であり、恐怖だ。


「(でも実際、僕はこの人といる。夢か幻かはわからないけど、それでも僕の隣には彼女が、神愛乙女がいる)」


僕の隣で歩く神秘。神が創り上げた至高の存在が僕の隣で歩いている。

ふと神愛さんの横顔を盗み見る。

そこには、純粋そうに見える満面の笑顔が桜のように満開していた。

神愛さんの笑顔を見てると胸が苦しい。

そった手を胸へあてる。

鼓動が激しい。ドクンドクンと規則的だが彼女のことを考えるだけで段々と加速していくのが鈍い僕でもわかるほどにあからさまだ。


「あの神愛かみあいさん」


僕は図々しくも神愛さんと少しでも会話してみたいと思い、ドクンドクンと激しい鼓動を躍動させながら閉じていた口を開く。


「ん?」


隣で満面の笑顔がちょこんと『?』を頭の上で表示しながら、首を傾げる。

──可愛い。

それしか想わなかった。

『ん?』なんて、可愛いにも限度があるぞ!


僕は動揺をできるだけ神愛さんに悟られないよれずに、とにかく今はこの続きの言葉を考える。

何かしらの話題のキーワードでも出そうと脳をフル回転させる。

好きな食べもの?好きなスポーツ?好きな音楽?好きな色?好きなアニメ?好きな本?好きな人?

脳を振りしぼって考えてもすぐに出てくるのは『好きなものシリーズ』だけで、自分のコミニュケーション能力の無さにほとほと呆れるばかりで、上手い話題が思い付かなかった。

すると、頭の中に一つのキーワードが浮かび上がった。


──神愛乙女かみあいおとめが遅刻した。


神愛さんの方は、理由はわからないが僕と同じく遅刻してしまったらしい。

──神愛乙女が遅刻した。

それだけでも、この鏈華高校では大騒ぎになるだろうニュースなのだが、今日は驚くべきことにその騒ぎ、ざわめき、揺れがない。

可笑しい可笑しい可笑しい。

神愛乙女に限ってありえるのだろうか?

そこいらの凡人、常人、一般人ならありえるだろうが、神愛乙女の影響力がこんなちっぽけな小さくて普通のものだろうか?

外では小さな疑問だが、この学校では大きな疑問だ。

神愛乙女かみあいおとめという1人の少女が地上初遅刻した内容が理由わけが気にならない訳がない。

僕も神愛乙女のファンであり、同じ学舎に通う同級生であり、神愛乙女のすごさに圧倒された者の一人なのだから。


「……その、今日はいい天気ですね」


僕は会話の初手に結局選んだのは基本中の基本で一般中の一般で有名中の有名で、ヘタレ主人公が可愛いはヒロインまたは、それに準ずる人物に第一声に言うであろう言葉をヘタレにヘタレな僕は使った。全くもってヘタレである。


「そうだね。天気予報も今日一日いっぱいは晴れるだろうって言ってたから、今日も存分に学校生活を遅れるよ。……明後日は、雨らしいけどね」


「……そうですね、僕も天気が晴れた方が気分よく学校に登校できますし、何より屋上での昼飯が気分よく食べれる」


「へぇ、神無月かんなづき君は偶に屋上で昼食をとるんだ。以外でもないけど、少し驚き」


以外だ。てっきり屋上なんて人が集まりそうな場所を好まなそうみたいに僕は見られていると思っていたけど、


「……以外でもない、ですか?」


僕のいつの間にか前を歩いている神愛さんの背中に語りかけるように言う。

バシャバシャではなく、スラッスラッと揺れる髪がとても魅力的だった。


「うん。神無月君はもしかすると自分を根暗とか光より陰が好きだとか部屋の片隅にいるのがしょうに合っているとか思っているかもしれないけど、私は神無月君は普通の人より光も陰も外側も内側も好きな人だと感じる。人が何かを本当の意味で定めるのは、それを自覚しているから、自覚して認識して……それで自分には合っていない、こんな自分のような人間には身分不相応だと判子を押す」


神愛さんが次へと語り始めるのに3秒間のロスタイムがあった。その3秒間に螺旋階段の開けっぱなしの窓ガラスから夏らしい涼風が僕の頬を撫でる。

誰かに頬を触れられていると感じた。

僕の妄想の産物だが今この場では悪くないキャスティングだと心の中で思う。

神愛さんのここまでの話しは、実を言うと前に言われていたことがある。

それも2人ほどに。男性と女性の1人ずつ。

僕は一体今、どんな顔をしているだろう?

怒った顔?悲しい顔?苦しい顔?

どれにしたって、僕に確認する手段はない。


「ふぅー」


一呼吸吐く。これは僕が見せたほんの僅かな緩みだった。確かに神愛さんがこの話しを始めたときはもちろん驚いた。ドクンドクンと弾んでいた心臓の鼓動こどうがビクンと飛び跳ねた、それが逆に正常な状態に戻す切っ掛けになったが、それは良かった。だが、僕はこの状態がこの空気がとても怖い。


「でも、神無月君はまだ判子はんこを押していないし、押すつもりもない」


何故なぜなら、


「諦めていない。諦めるつもりもない」


その後続いた神愛さんの一言一言が螺旋階段の空間を振動させている。そんな不確かな不確実なイメージがよぎらせる。


「光より陰が好きなのは、その方がバランスがいいから。外側より内側が好きなのはその方がバランスに合っている気がするから」


神聖な雰囲気をかもち出す神愛さんを僕は黙って見ていることしかできなかった。……たとえ、僕が口を挟もうと何も変わらなかったに違いないが……。


「とどのつまり、神無月君は何も決めていない人間なんだと私は思うわけ」


振り向いてビシッと効果音が鳴るような佇まいで僕を見る。

再び神愛さんと向かい合う。

ルビーより紅い瞳の視界に僕を入れる。

改めて思う。改めて想う。

神愛乙女は凄い。神愛乙女にかれている。

当然だ。なんせ、僕はただの普通の高校生のなんだから。そう、おもうのは普通だ。


「付け加えるなら、これから何事も決めていける将来有望な人物かな」


と、螺旋階段の階段の上で神無月夜空かんなづきよぞらという普通の人間の一部の観測結果を語り終えた。


「いや〜こんな数分しか出逢っていないのによくそこまでわかりますね?」


「そうかな?昔から、人とか動物とか植物とかを観測するのは好きだったし、それでなくても予想?とかは昔からよく当たってたから今回もそうかなって。気分悪くさせてたらごめんね」


「別に謝らなくてもいいですよ全然。神愛さんに、非があることは一つもありませんし」


神愛さんはただ自分の予想を伝えただけ。そこに皮肉やら恨みやらの感情はない。純粋に伝えただけなのだから、僕が気分を悪くするわけもなく、逆にほんの少しだけど神愛さんと長く会話できてよかった方が心の内を占めているのは秘密だ。


「そう言ってくれると嬉しいな。おびに私に出来ることならできる範囲で頑張るけど何かあるかな?……もちろんエッチな要求はダメだけど!」


頬を少し赤くする神愛さん。

神愛かみあいさんでもエッチな話題にはやっぱり抵抗はあるのか。わかっているけど女の子だし、美人だし、可愛い人だし、クールな人でもあるからそこら辺の話題に対する反応がいまいち想像できなかったから、神愛さんのこの反応はとてもレアだな。


「……特に何かあるわけでもないし、初めて面と向かって話した相手に要求するのも気が引けるし、そもそも要求するほどのものが僕にはなかったと思うし……」


僕のひとり言に苦笑いする神愛さんは、とても可愛かったのはわざわざ言うまでもないことだ。


「それに神愛さんはただ僕の分析をしただけで、何も悪くないんだからそんな申し訳ないなさそうにする必要はないんじゃ」


確かに、神愛さんが僕の観測結果を話しているときの空気とかはとても怖かったし、不思議な疎外感とかあったけど、アレは世界で偶に持っている人がいる俗に言うカリスマに属するものだから、


「やっぱりお詫びはなしで」


ここで、エロ同人誌的な要求や主人公みたいに相手を気遣う返しができないあたり、僕はやっぱり『わかっていない人間』だと改めて思った。


「そう?なら、わかった。後で飲み物をおごるよ。それでOK?」


いや、何がOKなんだ?

僕はさっきお詫びなんて、身分不相応なものはとても頂けないと言ったばかりなのに。


「えっと、僕、お詫びは遠慮えんりょするって……」


「うん。だ・か・ら、これは私の君への初面と向かって話した日に対してのプレゼントってことで!」


だから、ちよっと待って。だから、僕はお詫びなんて畏れ多いものは貰えないんだって。

もし、貰ったら僕は一体どんな感謝の体現をしなければならないのか。


「……初面と向かって話した日プレゼントって、流石さすがに無理ありませんか?」


「……私って、どんなことで相手が気分悪くさせているんだとか考えたら不安になるタイプの人間なんだ。たとえ、相手が大丈夫って言っても心の中ではどんな風に思っているかわからない。だから、偶にだけど今やってるようなやり取りをしようって私は決めてるんだ。……だから神無月君、私のプレゼント受けってくれないかな?」


そのプレゼントは、神愛乙女の善意による善意のためのの物だ。

シリアス雰囲気出してるが、つまり神愛さんの優しい気遣いを受け入れるか、受け入れないかの二者択一ってわけだ。


「……流石にそこまで仰るなら、受け取りますよ。僕も人の善意ぜんいを受け取らない薄情な人間にはなりたくないですからね」


そう言って僕は「メロンソーダをお願いします」と神愛さんに注文した。


これが後にちょつとしたゴタゴタに巻き込む要因になると僕は気付いていなかった……わけでもなかった。

そしてその数秒後、僕と神愛さんら生徒指導室に到着した。













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