41話 センセイ

「追う・・・・・・か。さて、どうするか」

 

 精神は若干の落ち着きを取り戻し、現状を冷静に総括する余裕も生まれた。それを以て言えば、絶望的と評するに値するが、それはもう過去の話。

 人間のもつ絆の力。計算、打算、論理、そんなものでは推し量れない。自分が立っていられるのも、それだ。


 サラドの焔で飛翔して追いかけることも考えたがそれをするには肉体がついてこないだろう。傷を癒す類の能力をもった妖精師を探すことも一考する。しかし、それにしても非効率だ。いや、それでも未来を考慮に入れるとこうして校門前で立ち止まっているより、何倍も効果的にも思える。


 振り返りざまに撃った炎弾が、ティルティの指示に追われ無防備になった綾乃へと迫っていたバリオルカの牙を弾いた。

 そしてその視界の裾に、分かりやすい駆動音と一緒になって藍色のフォルムのバイクを捉えた。


 そのバイクは摩擦音を響かせて帝の前で止まった。ヘルメットから顔を出す。随分と久しく、そして他の誰よりもはっきりと彼女を見たように思える。


「センセイ・・・・・・」

「たぁくっ、急に連合に呼び出されたと思ったら今度はお前を連れてあれを追えと? 人遣いの荒い連中だよ!」

「ほんと変な感じだな、改めて聞くと」


 そう言えば、吹雪は以前センセイの目の前でどころかセンセイに向けて妖精師という単語を放った。彼女が妖精師であるという推論に、かつ元の世界でも妖精師となったという事実の元に、もっと早く気づいてもよかったはずだ。

 それで何が変わったか。知りもしないが。


 取り戻した記憶は元の世界の過去。それは帝の覚悟を強めはしても帝自身の自己アイデンティティを奪うには至らなかった。そこにあるのは単純なロジックであるのだが、帝はまだその心理にたどり着いてはいない。


「何を笑っている! 早く乗れ!」

「分かりました・・・・・・よっ!」


 センセイの後ろに、道交法敵にはアウトだが今はそれを咎める警察も、それを止めうる如何なる介入の正当性もない。

 腰に腕を回して体を密着させる。

 どうしてか、その瞬間にセンセイがビクンと小さく跳ねて、帝の腕を受け入れた。

 すぐにセンセイはバイクを発進させる。


「・・・・・・あいつらから聞いた、お前たちは別の世界から来たんだとな」

「あいつら・・・・・・先輩たちですか。すみません。ずっと黙っていて」

「謝るな。無理もないことだ。だが、それで合点がいったのも確かだ。お前のその変貌はそう考えるとなんら不思議はない」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・こんな時に聞くことでもないんだろうが、一つ聞かせてくれ。お前の世界で、私は一体どんな教師だったんだ?」


 制服越しに伝わる震えは、何に端を発するものだろうか。しかし、それは今の帝には痛いほど分かる。ほんの少し前まで、自分も同じ心理だったのだから。


「あっちの世界のセンセイは、そうですね・・・・・・あなたと全然違った人ですよ。何事にも完璧主義で、それでも生徒思いの、いい先生でした」

「私は・・・・・・そうではない、ということか」

「率直に言って、第一印象はそうでした。でも、それは全くの勘違いでした。どちらのセンセイも本当はとても強くて、誰よりも家族思いの人だ。家のことでいくら苦しもうと、妹のことだけは何よりも心配してる」

「過大評価もいいとこだ。お前の知る方はどうかはしらないが、私はそんなたいそうな人間じゃない」


「・・・・・・俺は、記憶を書き換えられていました。そして、それをさっき思い出した。どちらの世界でもセンセイはセンセイでした。俺はセンセイに支えられていた」

「私はお前を支えた覚えもないぞ」

「支えられていましたよ、俺も今の今まで気づいていませんでしたが。センセイがいてくれた、それだけで俺には救いだったみたいです」

「・・・・・・ははっ、まるで恋人のようだな。私とお前は教師と生徒だったんだろ?」

「ええ、そうですね。だって俺たち元の世界で恋人同士でしたし・・・・・・うおわっ!?」

 

 まっすぐパンドラの行方を追っていたバイクが突然蛇行して、振り落とされそうになる。

 たまらず帝はシャウトしていた。

 

「ちょっ! 急になんなんすか!?」

「馬鹿かっ!? これを驚かずにいられるかっ!!」


 ヘルメット越しのせいでよく見えないが、その動揺は手に取るように分かる。


「お前とあっちの私が恋人っ!? どういうことだぁ!?」

「あっ、告白の文言忘れてないんで今からリピートしましょうか?」

「しかもお前から告ってきたのかよ!! どっちの世界にしろお前の精神以上じゃねえか!!」

「失礼な! 最低限の敬意ぐらいは持ってますよ」

「お前、私にどんな最低な告白をした!?」


 息を切らせたセンセイがやっと普通の会話ができるくらい平常を保てるようになるのを待ってから、帝は話し始めた。

 思い出したエピソード。三年前の大事件、それよりも更に遡るセンセイと吹雪との物語を。


 パンドラはこの街の誇るとある山、豊麓山の頂上へと降り立った。確かあの場所は霊力の泉などと称される妖精師のパワースポットであったか。

 そこまで道半ば、帝の回想は始まる。

 

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