第12話 怠惰で生意気な大天使




 躑躅森揚羽に連れてこられたのは、学園の敷地内にある建物の一つだった。

 学園の建物と呼ぶには違和感がありまくるそれは、単刀直入に言ってしまえばガレージ付きのガソリンスタンド。確かにシャッターの降りたガレージは、タクティカルギアを十分に格納できる大きさがある。給油設備は使った形跡が感じられないほど真新しいが、ガレージの隣にあるコンビニは開いているらしく、ガラス越しに棚の商品を整理する店員の姿が確認出来た。


「コンビニでお菓子でも買ってくのか? 口寂しいから飴が欲しかったところだ」

「口寂しいって喫煙者じゃあるまいし……下手な冗談言って無いで行くわよ、目的地はあのコンビニなんだから」

「別に冗談ってわけじゃないんだがな……」


 後頭部を掻きつつ、急かされるよう肘で突かれた都古は、先を歩く都古の背中に続いてコンビニへと入店する。

 手動のガラス戸を押し開くと、来客を告げるチャイムが鳴る。


「いらっしゃいませ~」


 気の抜けるような少女の声で出迎えられる。

 賞味期限切れの食品を選別しているのか、おにぎりや弁当を仕分けるボーダーの制服を着た、白に近くなるほど脱色した金髪で、目の下には隈が浮いた不健康そうな痩せ気味の女の子が、淡々とコンビニの業務に勤しんでいた。


「お疲れさま、カイーダ。奥の部屋、失礼させて貰うわよ」

「はいよ~」


 気の無い返事を受け、二人はカウンターの横を抜けコンビニの事務所に入る。

 通り過ぎる際、都古はチラッと横目でカイーダと呼ばれた女性店員(多分、学生だろう)を確認するが、彼女は特に此方を気に留める事無く、黙々と作業に従事していた。


 扉を潜った先は狭いコンビニの事務所。

 節電の為か電灯は落とされており、真ん中には大きなテーブルが一つと、端っこにパイプ椅子が畳んで纏めてある。部屋の片隅には事務作業などで使用するパソコンが、スタンバイモードで置かれている他には、横のラックにファイル分けされた書類の束が並んでいるくらいだ。直ぐ右手のあるカーテンで仕切られた小部屋は、着替え用の簡易的なロッカールームらしい。


「……これから、アルバイトの面接でも始まりそうだな」

「残念だけど、ここは人手が足りてるのよね。カイーダが優秀だから……奥に扉があるから、そこから地下に降りるわよ」


 揚羽が言う通り、事務所の奥には扉があって、開くと地下に続く階段が現れる。グルっと回るよう階段を降りると、直ぐに突き当たってまた扉が現れた。

 立ち止まった揚羽は、扉を数回ノックする。


「エル。入るわよ」


 返事を待たず開くと、むわっとした熱気が部屋から階段の方へ流れてきた。

 扉の先に続いていたのはワンルームの、生活感溢れた住処としての部屋だ。

 ただ、人が暮らすにしては酷く雑多。率直に言ってしまえば散らかし放題で、部屋のあちらこちらに大小様々なサイズの書籍や、通販ショップの段ボールが積み重なっている。食べ掛けの食料や、弁当の空き箱などは流石に転がって無かったが、掃除はしてないらしく埃っぽく淀んだ空気に、都古は思わず咳き込んでしまう。


「これはまた、凄い部屋だな」


 率直な感想を告げると、揚羽は大きく肩を上下させてため息を漏らす。


「先週、片付けたばっかりなのにまた散らかして……まぁ、それは今はいいわ。ほら、都古君、上がって」

「……上がってったてってなぁ」


 脱ぎ捨てられた衣服の所為で床が見えず、上がり込むのも躊躇われた。

 揚羽も遠慮なく踏みつけているし、仮に何かを踏み潰して壊したとしても、それは自分の責任では無いだろう。そう割り切って都古は、ちゃんと日本の流儀に則って靴を脱ぎ、「お邪魔する」と断りを入れてから部屋へと上がった。


 ワンルームだがそこそこの広さがある室内は、前述した通りに散らかり放題。液晶の大きなテレビや本棚、クローゼットと必要な物は一通り揃っている。部屋に満ちた妙な熱気は、エアコンが暖房でフル回転しているから。部屋の真ん中にはコタツが陣取っており、上には食べ掛けのお菓子やジュース、ノートパソコンが散らばっていた。


 そして部屋の主はコタツに潜り込むよう眠っている。

 小豆色のジャージを着た薄い桃色の、少し癖のある髪の毛をボサボサにして、熱くて寝苦しいのか、苦悶の表情を浮かべながら寝返りを打っていた。

 その姿に揚羽は呆れた顔をしながら、直ぐ側に腰を下ろして肩を揺らす。


「ほら、エル。起きなさい、コタツで寝てると風邪ひくわよ。アンタただでさせ引き籠りで身体が弱いんだから」


 身体を揺さぶると、エルと呼ばれた少女は苦し気な表情でか細く呟く。


「う、う~ん……つらぁい」

「辛い? 辛いってエル、具合が悪いの? 苦しいなら、救急車呼ぼうか?」

「限定ガチャに溜めた石全部ブッ込んだのに、全部すり抜けでつらぁい」


 そう言ってエルが指さした先には、壁際に落ちているスマホがあった。壁が少しへこんでいるのは、恐らく癇癪を起こして投げつけたからだろう。

 揚羽の額に青筋が浮かぶと、首筋を掴んでエルをコタツから引っ張りだした。


「な~に学校行かずに遊んでるのよ、この引き籠りニート!」

「ニートじゃない。ちゃんと、やるべき事はやっている」


 引っ張り出されても抵抗するわけでも無く、エルは気怠い口調でだらっと手足を脱力したまま、揚羽に引き摺られソファーへと腰を下ろす。大きく欠伸をしてから、手の甲でぐりぐりと自分の目元を拭うと、ようやく入り口の近くで立ち尽くす都古の姿に気が付いた。


「ど、どうも」


 充血した目とカイーダと同じく、いやそれ以上に酷い隈の浮いた目元で、此方をじっとりと見つめてから。


「おい、男がいるぞ」

「そうね。私が連れてきたんだから」

「まさかお前、わたしの部屋をラブホ代わりに使う気か? やめろ。ベッドが生臭くなって、わたしが寝れなくなったらどうするつもりだ」

「アンタ滅多にベッドで寝ないでしょ。そんな事しないわよ、アホな事を言うな」


 ストレートな下ネタにも照れる事なく、揚羽は慣れた調子で言い返す。


「……からかいがいの無い女だ」


 それが不満だったエルは、チッと舌打ちを鳴らし置きっぱなしの、炭酸飲料が入った缶で渇いた喉を潤す。温い上に炭酸が抜けていて味が微妙だったのか、途中で戸惑ったような表情を見せてが、そのまま一気に飲み干した。


「それで、このショタはお前の愛人じゃなければ、何処のどいつなんだ?」

「私達が探してた操者、その第一候補よ。名前は雪村都古君」

「操者ぁ?」


 エルは思いっ切り顔を歪めると、疑わしげなジト目を都古に向けた。


「おいおい、冗談は止せ。何処からどうみても、ただの子供じゃないか」


 率直過ぎて、お前に言われたくないと怒鳴る気にもなれない。


「父親に縁談を組まれて、遂に観念したのか? 言い出しっぺがいち抜けするんなら、わたしは祝儀を出さないぞ。披露宴の料理だけ食って帰る」

「ふざけんな、縁談なんてとっくに断ったわよ」

「だったら何の気の迷いだ。お前のショタ趣味につき合うつもりは無いぞ」

「……ま、アンタだったらそういう反応するって、わかってたわよ」


 嘆息しながら揚羽はポケットから、メモリースティックを取り出し、それをエルの方へと差し出した。


「論より証拠。これに都古君の適正試験の結果が記録されてるわ。ついさっき測定されたばかりの最新情報よ」

「……寄越せ」


 訝しげな顔をしながら、差し出されたメモリースティックを奪い取る。

 ソファーから滑り降りてコタツに両足を突っ込むと、テーブルの上に置いてあるノートパソコンを自分の方へ寄せて、モニターを開くと再起動をかけた。


「揚羽はいちいち言う事が、大袈裟なんだ。これで大した内容じゃなければ、今月のガチャ代は全部お前らに払わせるからな」

(……ガチャって何の事だ?)


 勝手な事を口走りながら、エルはパスワードを打ち込んでから、メモリースティックをぶっ刺した。横に置いてある黒縁の眼鏡をかけてから、気怠げな動作でマウスを操作していると、エルの顔付きが見る間に強張っていく。


「なんじゃこりゃ」


 信じられない。雄弁にそう告げるよう、エルは両目を見開いた。

 一通り展開したファイルを確認してから、モニターを閉じるとエルは眼鏡を外して、改めて都古に対してじっとりとした視線を向ける。


「お前……雪村って言ったな。本当に人間か? 改造人間の類なんじゃないのか」

「初対面に人間に、随分とぶしつけな事を言うもんだな」

「そりゃ言いたくもなる。アリスシステムとの適合率がS+だって? 正直、機材トラブルを疑った方がマシだ。その他、測定されたギアの適正数値は軒並みS判定。事前の身体検査で薬物反応も無ければ、肉体を義体化した記録も無い……まぁ、その他の部分は機甲科の特別編入枠だから、で納得出来なくも無いが、適合率に関しては異常だ。本当にイカサマしてないんだろうな?」


 疑い深いエルの追及に、都古は困ったよう後頭部を掻いた。


「俺は逃げも隠れもするし嘘もつくが、ギアの操縦に関しては誠実なつもりだ」

「むむっ。妙に堂々としているな……嘘では無いっぽいが、それでもこの測定結果はおかしいだろう。軍のトップエースだって、同じ数値を叩き出せるかわからないぞ。こいつ、学園に通う意味があるのか?」

「少なくても、私にはあったわね」


 半信半疑なのは拭えないが、実際に数値としての証拠を提示されている以上、大っぴらな否定が出来ない様子。揚羽を疑っているわけでは無いのだろうが、それでも群を抜きすぎる数値に、エルは難しい表情をして唸るばかり。

 そんなエルの反応に都古は、もう少し試験で手を抜けばよかったと、ギアの操縦関係には誠実過ぎる(良い言い方をすれば)、自分の大人気なさに今日だけで何度目になるかの反省をする。

 一方で実際に演習場での戦いを目撃した揚羽は、得意げにエルへ詰め寄る。


「どうよ、エル。都古君がチーム・アゲハの専属操縦者になる事に問題無いでしょ?」

「む、むむむ。確かに数値だけで言えば申し分無いが……でもなぁ」

「反論出来ないんなら賛成とみなすわよ。数値だけでも、都古君以上の操縦者は学園を探してもいないんだから」

「まぁ、むぅ、そうだけど……むぎゅ」


 納得はし切れないが反対と声高に叫ぶほどでも無い。

 微妙な心情の揺れに惑っているエルの両脇に手を差し込み、小柄なエルを持ち上げて都古の方へ正面を向けた。


「ほらほら、結果は一緒なんだから悩んだって無駄よ。それより自己紹介。アンタ、まだ都古君に名乗ってないでしょ」

「ええい、わかった! わかったから人をペットのように持ち上げるな!」


 ジタバタと手足を振り乱し、床に下ろして貰うと、エルはこほんと咳払いをしてから、ジト目で都古を軽く見上げた。


「……鈴木大天使。だいてんしと書いてミカエルと呼ぶ」

「鈴木さんか」

「よせ、止めろ。わたしを鈴木と呼ぶな」

「なら大天使」

「なんでわざわざ正しい呼び方をする。ミカエルとも呼ぶな、わたしを呼ぶ時はエルとだけ呼べ。もしも間違った呼び方をしたら、全身の脂を搾り出して機械の潤滑油にしてやるからな」


 目と口を三角形にして威嚇してから、鈴木大天使ことミカエルは寝ていて鈍っていた身体を、大きく伸びをして解すと、スタスタとした足取りで出入り口の方へ向かう。


「理解したならいい。それじゃ、さっさと行くぞ」

「行くって、何処に行くつもりだ。上のコンビニか?」

「そんなわけ無いだろ」


 エルは玄関に揃えてあるサンダルに履き替えながら、相変わらずじとっとした目で都古達の方を振り返った。


「どーせお前も、揚羽に無理矢理連れてこられたくちだろ? だったらせめて、最初に見せてやるよ。わたし達が目指してる頂点ってヤツをな」


 そう言ってから、エルはさっさと扉を開けて先に行ってしまう。

 突然の事に少し戸惑っていると、後ろから揚羽に肩をポンと叩かれた。


「どうやら、気に入られたみたいね」

「気に入られてるのか? というか、気に入られるようなやり取りは、一切してないと思うんだが」

「エルはメカニックだけあって基本、数値で物事を見るから。人間の容姿や性格の良し悪しより、能力的に優秀かどうかがあの娘の基準なのよ。良かったじゃない、下手すれば口すら聞いて貰えず、不法侵入で警備員に通報されていたわ」

「……勝手にそんなリスクを人に背負わせるなよ」


 呆れながら、何だか面倒そうな事に巻き込まれ始めたと、都古は早くも後悔していた。しかし、付いて来いと言われた以上は、無視する事も出来ない。仕方なしにエルの後を追って、再び降りてきた階段を今度は逆に昇っていく。

 階段を昇ってそのままコンビニの方へ出るのでは無く、行きは薄暗くて気が付かなかったが、手前にもう一つ扉が存在していて、前で待っていたエルは二人が追い付いたのを確認してから、持参しているカードキーで電子ロックを外す。


 エルの丸まった背中に続き、都古達も扉の先へ進む。

 位置的に考えてこの先は、コンビニの横にある巨大なガレージだ。シャッターが降りていたので、中の様子を外から伺う事は出来なかったが、大きさと彼女達の会話を思い出せばそこに何があるのか、自ずと答えは導き出された。


「……これは」


 薄明りだけが灯された広いガレージ内で、それを見上げた都古は感嘆を漏らす。

 ハンガーに引っ掻けるよう設置された、黒い装甲のタクティカルギア。標準的なギアより一回り小さくはあるが、全体的に丸みを帯びたフォルムは厚みがあり、歴史書で読んだ武士の甲冑を何処となく連想させた。特に額部分の装飾、三又に分かれたアンテナが勇ましさを助長し、後頭部の辺りからは赤黒い髪の毛のような物まで伸びている。

 都古の知識には無い、全く新しいタイプのギアがガレージに鎮座していた。


「オリジナルの規格で設計されたギア……本当に作っていたのか」


 驚き、都古は食い入るようにギアを見上げた。正直、舐めていた部分が大きい。学生が企画、設計したギアなどたかが知れている、実戦に耐えうるモノでは無いと、若い肉体に移り変わっても老齢した思考が、勝手にそうだと決めつけていた。考えてみれば、何時だってそうだ。何時だって時代を先に進めるのは、若者達の発想と行動力である事を、都古は今更ながら痛感させられた。


「どう、都古君。見た? 驚いた? これが私の……私達の夢の結晶よ」


 都古の前へ、ちょうどギアとの間に立つよう、満面のどや顔を見せる揚羽と気怠げな、けれど何処か誇らしげな表情のエルらが割り込む。


「新世代型タクティカルギア『黒揚羽』、歴史にその名を深く刻む予定の一機よ……そしてもう一つ。名前と共に最強という花を添えたいのだけれど、それには大切なファクターが抜け落ちているの……」


 言いながら揚羽は、都古に向かって右手を伸ばす。


「都古君、私は君の操縦者としての才能が欲しい。これは、歴史を動かす記念すべき瞬間よ」

 大仰だ。大袈裟すぎる。と、都古は内心で苦笑した。

 恐らく躑躅森はギアを単独で生産できるほどの資金力と、コネクションを有しているのだろう。そうで無ければ、いくら才能に恵まれていようが、小娘二人でこれだけ完成度の高いギアを作り出せるわけが無い。桐子の判断は正しかった。彼女に取り入り味方に出来れば、自分達の目的に大きなアドバンテージになるだろう。

 結果論だけ求めるならそうだ。


 しかし、この瞬間。黒揚羽と名称されるギアを見上げ、愚直なまでに真っ直ぐな瞳を揚羽から向けられた雪村都古は、任務の事など頭から忘却して、まるで新しい玩具を与えられた子供のように、ワクワクと胸を高鳴らしていた。


――あのギアを操縦してみたい。


 久しく忘れていた青く燃えるような感情が胸を焦がし、気が付けば都古は何の打算も無く衝動が赴くまま、差し出された柔らかな揚羽の手を、硬く、そして力強く握り締めていた。


「よろしく頼む。いや、お願いします」

「……ええ! こちらこそ!」


 新兵のような心境で見つめると、揚羽は安堵したかのよう頬を綻ばせた。


「あ、言っとくけど、最終調整がまだだから後二、三週間は動かせないからな」


 盛り上がりに盛り上がった感情は、微妙に不完全燃焼のまま、エルの一言により出鼻を挫かれる結果となった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る