AV男優ふりちん君

古地小太郎フルチコタロウ

 3年前の春ある日の平日、古地小太郎は、もうすぐ昼になるというのにカーテンを閉め切った薄暗いアパートで、薄汚れてじめじめした布団の中で携帯電話の着メロの音で目覚めた。メールだ。また朝か、面倒くせえなぁ。

 布団の周りは脱ぎ散らかした服やら新聞や雑誌やらに占拠されていて、枕元にはタバコの吸い殻が山のようになったどんぶりだけがあった。

 高校のときに入っていたボランティアサークルの先輩からのメールだった。そういえば去年のOB会の近況報告では、卒業して今は東京で芸能関係の仕事をしていると言っていたけど・・・

「〇〇男爵です。わが社では取り急ぎで男優を探しています。今でも仕事に困ってるなら連絡を待つ」


 自宅とパチンコ屋の往復だけで引きこもり生活、悪循環・・・もうどいうでもいいんだよね。高校を卒業後、親とけんかしてまで岡山の実家を出てきてこれはと思った名古屋名古屋の会社に就職した。親に反対されても(というかそのために)意地になってこれこそは絶対と思った女と結婚した。ところが、職場の上司と喧嘩してしまい依願退職、無職になって自宅とパチンコ屋を往復するだけの男には「夫」の資格も「父」の資格もないと言われれば返す言葉もなく、離婚届に印鑑を押した。子供は好きだったのに経済力もないってことで親権は当然あっちに行ってしまった。もう生きてる意味ねえじゃんと思っていた。


 メールの往復も煩わしいので直接電話してみた。

「もしもし、古地です。メール見ました。」(何だかメールっぽくなる)

「おー 反応早いな、元気か?」

「元気なら全然ないですけど・・・」

「だよな、金に困ってんだろう?」(その通り)


 東京まで行って形ばかりのオーディションを受けてAV男優人生がスタートしてしまった。当初はワンポイントの採用予定だったのだけど、先輩のコネなのか不似合いなキャラが受けたのか分からないけど専属の男優になって、倹約すれば当面の生活がなんとかできる収入も確保できた。疑問を感じながらも仕事には誇りを持っている。これは恵まれない男だけでなく満たされない女性も救う仕事なのだ!理解されてないのは承知だけどアピールしたい。恥ずかしくなんかないんだ!とは言いつつ、実は親にも言えない職業は肩身が狭いので正職を目指して目下勉強中。


 資格を取るための学校に提出する診断書を書いてもらうために近くのクリニックに行った。職業欄に「芸能関係」と書いてあったことに医者が反応した。どうせ興味本位だろうと思っていたけど奴はそうじゃなかった。仕事の内容は深く聞かないくせに、仕事に対する本当の思いとか親との関係とか、これからの生活をどうしていきたいのかとか、話しているうちに自分の考えが整理できて覚悟が決まった気がした。


 そんなときに偶然、インターネットで「制服で走ろう!マラソン大会」を知った。走ることは嫌いではない。むしろ気が向いた時にはTシャツと短パンで山崎川や天白川沿いを何時間でも走ることができていたので親和性があるような気がする。

この大会に参加してみよう!

もし走り切れたら生まれ変われるような気がする

制服はもちろん、AV男優としての誇りをもって・・・

ちゃんと走り切れたらAV男優卒業(まだまだ未熟なので中退ですね、先輩)


スタート前も走ってる間もたくさんの悲鳴や中傷を浴びた。負けてはイカン!

「どんな職業でも平等で役に立っている!少なくともカネを転がして儲けるやつよりはマシだ!」

「人の役に立つ仕事がしたい」

「俺は普通だぜ!無理するな!だますな!だまされるな!だますよりはだまされろ!」

「父ちゃんはがんばるぞ!」(これは娘に届かないが・・・)


 何度もめげそうになったけど何とか最後まで走り切ってゴールしたぜぇ!頑張ってさいごまで歩かなかったよお父さんは。娘の指輪とお揃いのおもちゃのピアスに手をやりながら心で呟きながら、思いがけない涙が自分の目からあふれて頬を伝うのに驚いていた。

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