第44話 消えた記憶

「なんでそんなことに!?」


 全く心当たりがなくて混乱する。


「覚えがないの?」

「噂だけなのかな……」


 芽衣と沙也も、困惑した表情だった。自分達で目撃したわけじゃないから、嘘の噂だと思ったんだろうけど。


「あの、ね」


 隣の席に座っていた女子、村岡さんが話しかけてきた。


「実は私見たんだけど……ほんとに覚えてないの?」

「え!?」


 見たって、それは。


「私本当に槙野君と一緒にいたの?」


 私と芽衣達二人も一斉に詰め寄ったから、圧力を感じたんだろう。村岡さんはたじろぎながらもうなずいた。


「あんなに一ノ瀬さんとそっくりな人っていないよ。少なくともうちの学校にはいなかったはずだし、だから目の錯覚じゃないと思うんだけど……」

「確かに美月そっくりの人って、そんなにいないかも。いつも化粧とかしているタイプだと、似た顔に作るってのはできるけど、ほぼすっぴん娘の美月に似せるのは難しいよね……」


 村岡さんに同意したのは沙也だ。そこで「でも」と芽衣が言い出した。


「前にもほら、他の人そっくりに見える人がいたじゃない?」


 三谷さんの事件だ。

 他の人にとっては、彼女が引っ越してうやむやに終わったような感じだ。けど私は知っている。


 鬼が関係しているのなら、あり得るかも……。

 そんな風に考えた時だった。


「いやあれは一ノ瀬だった」


 前の席にいた男子だ。


「槙野と親し気に話して、友達と会って立ち止まった槙野から離れて、ぼーっとした様子で教室に入るまで見てた」

「え……」


 私そんなことしてたの?


「本当に覚えてないの?」


 芽衣の言葉にうなずくしかない。


「私、学校の玄関から教室で座るまでの記憶がない……」


 正直に言うと、芽衣も沙也も困惑した。一緒に聞いていた男子と村岡さんもだ。

 私はハッとする。

 さすがの芽衣や沙也だって、鬼がうんぬんという話は信じられるものじゃない。ましてや村岡さんやこの男子は、私が経験したおかしな事件のこともよく知らないのだから、なおさら私の主張を信じてもらえるわけがないのだ。


 下手をすると、私が大嘘つきだと思われて終わりだ。

 そして槙野君の側にまとわりつく女として、他の人達からはめちゃくちゃ嫌われてしまう。


 どうにか誤魔化せないかと考えていたら、沙也が助け船を出してくれた。 


「浮かれてたせいで、記憶が飛んだとか?」

「そ、そうかも!」


 今は全く好きじゃないんだけど、そう言うことにしておいた方がいい。


「前、憧れだって言ってたもんね」


 沙也がそう言ってくれたので、私は勇気を得てしゃべった。


「うんうん。すごい人だからさ、平凡な私なんかが近くでずっとしゃべったりすると、ちょっと現実感が無くなるっていうか。それでぼーっとしちゃったのかも」

「そうだよね。ちょっと連絡事項話すぐらいならいいけど、長く話したりするのは緊張するかな」


 意外とミーハーな芽衣が同意してくれる。


「そうよねぇ」

「緊張しすぎて表情が硬かったのか。なんかロボットみたいな動きだとは思ったけど」


 男子の言葉で、私は活路を見出す。


「やっぱりね。緊張しすぎで記憶飛んだので、間違いないわ」


 そうして話していると、少し離れた所から興味深そうにこちらを見ていた人達が、ひそひそと話し出す。


「付き合ったりしていないみたいね」

「舞い上がるのはわかるな……」


 そんな中、当の槙野君はかなり離れた場所にいたからか、特に何も気づかずにいてくれたらしい。

 ほっとした私は。

 今日をやりすごしたら、記石さんに相談しなくてはと思って、メールを送った。


《学校で異常が起きました。そちらへ行って何か対策ができないか、相談させていただければありがたいです》


 送ってから、超業務連絡っぽい言い方だなと思うが、お友達のような関係とはいえ年上の人だ。礼儀をつくすと固くなってしまうのは、仕方ない。


 事情を連絡したら、すぐに記石さんから連絡が来る。


《なるべくお友達と一緒にいるようにしてください。あと、学校近くに迎えに行きますので、玄関を出たら連絡をください》


 記石さんの優しい返答に、なんだか涙が目に浮かびそうなほど、安心した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る