第10話

現在、私の身分は大納言、紀 古佐美(きの こさみ)の息子。

そして大学寮の予備文章生である。


簡単にいうと、将来を約束されたエリート街道をひたすら進んでいる最中である。

ゆくゆくは試験をパスして、文章生へ。そして官位を与えられ、高級官僚になる予定。



結局どの時代に来ても、私は政治から逃げられないらしい。



朝廷の側にある大学寮にて、机に向かって慣れない筆を進めていると、在原業平がひょっこりと顔を覗かせた。



「今日も勉強かい?」


私は頭を下げて、言葉を返す。


「それが子どもの仕事ですので」


すると彼はにこりと微笑んだ。



在原業平は、「伊勢物語」で有名な平安一のプレイボーイ。

それが歴史の授業で聞いていたことだった。

しかし実際会ってみて思ったことは、人間的に誠実な人だということ。


もしかしたら恋愛面ではだらしがないかもしれないが……。

それでも、男尊女卑のこの世界においては、唯一女にも対等な関係として扱ってくれる人のように思えた。



彼は、本来の名前の所有者である、紀梅花と年齢は違えど仲がとても良かったらしい。


私の正体を唯一知っており、そんな事情から良く尽くしてくれている。



平安の都にタイムスリップして早1ヶ月。

最近はやりたいことも見つかり、身分を活かして大学へ足を運んでいた。



「君は物覚えも良い。彼も驚いていたよ」


「そんな…お二人の教育のおかげです」



謙虚に振る舞うのは、人間付き合いの上での最低限のマナー。

特に身分制社会では。


これは元国会議員の父に教えられた。


もちろん、本心ではない。


正直なところ、心の何処かではこの時代の人間を見下しているのかもしれない。



「でもまさか、君が女だと知った時は驚いたけどね」


「女にしては髪が短いですもんね」


この時代の貴族は、生まれてから死ぬまで切らないのが普通である。

髪の長さはミディアムだが、逆にそれが男性の髪の長さなのだそう。


だから男と思ったのか。



そしてもう一つ、紀梅花と瓜二つの顔を持っていたからだろう。

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