第5話 枇杷

障子の隙間から射し込む光で目が覚める。

線香と畳の匂い。

布団から起き上がると、祖父の遺影が目に入った。


「夢だったらよかったな・・・」

布団をたたみ、顔を洗って、仏壇に手を合わす。

線香の匂いが立ち込める。


「空気、入れ替えるね」

少し重くなった縁側の引き戸。

グッと力を入れてもビクともしない。

10分ほど格闘して、片方だけはなんとか開いた。

柔らかな風が、部屋の中に流れ込む。


「そういえば、ここ、特等席だったね」

縁側に置かれた、ラタンの三つ折り椅子。

祖父は、この椅子に座り、

自分で手入れしていた庭を見ながら、

よく一人で晩酌していた。


普段は口数の少ない人だったけど、

晩酌の時だけはちょっとだけ違って、

つまみをだしに、よく縁側に呼ばれた。


『沙良、これ食うか?』

『いいの〜?』

『お父さん、ダメよ。沙良は、もう歯を磨いたんですから!』

『歯なんて、また、磨けばいいもんな?沙良』

『うん!』

『もう〜、知りませんからね』

『ばあちゃんは、こえ〜な〜』

『な〜』

『まったく・・・もう』


『おじいちゃん、この黄色いの何〜?』

『これはな、びわっていうんだ』

『びあ?』

『びわ。お前の父ちゃんが、好きでな。美味いんだぞ』

『へ〜』

『ほれ、食ってみろ、あ〜ん』

『甘いね〜。おいひい』

『そうやろ。もっと、食うか?』

『うん!もっと食べたい!』

『はっはっは』


あの頃は、食べることに夢中で、

ここから見えるものなんか、知りもしなかったけどー


「ばあちゃんが植えた花が、よく見えるんだね」

片方だけ、引き戸が開いたのも、

ここだけは必ず開けていたからなのかもしれない。

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