第18話

少しして傷の痛みが引いて来た頃、業平は事件のことを詳しく話してくれた。


「藤原の姫、先の事件で顔に酷い傷を負ってしまってね。塞ぎ込んでいたそうなんだよ」


調査しに行った先で、不運にもそんな場面に出くわすなんて。


「そうだったんですか……」


どう返事をすれば良いのか、凄く迷った。

次会えば確実に殺されるのでは……。


そんな不気味なことを考えてしまう。


しかし、それは取り越し苦労だったらしい。


「あの後、彼女凄く反省してね。梅花に謝りたいと言っていたよ」


それを聞いて少し安心する。

ただ、それ以上に驚いたのは、彼女が藤原の姫だということだった。



ふと、邪念が頭をよぎる。



ここで弱みを握れば、私は後々有利になるのでは。



しかし、直ぐに追い払った。

私は、そういう考えが一番嫌いなのだ。


父の政治の世界では、そうしてのし上がった人間をよく見ていた。


同等の人間にはなりたくない。

正義が勝つような、甘い世界で無いことは知っている。

けれど、自分だけはそんな手を使いたく無い。


「お取込み中、申し訳ありません」


御簾越しに、女房が声を上げた。


業平が返事をすると、女房は言葉を続ける。


「夕顔の君がお越しになりました」


「分かりました。此方まで通してあげてください」


誰だろう。

私は状況がよく読み込めなかった。


業平の方を見ると、彼はくすりと笑ってヒントをくれる。


「噂をすれば……だよ」


この時代、女性は気軽に男性の元へは来れない。

恐らく彼女は身分を隠して来たのであろう。


なるほど、藤原の姫だということか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る