第22話

伴 春雄の顔には、恐怖と絶望が見える。




「このままだと藤原氏の暴走は止まらない」




彼は身を振り絞って告白する。


その手は震えていた。




彼は毒物に頼るべきではなかった。


どんなに恨んでいたって、それは堪えるべきだった。



彼は頭がいい。

どうして、知力で屈服させようとしなかったのか。



刹那。

伴 春雄は思い切った行動に出た。



「な、何を…!」



突然立ち上がったかと思うと、業平の手元に置いてあったヒ素の入った陶磁器を手に、口へと思い切り放り込んだのだ。


私は咄嗟に悲鳴を上げた。


これだけの量を口に含めば、即死は免れない。


「私の兄は、犯罪者では無い…!あれは…、藤原氏が仕組んだ………」



口から血を吐きながらも、懸命に最後の最後まで言葉を紡ぎ続けた彼。


そのまま大きく音を立てて、その場に崩れ落ち、


荒れた呼吸を繰り返して、息絶えた。



「え……嘘…」



初め、私は目の前の事柄が、理解出来なかった。



朝。

通学途中で人身事故で亡くなる人をよく聞いた。

けれど、自分には関係ないと思っていた。


近所の高齢者が居なくなったというニュースを見た。

それでも、何も感じなかったのに。




彼は、私が原因で、死んだのではないか。




元から、その覚悟であったのだろう。

でも。


数秒前まで息をしていた人が、今はもうこの世にいないという現実が理解出来なかった。



どうして私は、止めれなかったのだろう。


目から、涙が出た。


これは一体、誰に対する涙だったのだろう。



「もう見なくていい」



業平が私の目を、優しいく覆い隠した。


私は、自分を忘れて彼にすがった。




暫くして、私の悲鳴を聞きつけた女房達が集まり出した。




彼の死を目撃して、嗚咽を漏らす者、近づいて息を確かめる者、私達に事情を問い詰める者と様々であった。




それから何がどう進んだか、うまく覚えていない。


検非違使に事情を説明し、その場の案件を任せて、私は帰りの牛車に乗ってそそくさと帰った気がする。




この時の私は、彼の命がけの行動が、分からなかった。



そしてこれから先、私の運命に藤原家が大きく絡んで来るとは想像もしていなかった。

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