第23話、新たなる序奏へ

「 駐車場に、お客さんの車が入って来たよ! 奥の方から駐車するように、誘導してね! 」

 沢井が、駐車場係りに、携帯で指示を出す。

 会場30分前。

 5・6人のお客が、受付に姿を現わした。 部員の父兄たちのようだ。

「 開場は、6時半からとなっております。 今しばらく、お待ち下さい 」

 受付の小山が、笑顔で応対する。

「 あら、亜季ちゃん、お久し振り! まあ、すっかり大人びた感じになっちゃって・・! ウチの子と、エライ違いねえ 」

「 あ、優子のお母様。 お久し振りです。 今日は、有難うございますぅ~! 」

「 演奏会だって言うから、来てみたけど・・ あの子、ちゃんとやってる? 何か、家では、段ボールや古新聞の束を叩いて練習してたみたいだけど、心配だわあ~ 」

「 優子、今日は2部で、プロの人たちとセッションするんですよ! 」

「 それよ、それ・・! 大丈夫かしら。 足手まといにならなきゃ、いいんだけど・・ 」

 別の中年女性が、会話に入って来た。

「 坂本さん、今晩は。 星川です 」

「 あら、どうもぉ~ いつも保護者会、ご苦労様です。 美里ちゃん、今度、部長ですって? しっかりしてらっしゃるから、安心だわぁ~ 」

「 そんな事ないですよ。 いいのかしら、あの子で・・ 心配だわ 」

 物静かそうな婦人が、2人に話しかけて来た。

「 あの・・ 今晩は。 1年の藤沢でございます 」

「 あら、あら、今晩は! まあ~、今日は妹さんも、ご一緒に? 大きいわねえ、おいくつ? 」

 顔見知りの父兄が歓談する中、部員のクラスメイトらしき私服の生徒も、数名が集まり出した。

「 亜季ィ~、来たよ~ 」

 胸の前で両手を叩き、小山が答えた。

「 わ~、有難う! 絵理香も来てくれたんだ~、うれし~! 」

「 綾子たちも、もうすぐ来るよ? 理恵も、彼氏と学校の子たち誘って、来るって 」

「 ホント? ありがとね! 開場まであと少しあるから、ちょっと待っててね 」

 ビデオカメラを持った男性が、質問して来た。

「 戸田俊夫が来るって雑誌に載ってたから来たんだけど、ホントに来るの? 」

 小山が答える。

「 もちろんです。 2部で、オンステージを予定していますから。 あたしたちのセンパイなんです 」

「 へええ~、そうなんだ。 あの・・ ビデオ、回してもいいよね? 」

「 どうぞ。 客席の中央に撮影台がありますので、よければ使って下さい 」

「 そりゃ、助かるな。 この前、京都でライブやった時も聴いたんだけど、インディーズ時代からのファンでね。 目の前で聴けるなんて、最高だよ! タダだし・・! 」

 すぐ横にいた、別の男性が尋ねる。

「 おたく、京都、行ったの? 四条の『 ビート・イン 』? それとも、鴨川ライブ? 」

「 両方だよ。 ウワサじゃ、北王子の『 インパルス 』でも演ったそうだけど、知ってる? 」

「 あ~、ナンか雑誌に出てたなあ・・! それより今度のアルバム、テナーの松本 猛と、セッションするらしいね 」

「 そうそうっ! ビ・バップの帝王とのコラボ! 楽しみだねえ 」

 戸田のファンクラブであろうか、グルービーらしき女性たちも数人、集まり出して来た。


 受付は、想像を越える混雑だ。 生徒の家族も、続々と訪れて来ている。

 小山が、沢井に携帯を入れた。

「 恵子センパイ~、まだ15分前だけど、もう開場するよ~? お年寄りの人も沢山いるし・・ 体育館の玄関から駐車場まで、開場待ちの列がつながっちゃったの! 」

『 OK! 亜季、手の空いてる会場班の子、駐車場に回してくれる? 急に、沢山の車が入って来て、立ち往生しちゃってる! 』

 小山は、沢井からの指示を聞くとスマートフォンのブックカバーを閉じ、開場待ちをしている客に向かって言った。

「 お待たせ致しましたあ~、少々、早いですが、只今より、開場致しまあ~す! 」

 長蛇の列が、ゆっくりと動き出す。

 小山は、再び、携帯を掛けながら、隣のクロークで応対をしている遠藤に言った。

「 早苗、お年寄りの人に、そこの段差、気を付けるように言ってあげて。 ・・あ、直子? 智恵と一緒に、恵子センパイのトコ行って! そう、駐車場。 懐中電灯、忘れずにね! 」


 20分も経つと、350席出したイスは、ほぼ満席になった。

 涼とりの為に渡した、近所の銀行・町内会の桜祭りで余ったノベルティーうちわが、開場中であおがれている。


 そんな光景を、舞台の袖から見ていた杏子が言った。

「 やっぱ、暑そうね、お客さんたち。 こればっかりはねえ・・ ほら、みんな見てごらん・・!こんなにいっぱい、お客さんが来てくれたよ 」

 すぐ後ろにいた紀本が、震える声で答えた。

「 ・・どうしよう・・ こんないっぱい、お客さん来てる前で・・ あたし、吹けないよ・・! どうしよう・・ どうしよう・・! 」

 紀本の目は、涙ぐんでいる。 予想以上の大勢のお客を目の辺りにし、緊張して、我を忘れているようだ。

 傍らにいた坂本が、声をかけた。

「 大丈夫だって、有希子・・! あんた1人、舞台に出るワケじゃないでしょ? みんな一緒だよ? 」

「 ・・でも・・ でも・・! 」

 潤んだ紀本の瞳からは、今にも涙がこぼれそうである。


 ・・その時、『 ポンッ 』という音と共に、どこからともなく飛んで来たピンポン玉が、紀本のおでこに命中した。


「 あいたっ・・! 」

 跳ね返ったピンポン玉は、近くにいた、垣原の鼻先にも命中する。

「 ぶっ・・! 」

 思わず出た垣原の声に、他の部員たちが、声を出して笑い出した。


 ・・酒場の押し戸を開いて現われた、西部劇のガンマンのように、神田が楽器を構えて現われた。


「 フッ・・ 完璧な照準ね・・! 今宵のあたしは、一味違うわよ? ・・理香・・ 玉、返しなって・・! 」

 ポケットに隠したピンポン玉を、しぶしぶ返す、垣原。

「 えっ? ナニこれ、美紀センパイ・・! このピンポン玉、金色じゃん・・! 」

「 さっき、校舎の楽屋で待機してるデイブにもらったのよ。 イイでしょ~! ・・あげないわよ? 」

「 ・・要らんって、そんなん・・ 」

 垣原が、ぼそっと呟く。

 ピンポン玉を受け取った神田が言った。

「 ・・有希子、何、ブルーになってんのよ! そ~いうヤツは、このあたしのスライド鉄砲で・・ ちょっと、あんたたち、有希子、押さえてな・・! 」

 ベルの中に、スペシャルカラーのピンポン玉を装填する神田。 坂本と垣原が、紀本の両腕を掴み、羽交い絞めにする。

「 ちょ、ちょっと・・! わ~、わ~、センパイ、待って・・! 理香、あんたまで・・ やめ~っ! マジ痛いんだって、それ。 パコーンって・・! 」

 騒ぐ紀本のおでこに、容赦なく、ゴールデンピンポンが炸裂する。

「 イッ、たあぁ~・・! モロ当たった、モロぉ~・・! 」

 天然の神田のおかげで、紀本の緊張は、すっかり解けているようだ。 次の獲物を狙う神田と共に、キャーキャー騒いでいる。


 やがて来賓席に、校長とその婦人が着席した。

 開演5分前。

 1ベルが鳴らされる。


 駐車場係りと共に、沢井も楽器を持って、舞台裏に集合した。 スタッフと入れ替わった受付係りの小山も、カーテンの陰で、髪型の乱れを直している。

 戸田たちも、舞台裏にやって来た。

「 ここで、聴かさせてもらうよ 」

 戸田が、杏子に言った。

「 ハ~イ、ミンナ! アトデ、セッションネ! タノシイ夜ニ、ナリソウネ。 ハッハッハァ~! 」

 デイブが、陽気に笑った。

 沢井が、カーテンの陰から会場の様子を見て、杏子に言った。

「 ・・いよいよね、杏子先生・・! こんなにいっぱい、お客さんが来てる・・! 」

「 みんな、あなたたちのお客さんよ・・! 頑張って演奏しようね! 」


 やがて、2ベル。

 会場の明かりが消され、いよいよ入場だ。

 杏子は、部員たちに言った。


「 ・・さあ、行きなさい! あなたたちの舞台の始まりよ・・・! 」


 部員、1人1人の背中を軽く叩き、彼女たちを舞台に送り出す杏子。

 全員が着席したのち、コンサートミストレスの香野の音で、チューニングが始まる。

 程なく舞台が全照となり、舞台下手より、杏子が入場して来た。

 全員が、一斉に起立する。 会場からは、大きな拍手。

 杏子は一礼すると向き直り、部員を着席させた。


 静まり返る会場・・・ 部員たちの視線が、杏子一身に集まっている。


 杏子は胸に手をやり、ちょっと緊張してる、というゼスチャーを、部員たちに出した。

 小さく笑う部員たち。


 やがて、杏子のタクトが、サッと構えられた

  一斉に楽器を構える部員たち。

 ・・その時、杏子は、構えているタクトが、普段の合奏練習に使っている調理用の菜箸である事に気が付いた。 拍子をとるために、譜面台を叩きながら指揮をする為、普通のタクトでは折れてしまうので、いつも菜箸で練習していたのである。

 やけに太いタクトに、部員たちも気が付いたようだ。

 楽器を構えたまま、目で笑う部員たちに対し、杏子は小さく舌を出して笑うと、構う事なく余拍に入り、その『 タクト 』を振り下ろした。


 楽しければいいのか?

 そう、問い掛ける人がいる。

 

 別に、それでいいじゃないか。

 楽しければ、より楽しくしようと、人は自然に努力する。

 楽しくする為の努力ほど、より実践的なモノはないだろう。


「 面白くないから、辞めた 」

「 人数、少なくて、つまんないから辞めた 」


 だったら、面白く感じられるように、努力すればいい。

 ナニもしない前から解答を出している者は、ナニをやっても、結果は同じだろう。

 努力する道程にこそ、未来の可能性は存在する。


 体育館に響き渡る、コンサートマーチ・・・

 アーティキュレーションもアインザッツも、まだまだである。 しかしそれは、これからの活動への期待を充分に示唆していた。

 未来の可能性への期待である。

 それを感じさせる響き・・ すなわち、生き生きとした輝きのある響き・・・! 

 それは、楽しそうに演奏している部員たちのみが発する事の出来る、心の響きだ。

 この半年間、共に苦労をし、精一杯の努力を重ねて来た杏子には、それがハッキリと感じられた。


 杏子の指揮を、迷う事なく追い続ける部員たち・・・ 皆、合奏する楽しさを知った生徒たちである。

 彼女たちの、その真剣な眼差しを一身に受け、杏子は思った。

( ・・センパイたち・・! あたし、幕引きはしないよ・・! この子たちとなら、出来ると思うの・・! あの頃と、何も変わっちゃいないもん。 デコボコだけど・・ 自分たちの音楽を、こんなに伸びやかに演奏してるよ・・・! これが、あたしたちの音楽でしょ? そうだよね? 宮田先生・・・! )


 気が付くと、杏子は、会場からの大きな拍手に包まれていた。

 紅潮した部員たちの笑顔が、そこにある。

 司会が、次の曲の紹介をアナウンスした。

 会場に、一礼する杏子。

 部員たちの方に向き直ると、再び、指揮棒を構えた。


 杏子の目には、これからの未来への希望に満ち、次の指揮を待つ部員たちの輝く瞳が、幾つも映っていた。

 きらめく、星のように・・・



            〔 萌黄色の五線譜 / 完 〕



あとがき


 吹奏楽というものに遭遇して、早や、30年以上の月日が過ぎようとしています。

 その間、足かけ10年、管楽器専門店の営業マンとして愛知・岐阜・三重と、

担当学校数 160校を超える営業活動もして参りました。

 幾多の先生・プロ演奏家・生徒・保護者の方との出会い・・・

 数え切れない程の楽団の誕生に立会い、また、逆に衰退し、消滅して行く楽団の末路も数多く見て来ました。


 どうすれば、楽団を継続出来るのか。

 また、どうすると楽団は衰退していくのか・・・


 部活・一般問わず、今は、その全ての要因を理解した感があります。

 私の訪問を機に、吹奏楽部新設へと動き、新たなる部の歴史の始動に関わった学校も幾つかあり、スターティング・プロデュースの大切さも経験しました。

 この物語の根底は、そんな経験での事実にあり、思い出です。


 また、文中に登場する音楽表現・専門知識など、一部、認知と異なる記述だと思われる方もあるかと・・・

 これは、音楽に対する、私なりの理念の1つである、と解釈して頂けたら幸いです。

 実際の経験と、著名な演奏家からのアドバイスを基に、私、個人が信じる概念として実践して来た事項ですので、批判・批評・中傷は、ご容赦願います。


 尚、物語として展開された内容は、そのほとんどが実際にあった出来事です。



 1人の吹奏楽バカとして、同じ趣味を持つ幾多の仲間たちに、この作品を捧げます。


                夏川 俊

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

萌黄色の五線譜 夏川 俊 @natukawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ