第13話 密やかなアリス




「で、つい調子に乗って了承してしまった。貴方は臆面も恥ずかしげも無くそう言い訳するのね」

「……返す言葉も無い」


 帰宅直後、一連の出来事をモニタリングしていた桐子が、玄関で仁王立ちして待ち構えていたかと思うと、家に上がる事なくその場で正座させられ、わざわざ口に出して説明させられた挙句、氷のように冷たい視線と言葉でため息を吐かれた。

 話の中身は勿論、躑躅森揚羽に関しての事だ。

 桐子は冷ややかで鋭利な視線を更に細め、玄関の床で正座する都古を見下ろす。


「私は確かに躑躅森揚羽と交流を持て、とは言いましたが、個人的な関係を過剰に繋げるのは如何なモノかと、バックアップとしては苦言するわ」

「いや、あの、しかし……会話には流れというモノがあってだな」

「その流れを意識して操作するのも、プロとしての仕事だと、私は思うのだけれど?」


 言い訳を口にするも交渉は失敗。都古は身を縮こませた。

 どうにも昔から都古は雪村桐子……アンバーとは相性がよろしくない。関係性で言えばつき合いもそこそこあるので、悪くは無い筈なのだが、彼女は生まれついての才能なのか、クールで口数が多い方では無いのにも関わらず、弁が立つというか、的確に痛い所を突いてくる論調で、今まで数々の大人達を翻弄してきた。その中にはジョーカー時代の都古も例に漏れず、口喧嘩でアンバーに勝てた試しは無かった。


 親と子ほど離れた年齢の小娘と、口喧嘩している時点で大人気ないのでは? という疑問点は、今は横に置いておいて欲しい。

 改めて冷静に考えてみると、あの場は即決せずにお茶を濁すくらいが適切な判断だったと、正座しながら後悔している。ただ、都古にも言い分はあった。


「まぁ、話を聞けアン……じゃなかった、桐子」

「聞くだけでよければ」

「あの娘達が作った黒揚羽という機体……あれはとても良い機体だ」

「今夜の夕食は無しにしましょう」

「待て待て待て待てぇい!」


 身を翻して去ろうとする桐子に、追い縋るよう都古は足を掴んだ。ただでさえ、昼はチョコバーしか食べてないのに、夕食まで抜かれてしまった日には干からびてしまう。砂漠やジャングルでのミッション中でもあるまいし、都市のど真ん中で飢えに喘ぐのはゴメンだ。


「いやいや、お前は見てないからそう冷たい態度を取るがな、アレは本当に良い機体だぞ。近頃のコスト重視の削られた量産機に比べ、やりたい事を存分に詰め込んだ、ギア黎明期を思わせる素っ頓狂なコンセプトがな……」

「素っ頓狂なのは頭の中よ」


 ズルズルと都古を引き摺りながら、桐子は廊下を歩く足を止めない。


「ギア乗りはいつもそう。大局を見ないで意地やプライドばかりを優先する……貴方の性格にハンナが影響を受けた所為で、私がどれだけ苦労したかなんてジョーカー、貴方にはわからないんでしょうね」

「ハンナが馬鹿なのは昔からだろう」

「その馬鹿に拍車をかけたのは、絶対に貴方の影響よ」


 今頃、何処かの戦場でハンナがライフルを構えながら、くしゃみをしているかもしれない。

 そのまま都古を引き摺り、廊下を半分まで来た辺りで桐子は足を止めると、諦めたかのよう肩を上下させため息を吐き出した。


「……まぁ、やってしまったモノは仕方が無いわ」


 大きく足を前後さえ、都古が掴んだ手を振り解く。


「好意的に考えるなら、躑躅森の一人娘と個人的なコネクションを築けたのは、僥倖と言えるでしょうね」

「なら何で俺は正座させられたんだよ」

「好意的に解釈して、よ」


 隙を見て反論を試みるが、怜悧な視線が突き刺さる。


「任務に支障が出ない範囲内での部活動なら、バックアップとして認めましょう。くれぐれも、交流を持つという意味を履き違えないように。一般人に手を出したら即、身柄を更迭します」

「……そういうのは自由恋愛の内じゃないのか」

「軍法会議にかけられてもいいなら、自由に恋愛でも何でもすればいいわ」


 軽い冗談ですら冗談で流して貰えなかった。


「わかった。俺に落ち度があったのは十分に理解した、謝る」

「わかればよろしい。以後、気を付けるように」

「ああ、善処する。だが、そいつはお前さんも同じじゃないのか?」


 都古の声色が真剣なモノへと変わり、桐子の肩がピクッと反応を示した。


「お前に色々と聞きたい事がある。モニタリングしてたんなら、まさか情報の不備って事で終わりにはしないだろうな?」

「……勿論、わかっているわ」


 頷いてから桐子は再び、リビングの方へ向かって廊下を歩き始めた。


「詳しい話は食事をしながらよ。用意は出来ているから、冷めない内に食べてちょうだい」


 そう言って振り向きもせず、さっさと居間へと入って行ってしまった。

 廊下に寝そべる形で取り残された都古は、鼻から息を抜いた後、「……相変わらず、何を考えてるのかわからん娘だ」と、思春期の娘を持つ父親の心境になりながら、立ち上がってからまず荷物を置く為、自室へと向かった。


 スポーツバックを部屋に置いて制服を着替えてから、リビングの方へ向かうと、桐子は流石の手際の良さで、テーブルの上に夕食の準備が整っていた。裏返しに置かれた茶碗と取り皿、真ん中には火の点いたコンロがあって、その上にはガラス蓋がされた鉄製の鍋がぐつぐつと煮えている。

 食欲をそそる甘みのある香りに、都古はゴクッと唾を飲み下す。


「今夜はすき焼きか、こいつは豪勢だな」


 唇を舌で舐め上げながら食卓に着くと、台所の方から追加用の肉や野菜を乗せた大皿を持ち、桐子が対面へと腰を下ろす。


「ご飯の量は?」

「大盛りで頼む。食える時に食っておくのが兵士の嗜みだからな」

「前時代的ね」


 言いながらも確りと茶碗にご飯を大盛りによそってから、丁寧に布きんで周りを拭いて都古へと返してくれた。


「それじゃ、いただきます」

「はい、いただきます」


 食べる準備が整ったところで、二人は同時に手を合わせて声を揃えると、桐子がガラス蓋を鍋から外す。むわっと、溜まっていた湯気が立ち昇り、ささやかだった割り下の香りがより濃厚にリビングの中に充満する。ぐつぐつと煮える音が耳に心地よく、期待を膨らませる都古を制しつつ、桐子が取り皿に肉や野菜を均等に取り分けてくれる。

 その間、都古はもう一つの器に生卵を割り、泡立つくらいにまでかき混ぜた。


「どれどれ、すき焼きなんて久しぶりだな。最後に食べたのは、何処の国の日本料理店だったか……」


 過去の記憶に思いを馳せながら、寄り分けて貰った取り皿から牛肉を掴み、まずは何もつけずにそのまま大きく開いた口の中へ放り込む。噛んだ瞬間、柔らかい肉から溢れる脂とタレの旨味と甘味が、口全体に広がった。


「――美味い!」


 思わずそう声を発してしまうくらい、絶妙な味わいを演出していた。

 具材はすき焼きとしては定番な、牛肉、春菊、長ネギ、白滝、豆腐、椎茸と別段、普通の材料が取り揃えられていて、特別ななにかがあるわけでは無いが、深いコクがあって甘い割り下が材料によく染み込んでおり、一緒に食べる白米との相性は抜群だ。

 溶いた生卵を付けて食べれば、深みを増して味の変かも楽しめる。


「うむ、悪く無い。最初はどうかと思ったが、生卵も中々にイケるじゃないか」


 丁寧に咀嚼して味わいながら、都古は正面で物静かに食事をする桐子を見た。


「知ってるか? すき焼きの時に生卵を使う理由はな、熱い肉を食べ易いよう冷ます為なんだぞ」

「ああ、それは所説あるらしいわよ」

「そうなのか? まぁ、美味ければなんでもいいだろう」

「……単純馬鹿」


 冷たい言葉も熱いすき焼きの前では何のその。米と肉、時折、野菜を挟みながら都古はもりもりと食べ進め、鍋から立ち昇る熱気もあって、額には薄らと汗が滲み始める。

 このまま無言で食べ進めたいが、都古には気になる事があった。


「そういえば、躑躅森揚羽は何者だ? 事前リサーチの資料には、躑躅森なんて名前は表記されて無かったぞ」


 質問事項は幾つかあるが、まずは当面の目標である躑躅森に関して問い掛けた。

 それに対して桐子は、背筋を伸ばした綺麗な座り姿で返答する。


「躑躅森揚羽は現在、近衛教導学園に休学届を出しているわ。無期限、という事もあり出会う事は無いかとリストから外していたの」

「つまり、想定外の事だったってわけか」

「そうね。貴方の女癖の悪さを計算に入れなかった、私のミスよ。謝罪するわ」

「……絶対に謝る気、無いだろう、お前」


 女癖は悪く無い……まだ。と、心情での呟きもちょっと自信なさげだった。

 食事の途中ではあるが、続いての質問に答えるには少々長めの話になるのか、箸を一旦置くと桐子は熱いお茶をズズッと啜る。


「躑躅森というは日本の名家中の名家。近衛教導学園の中でも上から数えて五本の指に入るほど、国内に対する影響力が強い財閥よ」

「そんなにか? だが、躑躅森なんて財閥、聞いた事が無いぞ?」

「躑躅森の歴史は古いわ、真偽はともかくとして年代が三桁の頃まで遡れるそうよ。故に分家が多く、一族を構成する企業、政治団体、宗教法人等は全て躑躅森以外の名で運営されているの。一族の中で躑躅森を名乗れるのは、本流と呼ばれる直系の家系のみ。ここ数年は先代当主の意向によって、本家筋の人間は表に出ず裏方に徹しているわ。貴方の耳に届かなかったのは、その辺りが原因なのでしょう」

「あの娘、そんな凄い家の跡取り娘だったのか……」


 かなりのじゃじゃ馬娘という印象が強かった都古にしてみれば、お嬢様だというのは予感していたが、そこまでの大物であったのは予想外。逆に考えるなら、アレだけの無茶をやれる度量と器を鑑みれば、確かに大物である事は間違いないかもしれない。


「う~む。そう考えると、俺の対応はかなり不味かったような気がするなぁ」


 名前を呼び捨てにしたり、初対面で説教をかましたりしていたのを思い返し、都古は思わず唸ってしまった。相手の立場によってへりくだるような真似はしないが、任務に直結するのなら、もう少し彼女を敬った方がいいのかもしれない。

 そう考えていると、桐子が見透かしたような視線を此方に送った。


「無駄よ、止めておきなさい」


 と、一言。


「な、何が無駄なんだ?」

「どうせ貴方の事だから、もっと紳士的な態度で接した方がいいんじゃ、とか無駄な事を考えているのでしょう」

「それの何処がいけない。真っ当な対処方法だろう」

「躑躅森揚羽は変わり者よ。立場を考えるなら、学園内でも対等に会話が出来る人間は一握りでしょうね。今更、貴方にへりくだされたところで、その評価はオンリーワンからその他大勢に格下げされるだけよ」

「そういうモンかねぇ」


 上流階級の考えは、貧乏暇なしな生活を送ってきた都古に、理解するのは難しかった。

 腹を空かせた男子が一人いれば、鍋一杯のすき焼きもあっという間に残り僅か。茶碗の大盛りご飯も米の一粒まで食べ尽され、シメとして残ったすき焼きの汁にうどんと溶き卵を投入したところで、話はもう一つの疑問へと推移する。


「気になる事と言えば、アレだ……あ~、何と言ったかな。ドロシーシステム」

「アリスシステムよ。わかり辛い冗談は止めてちょうだい、ボケたかと心配になってしまうわ」

「そんな耄碌するかっ。とにかく、そのアリスシステムだ。いつからギアに、そんな胡散臭いシステムが搭載されるようになった?」


 演習場での一件から、試験教官や揚羽が頻りに口にしていたアリスシステムという単語。少なくとも都古がジョーカーとして活躍していた、十五年前には影も形も無かったシステムだが、彼らの口振りを聞く限り、今の時代では常識として浸透しているのだろう。となると、素性を怪しまれるわけにはいかないので、あの場で問い掛けるような真似はしなかったが、桐子にならその疑問は十分にぶつけられる。

 実感としてアリスシステムを感じ取れたのは試験中、ガトリング砲を受け止めた、あの不可視のシールドの存在だ。


「ありゃ、いったい何なんだ? 初体験の俺でも体感で理解出来た、あのシールドは新型の兵装とか、そんな類のレベルじゃない。明らかに俺の知識とは外れた、未知の技術からくる存在だ」


 機体では無く、まるで自らがシールドを張ったかのように錯覚する奇妙な感覚。

 あえてファンタジックに説明するなら、『魔法を使った』とでも表現するのが、感覚としては一番、しっくりくるだろう。

 この質問も事前に予測済みの桐子は、煮えたうどんを自分と都古の分を取り分けながら、変わらず淡々とした口調で答える。


「アリスシステム。現行機のタクティカルギア、いわゆる第五世代と呼ばれる機体、その一部に搭載されたオペレーティングシステムよ。俗に第五世代後期型と呼ばれているわ」


 渡されたうどんを、都古は大口を開きズルズルと音を立てて啜りながら、真剣に耳を傾ける。


「そいつは具体的に、どういったシステムなんだ?」

「わからないわ」


 ぶふっ! と、思わずうどんを吹きかけた。


「ケホ、ゲホッ!? お、お前なぁ……絶妙なタイミングで外しやがるな」

「冗談を言ったつもりは無いわ、事実よ」


 ちゅるんと、音を立てずにうどんを啜る。


「アリスシステムの中枢となるハードウェアは、完全なブラックボックスになっているの。複製やコピーは勿論、不可能だし、特定の技術者で無ければ搭載する事すら難しいの」

「そんな兵器が役に立つのか?」

「事実、アリスシステムを搭載した機体を実戦投入した作戦では、大きな戦果を挙げているわ。それまで冷ややかだった東欧財閥が色気を出す程にね。けれど、アリスシステムの技術はアジアを中心にロシア、ステイツの一部にのみ流通されているの。その意味でいえばヨーロッパは一歩も二歩も遅れているわ。三大ギアメーカーも外部からの技術者を受け入れる事で、ようやくアリスシステム搭載型に着手できるようになったの」


 確かにと、うどんを咀嚼しながら都古は納得する。

 特別な武装を必要とせず、あのシールドを自由に展開できるのなら、戦場ではかなりのアドバンテージを得る事が出来るだろう。ただ、それだけのシステムなら価値は低いだろうが桐子の口振り、そして都古の体感から予測してまだまだアリスシステムには、色々と隠された裏が潜んでいる気がした。


「現状、段階的ではあるけれど、アリスシステムを前提とした兵器も、次々とロールアウトしているという情報もあるわ。後数年もしない内に、戦場はもう一つ上の、新たなステージへ進化するでしょうね」

「やれやれ。今ですらロートルなのに、それに拍車がかかりそうだ」


 口調ではうんざりしながらも、内心の期待を表情に隠し切れずにいた。

 面白い。得体の知れないシステムなら願い下げだが、正式採用されるような物ならどんなモノか俄然興味が湧いて来た。


「喜ばないでくれるかしら。いやらしい」

「意味がわからん。何でそんな反応になる」

「アリスシステムの搭載機は一部と言ったでしょう。その理由はわかるかしら?」


 問われて都古は少し考える。


「シェアの独占か?」

「いいえ、違うわ。単純に乗り手が限られているのよ」


 予想外の一言に都古は眉根を潜めた。

 それはおかしな話だ。タクティカルギアが開発されて、もう何十年も時が立っているし、その間にギアの操縦者を育成する機関も沢山作られている。大戦が終了した直後ならともかく、現代で乗り手が少ないとかあり得る話なのだろうか。


「簡単な答えよ」


 問うまでも無く、疑問を察して桐子は答える。

「アリスシステムは現状、最低限の動作を除き女性にしか、その真価を発揮できないの」

「……は?」


 これまた予想外の答えだった。


「おいおい、そんな冗談を……まさか、なぁ。本当か?」

「本当よ。事実、嘘偽りの無い真実よ」

「俺は起動出来たぞ!」

「そう。最大の問題点はそこよ」


 声を上げる都古を制するよう、桐子は箸の先端を素早く向けた。


「アリスシステム機動の要因は恐らく貴方の身体。つまり、トリスメギストスが調整したホムンクルス体がキーとなった可能性が高い。それはトリスメギストスが、アリスシステムのブラックボックスを一部、解明した証拠でもあるわ」

「俺の身体が? それってまさか、オールドマスター計画には、アリスシステムの起動も含まれてるってことか?」

「アリスシステムの適合者を一から育てて、戦場に出揃うまではまだ時間を要するわ。けれど、オールドマスターならその手順を省略できる。育成の苦労なく、第一級で戦えるギア操者が誕生するの」


 これには流石の都古も、うどんを啜る手を止める。

 意外なところで、意外なモノが繋がった。体感としてアリスシステムには、未知なる可能性を確かに感じ取る事が出来た。それが具体的にどういったモノなのか、技術的な面では想像すら及ばないが、アリスシステムとオールドマスター計画、この二つが結びついた時、世界は五度目の大火に焼き尽くされるのかもしれない。


「アリスシステムには不明領域が多いわ。ヴァンガード社の力を持ってしても、それらの一端を覗き見るのが精一杯……だから、貴方には先入観無く、ナチュラルな視点からシステムを体感して欲しかったの」

「そんな事に、意味があるのか?」

「わからない。けれど、アリスシステムは世界中の、ありとあらゆる検査機関がお手上げ状態で、解析不可能の結論、事実的な技術面での敗北を宣言している状態なの。ならばもっと別口の……思い切った方向でのアプローチが必要だと、私は判断したの」

「それがギア乗り直感ってわけか。そりゃちょっと、オカルトに頼り過ぎだろ」

「現代の錬金術師を名乗るトリスメギストスが、そのオカルティックな側面から、アリスシステムの一部を汲み上げているわ」


 都古は言葉を失う。今日は一日、驚きっ放しだ。


「……連中は動くと思うか?」

「少なくとも、クルーガー大佐は動くとお考えでしょうね。現段階でもいつ、トリスメギストスが行動を起こしても対処できるよう、準備を怠っていないわ。それに近日中に貴方の『アレ』も運び込まれる手筈になっているわ」

「本当かっ!?」


 思わず歓喜の声と共に、都古は椅子から腰を浮かせた。


「色々と改修されている部分もあるから、納品されたら試運転の必要はあるでしょうね。二、三日中を予定しているから、頃合いを見計らって場所を用意するつもりよ。貴方もその予定でいてちょうだい」

「目覚めてからずっと焦らされ続けたんだ。待ち遠しいが二、三日くらいどうって事ないさ」

「……その割には、新しい子にご執心だったけれど。浮気者」


 痛いところを突かれ、都古はグッと言葉を詰まらせた。


「まぁ、いいわ。とにかく今は、学園での生活に慣れる事に専念して。アリスシステムの適正が確認された以上、貴方はいよいよ、注目の的よ」


 そういえば、その事もあった。

 まだ結果待ちの段階ではあるが、揚羽の話ではほぼ確定事項で、都古は機甲科の中でもアリスシステムに、高い適合率を持つ人間しか所属出来ない、上級クラスに振り分けられるそうだ。


 通称、トップラン。

 最前線を意味するクラスは、桐子の言葉を信じるなら都古以外は、全員女子生徒なのだろう。やれやれ、気苦労が耐えなそうでうんざりする。と、口では辟易とした態度を取っているモノの、口元には隠し切れないニヤケが、ひくひくと反応を示していた。

 雪村桐子はそれを冷ややかな目で見つめてから、無言で薬味として用意しておいた一味唐辛子の蓋を外し、全力でまだうどんが残っている取り皿に、全力で振りかけた。




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