エピローグ(三人称視点)

 大学の卒業式が終わり、アオイは講堂を出て校舎を見て回りつつ、友人や教授たちにあいさつを済ませると、客人用の駐車場へ向かった。


 アオイは群青色の着物と同系色の袴に、柔らかい薄黄色の帯や重ねを合わせている。短めの黒いブーツが足に合ってないのは、足先の治療器具のせいで自分の手持ちの履物が全滅したので急きょ買い求めたからであった。


 駐車場の端のほうの、タクシーが使う乗り場で待っていると、どこでも見られるような家庭的な軽自動車が現れて、後部座席のドアが開いた。佐久間了が運転席で振り向いて、アオイの着物の柄をほめた。桜をあしらった柄は、平均よりやや早い開花のタイミングに合っている。


 アオイは佐久間了の車でアトランティカへ向かい、そこで車のトランクからスーツケースをいくつか取り出した。そのうちメモ書きが張られた一つを、建物内のロッカールームで開けて、中にあるビジネススーツの上下を手間取りながら身に着けた。靴も履き替える。


 ロッカールームから出たアオイは社長室へ向かう。多国籍で、不定期に人を入れているこの会社は、入社式はその都度社長室に新入社員を呼んで行なっている。

 アトランティカの社長と、本社の社長アーサー・メイスンが待っているところへ、たった一人で飛び込むのだ。緊張しないわけがない。


「人、ひと、ひと…」


 手のひらに人の字を書いて飲み込み、すう……はあ……とじっくりゆっくりと呼吸をして、社長室の前まで来た。廊下にパイプ椅子が一つある。座って待っていろと言うことのようだ。

 椅子に座ったアオイがそわそわしていると、入りなさい、と社長の声がした。


「はいっ!」


 元気に立ち上がると、がたっと椅子が動いた。まずい、と思いながらも、ここで慌てたら全部だめにしそうだ、と再び呼吸に気持ちを向ける。


 ノックをして、入りますと声をかけ、ゆっくり入室すると、開口一番、アーサーがやや驚いた顔で言った。


「キミ、フォーマルでなくて良いと、言ったのに、整ってるね。やっぱりジャパニーズはそういうモノなのかな」


 隣で社長が動揺し始めているのを見て、アオイは空気を換えようと、大声でこれからご指導ご鞭撻をお願いしますとあいさつし、深々と頭を下げた。

 折角社長の動揺が減ってきたのにアーサーが空気を読まず、『ゴシドウゴベンタツ』とは何か?と社長に尋ね、社長が話題をそらしたところで改めて入社式が始まった。


「天城蒼衣。あなたを株式会社アトランティカの社員、そしてアメリカ・アトランティス社の臨時社員として認めます。」


 社長が言い終わるとアーサーがぱちんと指を鳴らした。同時に社長室の壁の一面が倒れ、他の社員や先輩の姿が見えた。

 アオイは心底驚き、その場でふにゃりと座り込んだ。ネイと社員たち、そしてアーサーは大笑いしている。社長とカナデだけが頭を抱えた。


「機装の研究はこれからが本番と言ってもいいわ。がっつりいくわよ!」


 ネイが抱き着いてくる。アオイは抱き着かれながら、はいと返事した。周りの社員たちもやってきて、もみくちゃになりながら、アオイは安心や信頼を感じてうれしくなるのだった。


* * *


 アオイはネイから、皆のその後の話を聞いた。


 カナデは今年か来年でモデルを引退し、家に伝わるあの剣術流派を継ぐつもりだ。主な仕事は、本人の修行や鍛錬を除けば、近隣の学校の剣道の指導がしばらくメインになるそうだ。


「剣道の先生かぁ。厳しいだろうなあ。でもきっと、慕われるいい先生になると思うよ」

「でも学校の先生方とうまくやっていけるかが問題よ」

「ネイさんはイジワルだなあ」


 マモルは来月から一年間だけ、歌手としてライブ活動に専念し、そのあとはアトランティカに戻り、整体や応急手当などを修めて資格を取り、訓練教官になることが決まっている。佐久間了に続く、二人目の適合者専門の、なおかつ専任の訓練教官が誕生する。


 サユは訓練教官を続けつつ、機装の研究部署へ配属される予定だ。マイカは研究所ではなく病院のほうの看護助手として既に働いている。


 ラヴィニスはレムリアともアトランティスとも関わらないという約束をアーサーと書面で交わした。マサチューセッツ州アーカム市の大学で非常勤講師と図書館の管理の手伝いをしている。アーサーのほうも、少しずつ社長としての仕事を副社長にやらせていて、近々引退するつもりのようだ。


 UFO事件の首謀者として拘束されたスタイナーは、表向きは政治犯向けの収容施設行きになった。実際はラヴィニスのいる大学で適合出来なくする手術などの人体実験のモルモットである。兼、医学生らの実験台と化している。

 懲役150年くらいになっており、それが過ぎるまで大学に貸し出されているという体裁なので、命が尽きるまでモルモット状態は続くだろう。


 UFO事件の最中に、アトランティス社員の女の子としてユイは生まれ変わった。もともと死産だった女の子の身体を、両親が合意と好意でユイに提供したのである。


「これまで、適合者の最低年齢は4歳と187日だったからね、大幅更新だよ」

「というより、新しいユイさんは生まれたときから適合者なんだし、それ以上更新しようがないじゃない」


 他の塔の『管理者』は一名覚醒二名冬眠という通常のサイクルに入っている。月の『帝国の塔』の『管理者』だった子たちはしかるべき施設で保護されて、順調に回復している。


「で、ネイさんは何をしているんですか?」

「あたしはね……」



 数か月後、アオイは旅行先の英字新聞で、「自分は成人だと言い張る推定6歳児が一人で旅をしていて強盗に合い、相手を全員ぼこぼこにして過剰防衛として逮捕される」という写真付きの記事を読むことになるのであった。数日の拘束ののち釈放されたネイは、何事もなかったかのように世界中を適当に回り続けている。

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機装唱女ルリイェフォーネ 朝宮ひとみ @hitomi-kak

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