42話 かつての

「・・・・・・寒い」

「てへへ、また制御ミスっちゃった」

「もう無理に他の妖精の力を使おうとしなくてもいいだろ。ただでさえ、回帰属性なんてチート属性持ってんだから。お前のその特訓に付き合う俺の身にもなれよ、吹雪」

「むぅ、だってぇ。ボクだってつかさっちみたいにすごいのバババーンってやってみたいんだもん!」


 少年は手の平に灯した炎で身を包んでいた氷を溶かしていく。身を包んでいた、というよりは氷漬けにされたと言うのが正しい。

 まだ幼い少年少女の戯れにしては、その様はあまりに刺激的が過ぎた。野原に屹立する氷の塔。それが炎によって水に変えられていく。土台を失った塔は轟音と水飛沫を撒き散らして崩れ落ちた。


 その真下にいた少年、年頃の割に冷めた、排他的な心持ちを体現するような目が特徴である。降り注いだ冷水に服を濡らして、どこか不満げだ。

 そんな少年こと、九条帝の吐いた突き放すような言葉に不満げに口を尖らせるのは、茶色がかった髪をツインテールにした彼と同年代くらいの少女、刀薙切吹雪である。帝の正論にどうしても歯向かってしまう、顔立ちもだが、彼に比べて精神年齢的にはまだ差があるようだ。


 濡れた服を恨めしそうに見つめる帝のもとに、タオルが投げ込まれ、彼の頭を包んだ。


「風邪ひくぞ、帝」

「・・・・・・紅音あかね


 振り返った先、タオルを乱雑に渡してきたのは吹雪の姉、刀薙切紅音だ。

 帝たちより七つばかり年上の、少女と女性の中間くらいの独特の美貌を湛えた女。しかしながら、その凛々しい瞳は男勝りの勝気な色を宿している。紅音は両腕で帝の頭を上のタオルでワシワシと豪快に擦った。


「紅音さん、だ。何度言ったら分かるんだこの馬鹿たれが」

「痛い痛い。おい、やめろ!」

「うーっ、おねーちゃんばっかズルい! ボクもやりたい!」


 そこに吹雪も加わるもんだから、てんやわんやである。足がもつれた帝が転倒し、それにつられるようにして二人も倒れた。覆い被さるように。

 二人もの女性に密着されて、片や年齢的に残念な、片やまだまだ発展途上と言い訳ができる、何とも虚しい圧迫感に、帝が最初に抱いたのは照れではなく、怒り。


「重い! 早く除け!」


 言葉を選ばず、反射的に口をついて出たその発言は一瞬にして女性陣の不興を買った。文字通りの鉄拳制裁が顔面にクリティカルヒット!


「女の子に重いとかいうな!」

「今のはいただけないな・・・・・・危うく殺すところだったよ」

「〜〜っ、殺すところっつーか、割かしマジで殺る気だっただろ。お前の一撃だけ脳が震えたぞ」

「・・・・・・お前、だとぉ?」

「ちょっ、やめ、アイアンクローは痛い。頭蓋骨がミシミシいってんだよ!」

「わー、つかさっち変な顔!」


 ようやく頭の拘束から解放されて、荒い息を吐く帝に傍若無人と呼ぶにふさわしい笑みの形に口元を歪めた紅音。そして、それに便乗しておどけてみせる吹雪。

 その異常なまでの膂力。若しくはその戦闘力の高さから目をつぶれば、仲のいい姉妹と少年のお遊びのこの光景。しかし、それが薄氷の上にあることは、吹雪を除く二人はとうに理解していた。

 

 三人のもとに、黒塗りの車から降りたこれまた黒服サングラス、いかにもSP然とした、事実にも刀薙切家のお付きの人がやってくる。

 帝と紅音は眉根を寄せて、吹雪は満面の笑みでそれを迎えた。


「本日は玄徳様が久々にご帰宅されます。そろそろ戻られてください」


 と、刀薙切家現当主の名を、彼女らの父親を引き合いに出して、吹雪をそのSPは見た。紅音には見向きもせずに。今更そんなことを気にもとめない紅音は一歩引いて、吹雪を鋭く細めた目のまま、視線で促す。すなわち、お前は帰れと。


「・・・・・・おねーちゃんも、一緒に帰らない?」

「私はいい、お前だけで行け」

「・・・・・・でもぉ」

「いいから行くんだ」


 彼女たちの家の事情を。連合という組織において、血筋によって発言権を得たという特殊な家庭状況を知っているからこそ、帝は迂闊に口を挟むような真似はしない。もう、何度も見てきたことだ。あの妖精事件がなければ自分自身、関わることすらなかった領域だ。今は逆に、その内に取り込まれようとしている気もするが。


 吹雪は渋りながら、SPに連れられて車へと向かう。車が発進し、じきに見えなくなるまで見送って、紅音は深くため息をついた。

 その内心を見透かして、帝は小さく尋ねる。


「うち、来るか?」

「いい、どこかのホテルを探す」

「そう言って前に空き地で夜を明かそうとしてただろ。あれ見つけるの大変なんだよ」

「別に、そんなこと頼んでない」

「なんでこういう時のお前はそう、卑屈なんだ。いいから行くぞ!」


 帝は立ち尽くす紅音の手を引いて、歩き出す。小学生にしては長身の帝だが、それでもこちらも女性としては高身長の紅音と比較してみると、親の手を引く子供のような絵面になるから不思議だ。


 紅音は帝に導かれるまま、その背中を追った。 

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