第45話 異変のその先で

 とにかく今日をやりすごす。

 その決意で、なるべく私は沙也か芽衣に側にいてもらった。


 だけどクラス内の人や、クラスメイトから話を聞いた人は、私が槙野君と話して舞い上がり、親し気な態度になってしまったのだと思ったようだけど。

 そういう人ばかりではない。


「うわ、また来た……」


 上級生やら下級生やらが、ぽつぽつと授業の合間やお昼休みに教室をのぞいていくのだ。

 そうして私の姿を探して、ぎりっと睨んでいく。


 それだけならまだしも、見せつけるように槙野君に親し気に声をかけていくのだ。

 槙野君と誰かが親し気にしていても、別になんとも思わないのだけど、やたら優越感のにじむ表情を向けられることについては、なんだかもやもやする。


 なぜ私が見下されないといけないんだろう。

 全部、記憶が消失するおかしな事件のせいなのに。


 かといって説明できるわけでもないので、じっと我慢するしかない。


 やがて放課後になって、私はすぐさま記石さんにメールを送り、玄関へ向かった。


《学校から路地を一本離れたコンビニの前にいます》


 よし、そこまで行けば大丈夫!

 走り出してから、私は「そういえば……」と思う。

 記石さんと一緒に歩いていたら、野村君とのうわさが立ったばかりなのに、また別の男の人と一緒にいるとか思われてしまうかも?


「変な嫉妬とか買いそう……」


 記石さんには、少し離れて歩いてもらうしかない。

 私は事情説明をしようと、メールを打つために立ち止まった時だった。


「―――……さん」


 呼ばれたような気がした。

 すぅっと、意識が遠のいていく。


 やだ。またよくわからないことに巻き込まれるのはもう沢山。

 自分で一体何をしたのか記憶が抜けるのも嫌!


「やだやだやだ!」


 とっさに叫んだところで、ふっと誰かに手首を掴まれた。

 まさか私に呼びかけた犯人が……と思いきや。


「記石さん?」


 そこにいたのは記石さんだ。

 走って来たように少し息をきらせた記石さんは、それでも額に入れたいほど素敵に見える。


「状況が進行するかもしれないと思って、来てみたんですが……」


 気づけば、私の周囲には記石さんしかいない。

 早々に教室を飛び出したとはいえ、ぱらぱらと帰宅する人が何人か周りにいたはずなのに。


 代わりに、白い靄のようなものが数体、私の周囲をとりまいている。


「これ……は……」

「人の思念……の状態ですね、まだ」

「まだ?」


 私は記石さんに聞き返してしまう。

 靄を見つめたまま、記石さんは答えてくれた。


「でも僕といれば大丈夫です。喫茶店に向かいましょう」


 私は手を引かれて歩き出す。

 でもそのまま行くと、靄とぶつかるのでは……と思ったら、記石さんに触れると靄の方が散ってなくなってしまった。


「あの、記石さん大丈夫ですか?」


 平然と歩いているけれど、記石さんに影響はないのだろうか。

 不安になって聞けば、記石さんは微笑んで振り返ってくれる。


「腐っても鬼を飼っている人間ですから。僕にはこの程度では影響しませんよ」


 それなら良かったと胸をなでおろす。

 同時に、靄が一体いなくなっても、まだ周囲に人の姿が戻ってこない。

 車の姿もないのは不気味で。

 ぼーっと光る信号機だけはいつもの通りなのに、何か得体のしれない物みたいに見えた。


「少し気味が悪いと思いますが、我慢して。必ず守りますから」


 私はドキッとする。

 守るだなんて、普通に暮らしていたら異性に言われることなんてない。

 なんか、勘違いしてしまいそうで私は自分の頬をつねった。

 でもおかげで、恐怖が少しなだめられる。


 そうして記石さんと一緒に喫茶店オルクスの店内に入ると、靄は中に入れなくてほっとする。


 はーっと息を吐くと、なんだかめまいがした。

 足に力が入らなくて倒れそうになったところで、記石さんに背中を支えられる。


「大丈夫ですか?」

「すみません。その、そこに座ってもいいですか?」


 大丈夫といえないぐらいには、足に力が入らない。いますぐそこに座らないと、倒れてしまいそうだ。

 私は慌てて、手近な席に座ろうとしたけど。


「たぶん、そこにいるのは危ないと思いますよ」


 そう言った記石さんが、あっさりと私を横抱きにした。


「ひ……!?」


 変な音が喉から出た。

 びっくりしすぎて、何を言ったらいいのかわからずにいたら、記石さんは至極冷静な声で私に教えてくれた。


「さ、外を見るといいですよ」


 記石さんは人を一人お姫様だっこしているとは思えないほど、いつも通りに私に話しかける。

 私も意識するのはおかしいのかもしれない? と煙に巻かれるような気持ちで、言われた通り店の外へ目を向けた。


 ガラス窓の向こう。

 そこに白い靄とともにふらふらと歩いているのは、槙野君だ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る