第6話 お助けマン

ガタガタ・・・

「・・・やっぱり、動かないか」

開かないもう片方の引き戸と格闘中、

垣根の向こうから、

坂本さんが顔を出し、私に気づいて声をかけてくれた。


「本当ですね・・・なんか、噛んじゃってるのかな?」

「結構、ガタガタやってみたんですけど、動かなくて・・・

なんか、すみません」

「いえいえ。俺は、全然。

今日、休みでプラプラしてたとこなんで」

「本当に、すみません」

「俺も、これ、どうにかしたいし」

「ありがとうございます」

「いえいえ」


ガタガタ、ガタガタ。

その後も格闘するも、押しも、引きもできず。

しばし、お茶を飲んで、休憩することに。


「古い建物だから、ガタがきちゃってるんですかね」

「俺は、そういうの含めて、味だと思ってるんで、

良いと思いますけどね」

「古い建物、お好きなんですか?」

「好きというか、憧れですかね。

母方の田舎のばあちゃんちが、日本家屋で。

遊びに行くと、こう、うまく言えないんですけど、

温かい、幸せな気持ちになってた記憶があって。

だから、そんな家に住めたら良いなって思ってて。

そういう気持ち?

見えないし、触れられないけど、

いっぱい詰まってるじゃないですか。家って」


そうか。

ここに、帰ってきて感じてた、

音や、

色や、

匂い

その全部が、

私にとっての安心だったんだ。



「あ!そういや、今日、圭くんも休みって言ってたな」

「圭くん?」

「同居人の一人で、便利屋やってるんですよ」

「便利屋さん・・・」

「ほら、ここの地区、

一人で暮らす、じいちゃん、ばあちゃん多いから

お助けマンみたいな。

そういう、何でも請け負う店やってるんですよ」

「・・・お助けマン」

「ちょっと、電話してみますね。

あ、もしもし、圭くん?ちょっと、お願いあってさ・・・」


10分後、その圭くんはやってきた。

「こんにちは〜」

「あ、圭くん、こっちこっち!」

「はじまして、野沢圭といいます」

「三浦です。よろしくお願いします」

「昭夫さんには、すごくお世話になって、

ご挨拶、遅くなってすみません」

「いえ、こちらこそ、祖父と仲良くしていただいたみたいで」

「先に、線香させてもらってもいいですか?」

「どうぞ、どうぞ。祖父も喜ぶと思います」


圭くんは、手を合わせ終わると、

遺影を見て少し笑った。

「この写真、使ってくださったんですね」

「え?」

「すごい笑ってるでしょ、これ」

「あ、はい。葬儀屋さんが、笑顔の写真がいいっておっしゃって、

探していたら、これが封筒に入って、アルバム棚から出てきて」

「これね、実は、俺らが笑かしたですよ」

「そうそう、アッキー、自分から写真撮りたいって言ったのに、

全然、笑わないから」

「赤ちゃん笑かすみたいに、大の大人がガラガラ持って

カメラの後ろで大騒ぎして」

「そうそう!あ、そうだ、思い出した。それ!

俺、動画、ある、あるよ!タカに送ってもらったんだ〜」

差し出された携帯の画面。

再生された動画に、祖父が映っていた。


写真スタジオの椅子に腰掛け、

カメラの前で、難しい顔している祖父。

『昭夫さん、堅いよ。もっと笑わないと』

『笑うったってな〜』

『ていうか、アッキー、これ何用の写真なの?』

『証明写真』

『え?』

『アッキー、どっかで働くの?』

『天国行く時に、必要だろうよ』

『それって、あれ?・・・あの、なんだっけ』

『遺影ってこと?』

『え〜、まだ、いらないっしょ』

『俺らなんかより、ピンピンしてるもんな』

『準備しとかないと、いざという時、探さないんからな』

『そっか〜』

『じゃあ、なおさら、笑わないと!』

『ジェントルマンな感じで、ほら、キメ顔で』

『ダメダメ、堅い、堅い〜』

『これだ、これ、使おう!パフパフ〜、こっちでちゅよ〜』

『爺さんに、でちゅよって』

『あ、今いま、嶋、ほら、シャッター!シャッター切って』


ブレた動画の向こう側、

遺影と同じ表情の祖父の姿があった。

「すごく、楽しそう」

「でしょ!」

「でも、今思えば、本当に、準備だったんだなって」

「・・・」

「け、圭くん、それより、この引き戸をさ」

「あ〜、そうだったな」


祖父は、この人たちと、

本当に、楽しく過ごしていたんだろうな・・・。


「本当に、動かんな。三浦さん、これ、外してみますね」

「あ、はい。お願いします」

圭くんは、縁側の外に出て、

重い引き戸を、少し上に持ち上げると、

器用に、下の部分を手前に引いて、戸を外した。

「すげーな。なんで?俺、全然ダメだったのに」

「この家の引き戸は、木枠に入ってる切り込みに、

引き戸の位置を合わせたら、外れる仕組みになってるんだ」

「すごい」

「使ってる時に、引き戸が外れないようにする先人の工夫だな」

「さすが、便利屋」

「動かなかったのは、埃だな」

「埃?」

「戸をスムーズに左右に移動させるための、

戸車の車輪の部分にこうして長年の埃が溜まって、

動きが悪かったせいだな」

「へ〜」

「こうして、キレイに埃を取って、少し油を差せば・・・」

「お〜」

「すごい!動くようになりました!ありがとうございます!」

「お役に立てて、よかったです。

また何か、ご用命の際は、こちらにご連絡くださいね」

「ちゃっかり、名刺なんか渡しちゃってさ」

「うふふふ」

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