第22話、メイド・イン・ハンドメイド

「 ねえ、恵子。 客席のイスさあ、真っ直ぐじゃなくて、ちょっと円形にしない? 何か、卒業式みたいだよ? 」

「 そうだね。 その方が、何か演奏会っぽいよね。 加奈、設営の子たちと直してくれる? 」

「 OK! お~い、会場班の子たちィ~、集まってェ~! 」

「 恵子センパイ、受付ってどの辺に設置するの? クロークとかも、作った方がいいと思うんだけど・・ 」

「 あ、そうか、花束持って来る人も、いるかもしれないもんね。 ・・じゃ、早苗、事務倉庫って判る? そこに会議用テーブルがあるから・・ う~ん・・ とりあえず、4つあればいいかな? 前垂れのあるヤツね。 奈津美や直子たちが、来賓用のイスを取りに行ってるから、ついでに出して来て 」

「 はあい 」


 演奏会、前日の夕方。

 かねてより計画されていた通り、各係のリーダー指示に従い、会場造りが、着々と進められて行く。


 照明係りの高井が、工事用の投光器を会場に運び込んで来た。 ホームセンターで買って来たアルミ板を器用に取り付け、筒状にした先に、青や赤のセロファンが貼ってある。

 沢井が、高井に尋ねた。

「 熱で溶けちゃわない? これ 」

「 だぁ~い丈夫よ、恵子センパイ! 家で5時間、つけっ放しにして実験済みなの。 先端は、暖かくなるだけよ 」

「 スイッチはどうすんの? 」

「 これよ、コレ・・! 」

 高井は、自慢気に小さなコントローラーを出して見せた。 市販されているものである。

「 手元まで電源コードを引いてね、段々、明るくするの。 ホラ、いいでしょ? 」

 コントローラーのつまみを回すと、投光器が点灯し始め、赤い光がついた。

「 へええ~っ、便利なもの売ってるのねえ~! これなら、照明スタッフが自分でやれるよね? 」

 沢井は、感心して言った。

「 照明は、舞台両脇と、客席の前に設置すんの。 投光器のスタンドは、余ってる譜面台を使おうと思ってるんだけど・・ あります? 」

「 あるわよ。 ソロ用に、2本使うけどね。 それ以外に、5・6本は、あったはずよ? 」

「 よしっ、拝借~っ! ・・美智子、裕香、手伝ってくれる? あたしのカバンから、コードとガムテープ持って来て 」

 高井が、1年生部員と共に、設営に取り掛かる。


 杏子がプログラムの束を抱えて、会場にやって来た。

「 プログラムの印刷、出来たわよ。 職員室の印刷室にまだあるから、受付係りの子に取りに行かせて 」

 沢井が、紀本を呼ぶ。

「 有希子~、2~3人の1年生連れて、印刷室にプログラムを取りに行ってえ~ 」

 杏子が、ハンカチで額の汗を拭きながら、沢井に言った。

「 もう、あらかた出来たわね、会場 」

「 何度もシミュレーションしてたから、予定より早く出来そう。 結構、それらしい雰囲気の会場になったよ、杏子先生・・! 」

 ヒナ段を降ろし、舞台の下に設置して金管が乗り、何となく3段舞台のような雰囲気のするステージ・・・

 当初、杏子が提案した通りである。

 本番の演奏時間は、夜。

 基本的に会場が暗いのが功を奏している。 舞台を照らせば、客席は自然と暗くなるからだ。 夜の暗さが、体育館の中というシチュエーションを感じ難くさせる事に貢献している。

 舞台にパーカッションを運び上げている部員たちの姿を見ながら、杏子は言った。

「 ・・これが、あなたたちの最初の舞台なのね・・ いいわあ~・・! まさに手作りよ。 こうでなくっちゃ・・! 」

「 あ、美里~っ、そこのヒナ段、違うよ? 変更したじゃ~ん 」

 沢井が変更箇所に気付き、舞台設営をしている数人の部員たちの所へ駆け寄って行く。 入れ替わりに神田が、杏子の所へ来て言った。

「 杏子先生ぇ~、校長が来たよぉ~ 」

「 ち・・ ちょっと、神田さん・・! 『 校長 』なんて、呼び捨てにしないの! ちゃんと『 校長先生 』と呼びなさい・・! 」

 白髪混じりで、いつもにこやかな表情の校長。 笑いながら、杏子に言った。

「 はっはっは・・! まあまあ、いいじゃないかね、鹿島くん。 堅苦しいのは、この際、無しとしよう。 ご苦労様だね 」

 苦笑いをしながら、答える杏子。

「 有難うございます。 何とか、明日に漕ぎ着けました 」

 校長は、両腕を後ろ手に組み、会場内を見渡すと、杏子に言った。

「 ホールでの演奏は、よく聴きに行くが、体育館というのも良いね。 実にアットホームだ。 何より、生徒たち自身が自発的に、活発に動いているのが微笑ましい。 まさに手作りだね。 1つの事に、皆で取り組むという試みには、私も大賛成だ 」

 杏子は、再び浮いて来た額の汗を、ハンカチで拭いながら答えた。

「 本心、どうなるか心配でしたけど、みんなとても良く協力してくれて・・ 助かってます 」

「 高田先生からも、聞いとるよ。 立派に、部を立て直しているそうじゃないかね 」

「 まだまだこれからです。 明日の演奏会の成功が、あの子たちの、今後の活動の糧になると良いんですけど・・ はたして、何人のお客さんが聴きに来てくれるか・・・ 」

 校長は、舞台設営をしている部員たちを見つめながら答えた。

「 まあ、集客は、そんなに問題じゃないだろう。 ここまでやったという実績が、生徒たちの自信につながると思うがね。 確かに、お客が多いに越した事はないが・・ ほほう、工事用ライトの色照明か・・! 考えたな 」

「 主に、楽器修理を担当している子が、リーダーになって作ったんですよ。 保護者の方が、電気工事のお仕事をされているらしくて・・ 高井さ~ん、青の方も点けてみて~っ! 」

「 OK~、見ててよ、杏子先生~! 」

 舞台上にいた高井が答え、手元のコントローラーを操作する。

 赤のライトが消され、徐々に、青い光がステージを照らし出した。

「 美智子~っ、5番と6番、消してェ~っ! 」

 高井が、舞台下手上部の調光室にいる吉井に、指示を出す。

 天井の水銀灯が消灯された。

「 OK~っ、12番から14番、つけてみよっかあ~ 」

 数個の白熱灯で、暗さを調節する。

 意外に、舞台の雰囲気は出ているようだ。 他の部員たちからも、拍手や奇声が上がった。

 スマートフォンを取り出し、更に、細かい指示を出す高井。

「 いい? この状態が2部の入りよ、美智子。 シールで、マークしといて。 3曲目は、15番と18番もプラスね! 水銀灯は、1度落とすと、立ち上がりに時間掛かるからヤメにして、10番以降をすべて全照に変更よ? レベルは、今のでいいから、これもシールで印を付けておいて。 明日の当日は、手伝いの子がやるから、判るようにしておかなくちゃ 」

「 ほう、ほう・・! いいじゃないか・・! 生徒たちだけで、ここまで出来るとは、驚きだ 」

 校長は、いたくご機嫌である。

「 校長先生・・ 生徒の携帯使用、すみません・・! 校内持込禁止は、承知しているのですが・・ 」

「 はっはっは・・! 鹿島くん。 今日日の子らは、IT機器を、うまく使いこなすね。 インカムなど、必要ないようだな 」

「 寛大な解釈、有難うございます 」

 苦笑いをしながら答える杏子に、校長は続けた。

「 ワシもなあ、鹿島くん・・ 高校時代は、野球部で活動しとったよ。 甲子園どころか、2回戦すら突破出来なんだが、毎日、日が暮れるまで練習してなあ・・・ 辛かったが、いい思い出だ。 結果じゃないんだよ。 どれだけ、やったかなんだ。 部員数が減って、活動が困難になった部活も随分と増えたようだが・・ ワシは、部活動は、1つとして廃部には、したくない。 ・・見たまえ、あの生徒たちの姿を。 皆、自主的に、一生懸命やっている。 これが部活動だ・・! 勉強だけじゃない。 協調性や創作意欲、自発的な発想を養うのも、学校としての使命なのだよ。 いい思い出を、いっぱい作って卒業していってもらいたいものだね・・! 」

 校長が野球部に在籍していた事は、初めて聞く話だった。


 部員たちの姿を見つめる、その視線の向こう側・・・


 校長は、遥か昔の、白球を追う若かりし青春時代の自分の姿を、部員たちに重ねて見ているようだった。


 部活動の有意義さと、理解を示してくれた校長。

 杏子は、そんな校長の気持ちに感謝をすると共に、明日の演奏会成功を祈り、部員たちの為にこれからも精一杯、努力する事を心に誓った。


「 校長センセ、暑い中、ご苦労様です 」

 受付係り主任の小山が、冷えた麦茶をコップに注ぎ、盆に乗せて持って来た。

「 おお、こりゃ、すまんな。 頂こうか 」

「 あちらに来賓席が出来ましたので、ご案内します。 どうぞ 」

「 1番のお客さんかな? 光栄だね。 明日は、家内も連れて来るつもりだから、2席、リザーブしておこうか 」

 小山は、お得意の悩殺ポーズをとり、人差し指を立てながら答えた。

「 お客様。 あいにく明日は全席、自由席となっております。 来年の、吹奏楽部の予算を水増しして頂けますと、2席様のリザーブと、私の接待が付きますが・・? 」

「 はあ~っはっはっは! いや、こりゃ参ったね! 実に愉快、愉快。 はっはっは! 」

 楽しそうに笑う校長に、杏子は再び、苦笑いをした。


 会場設営は、予定通りの時間で完了し、杏子は、出来上がったステージに部員全員を集めた。


「 みんな、ご苦労様! 協力してやってくれたおかげで、みんなの初めてのステージが、立派に完成しました。 いよいよ明日です。 駐車場係りも人も、案内役の人も、宜しくね。 演奏が始まる前から・・ 最初のお客さんが会場に到着した時から、演奏会は始まってるのよ。 そのコトを、よく理解して行動してね 」

「 杏子先生、早く音出し、してみようよ~! 」

 神田が言った。

「 ・・そうね。 司会の子も来てるみたいだし・・ じゃ、ゲネプロ、始めようか。 みんな、楽器出して 」

 杏子の言葉に、皆、弾かれたように楽器を取りに散らばる。

 廃棄された古いグロッケンの音板による開演ベルが、直接、司会のハンドマイクを通して、舞台のカーテン裏から流された。 沢井のクラスメートによる司会が、開演五分前の、影マイクから始められる。


 ・・・遂にここまで来た。

 いよいよ明日は、本番である。

 わずか、21人の演奏会・・・


 結果が全てではない。

 先程の校長の話しにもあった通り、ここまでの道程が大切なのだ。それを、協力して乗り切って来た部員たち・・・

 練習も、かなりのスケジュールをこなして来た。 まだまだ未熟ではあるが、この半年で演奏技術は、格段に飛躍している。

 杏子の胸には、感極まるものがあった。

( あとは、この子たちの努力に報いうる、相応の集客さえあれば・・・ )

 つい、本音を願う杏子。 それは、部員たちも皆、同じであろう。


 期待と不安を胸に、演奏会前 最後の合奏は、精力的に続けられていった・・・

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