第1章-13 満点の星空

肌を刺すような寒さ

真っ暗なゲレンデを二人で歩く


私達は手を繋いだこともなかった



たった1度、1回生のシーズン

飛び出した私を心配して走ってきてくれた時に、抱きしめられた。それだけ




「さっみぃーなぁ」


スタスタと先を歩くカズが急に止まった


「んっ、危ないだろ、ほら」



振り向くことなく差し出された手


私は嬉しくて…口元が緩むのを右手の甲で隠しながら左手でしっかりカズの手を握った



静かなゲレンデにsnow shoesと雪が擦れるキュッキュッという音だけが響いてる


その音が"ノン頑張れノン頑張れ”と言ってくれてるように聞こえて、私は思いきって話を切り出した




「カズ……いきなりなんだけどね、カズは…ね、私のことどう思ってるの?」



勇気を振り絞って聞いたものの、返事を聞くのが怖くて慌てて繋いでいた手をほどき、くるりと背を向けた


すると、後ろからカズが近付いてきたと思うと一瞬で彼の腕に包まれた


私は向きを変えようとしたが、彼の腕に力が入った




「ノン…このまま聞いて」



カズの唇が私の耳に少し触れ、低く響く声にドキドキした



「…………ごめんな。ノンからこんなこと言わせて。


1回生の冬、お前とここで一緒になって、

最初はさぁ、ちっちゃい体で何でそんなに頑張んだろ、大丈夫かぁ?って思ってた


それが、気がつくと、俺はいっつもノンを見てた


ノンがリュウと付き合い始めた時、リュウなら幸せにしてくれると思ったよ

でも、俺はノンを支える自信がなくて、逃げてただけだったのかもしれない」



カズは少し間をあけて、更に低い声で言った






「ノン……


俺、ロスに行くことになった」



「ロ…ス?」



「…うん。


ノンがリュウと別れた時、俺はすぐに抱きしめたかった。

でも、内定もらった時に、海外での話があって。俺あっちでやってみたくて」



私は後ろから抱きしめられてるカズの腕を無理矢理払いのけ、真っ正面から彼の腕を掴んで顔を見上げた



「やっと、やっと、カズと向き合えると思ったのにそんなの嫌、嫌だよ」



首を横に振りその場にしゃがみこんだ


カズは私を優しく抱えるようにゆっくり立たせ、涙を拭いながら話を続けた




「ノンのこと……大切なんだ

他の誰よりも…。

このまま、ノンの側にいれないのなら、ノンには触れないでおこうと思ってたんだ。

だから、手を繋ぐことさえしなかった


ダメだよなぁ。最後の最後に我慢出来なくなった。


わかってくれ、俺も悩んだんだ

ノンと離れるのは辛いんだよ」





静かな雪の夜

ピーンと張り詰めた冷たい空気


ゲレンデにひっそりと立つ大きな木の下で

やっと飛び込めた彼の腕の中で泣き続けた





そして、

私はカズに最初で最後のお願いをした



「カズ、お願いがある

……私を抱いてほしい」



「ノン、お前、何言ってるかわかってんのか?俺はこの先ノンの側にはいてやれないんだ」



「わかってる。それでも、いい。

カズを……ちゃんと覚えておきたいの」




彼はしばらく考えて、私の肩に両手を置いて言った




「本当にいいんだな」



コクリと頷いた




カズは涙で濡れた頬に何度も口づけ、唇に深いキスをした



今まで思いがたっくさんこもった、長い長いキス


溶けてしまいそうだった




このまま、二人で満点の星空に飛んでいけたらいいのに……と思ってた


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