第19話

彼女は以前見た時とは段違いに、美しい顔をしていた。

ただ、左の目の上に残る、傷を残して。


「先日は見苦しい姿をお見せして、申し訳ありませんでした。その後、お身体の具合はどうでしょうか」


私はお見舞いへの謝礼を述べ、当たり障りの無いことを返事する。



「私達は今、毒を盛った人間を探しているのです」


業平が自分達の立場を説明した。


「手伝って下さいませんか」


藤原家は、叩けば埃が出るくらい、隠したいような裏の話は多いだろう。


簡単に姫が口を割るなんて思えなかったけれど。



「私に出来ることなら、なんでも協力させて下さい」



案外、彼女は此方に好意的な人物だったらしい。



「恨みを買う人間に、心当たりはありませんか?」


業平が冷静に対応する。


「父は私に、政治の話を一切話さないので分からないのです」


そりゃそうだ。

恨みを買うと、一概に言っても、的が大きすぎて絞れない。


恋愛や政治、人間関係の縺れかもしれない。

そもそも、ヒ素を知っている人間なんて、この時代、限られているのではないのか?

多分、中国の文献で読んだのだろう。


ならば、女ではなく男。

それも、蔭位の制で官僚に見立てられた人間ではなく、学力を非常に兼ね備えた人間だろう。


全て、仮説だけど。



「ですが……」



彼女は言葉を続けた。



「私は、貴方が復讐の為に来たのだと思ったのです」


「復讐?」


何やら不穏な言葉が飛び交う。


「2年前、応天門の変で貴方のお兄様が……」



そうか。なるほど。


姫、貴女は賢い。


だから、私を犯人だと思ったのか。



業平が此方を気にかける。


が、全てを言わずとも私は理解した。



866年、応天門の変。

日本史の重要年号。


天皇の住む朝廷の玄関、応天門が何者かによって焼かれた。

犯人は、大納言 伴善男、そして紀豊樹。

会った事はないが、紀梅花の兄だ。


そうか、だから梅花にとって都は息苦しかったのだ。




2年前に応天門の変があったということは………。



今は868年。


とんでもない所に、私は来てしまったらしい。


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