第21話

あの後、私と業平は直ぐに伴氏の邸宅へ向かった。

現当主、従七位下、伴 春雄(はるお)へ話を聞きに行く為だ。



来客用の間で待つこと数分、伴 春雄が姿を見せた。


20代前半と聞いていたのだが、思ったよりもずっと苦労で年老いた風貌をしている。

肌は少しこけていて、目の下のクマも酷い。


生活が荒れている印象を受けた。


というのも、2年前の応天門の変で、彼の兄、伴 春雄が流罪になった際、縁座(犯罪人の家族や家人までが罰せられる制度)により彼の位階は格下げとなったと聞いている。


あの事件以来、紀伝道のエリートとして、順風満帆だった彼が、日陰の人間となってしまったのだ。


現代日本では、身内の失敗で法的処置が下るなど、あり得ない。

私はその異様な法に違和感を感じた。



「お久しぶりですね、梅花殿。 随分立派になられたようで」



どうやら、紀氏と伴氏は家族ぐるみの付き合いがあるらしい。

私は面識が無いが、彼は親しい対応を見せた。


「お忙しい中、お時間を取って頂き有難うございます」


そして私は、丁寧に挨拶を交える。

業平も、私に合わせて頭を下げた。


前置きの後、私達は本題へと入る。


少し緩んだ空気が、急に冷たくなった。


「3日前の晩、赤鬼が東三条殿に出現したのはご存知ですか?」


平坦な口調で、いつも通り仕事をこなす業平。


「存じております」


一方、伴 春雄は此方の目を伺い、恐る恐る言葉を選んでいるようだった。


「貴方はその日、東三条へ行かれたそうですね」


コクリと頷く彼。

しかし、その顔には緊張が見て取れた。


「では、この白い粉に見覚えはありませんか」


業平は、先程私が乾燥させて固形化したヒ素の粉を出した。


見る人が見れば、分かる。

それも、彼は中国に詳しい。


中国の歴史の裏には常に毒薬が潜んでいた。

彼がそれを知らない筈がない。



みるみる顔が強張る、伴 春雄。



そこに漬け込むように、業平は言葉を巧みに操る。



「藤原家の女房が、貴方がこれを井戸へ入れる姿を見ていたそうです」



言い終わってなお、業平の無言の圧力がかかる。



実を言うと、これは只のハッタリ。

彼の反抗現場を見ていた人なんていない。

けれど、他に証拠品が無い以上、これ以上の捜査は難しい。


もし彼が犯人で無いとすれば、事件はまた振り出しへ戻る。





しかし、彼はついに白状した。




「私が、犯人です」

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