第2話 白いご飯

写真を眺めていると、

玄関の方から誰かの声が聞こえた。

その声は、徐々に近づいてくる。

「昭夫さーん?アッキー?

ここんとこ、一度も顔出さないから…」

そう言いながら、家の中に入ってきたのは、

若い銀髪の男だった。



「え…?誰?」

「…き、き…」

叫ぼうとした瞬間、

男に口を抑えこまれた。

「ちょっ、ちょっと待った!

いや…、あの、違うくて…。

俺は昭夫さんに

いつもお世話になってる者で…

怪しい者ではないん…ですけど…。

この状況は…怪しいっすよね…」

「…」

銀髪に黒いTシャツ、

つなぎの袖を腰に結んだ、その男は、

祖父の知り合いだという。


「誰か亡くなったんすか?」

「…え?」

私の服装を見て、男が言う。

「喪服ですよね?それ」

「あ、あぁ…。今日、祖父の火葬で」

「…そう…だったんすか…」

「…」

「線香、あげさせてもらってもいいっすか?」

「どうぞ…」

その男は、

長い間、手を合わせていた。




彼の名前は、坂本。

この村にきて3年。

隣町で土木作業員として働いているらしい。


「あの…祖父とは、どのような?」

「昭夫さん、

今、俺が住んでる場所の大家さんなんすよ」

「大家?」

「はい。いつも決まった時間に、

茶菓子持って縁側にくるのに、

ここんとこ、まったく顔見せないから、

心配になって…。

今日来てみたら、

家の電気がついてたんで、

様子を見に入ってきた…とこでした」


祖父が、大家を始めていたなんて、

知らなかった…。

「なんか、本当、すみません…」

「いえ、…こちらこそ、失礼しました」

「あの…」

「はい?」

「今住んでるとこ、どうなりますかね?」

「あぁ…そうですよね。

…急なことだったので、

私が…引き継ぎます。

何かあれば、私におっしゃってください」

「わかりました。よろしくお願いします」

「はい」

「あの…」

「はい…?」

「飯、食いました?」

「あ…、今日は、まだ…」

「よかったら、うちで食いませんか?」

「え…?」

「昭夫さんの分…残っちゃうんで」



喪服を着替え、

祖父が大家だという古民家へ。

そこは、以前、物置小屋として

祖父が使っていた場所だった。


「どーぞ」


扉を抜けると、

広い土間があり、

その横に囲炉裏の付いた和室が広がる。


「ここに、お一人で住んでらっしゃるんですか?」

「いえ、俺とあわせて、6人で」

「ご家族ですか?」

「いまは、家族…みたいな感じですけど、

俗にいうシェアハウスっすね」

「シェアハウス…」

「今日は、みんな、まだ仕事で。

あ、飯、すぐ用意するんで、

囲炉裏の前で待っててください」

「…ありがとうございます」



囲炉裏にくべた薪。

パチパチと音が鳴る。

あったかい家。



…祖父は、


祖父には、


こんな場所があったんだな。




「お待たせしました。

精進落としとは言えないっすけど…」

「…いただきます」


炙った油揚げと白菜の味噌汁。

白いご飯と、高菜漬の油炒め。

「おいしい…」



食べたものが喉を通って、

空っぽだった胃が徐々に温まっていく。



「おい…し…い…」




もっと、

話を聞けばよかった。




もっと、一緒に、

ご飯を食べればよかった。





もっと、ちゃんと…。






「飯、うまいっすよね…」

「はい…」

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