第20話 狂気の山脈って何ですか

 山脈のふもとに見えた小さな遺跡から、機械か何かで最近掘り進んだトンネルが続いていた。それだけの設備を、相手は持っているとすると、普通の探検家が迷い込んだ場合を考えなくてよさそう。好戦的なのか、サユちゃんがしゅしゅっとシャドーボクシングをして、いつも冷静に見える先生の助手さんも心なしかうれしそうに見える。


 休みながら五キロメートルは歩いたと思う。トンネルは天然の洞窟につながっていた。洞窟の壁にはところどころに良く分からない壁画が刻まれていた。人間や動物の姿らしきものや、街か何かなのか、入口の遺跡に似たものが描かれている場面もあった。


 洞窟はトンネル以上に長く、途中で交代で助手さんを担いで進んだ。私たちだけなら休憩は少なくて済むし。


 洞窟の出口が見えてきて、助手さんを下ろし、隠れて、開けた空間を覗き見た。


 天井が空いていて、空が見える。雲が分厚いけど、洞窟に比べたら十分に明るい。その真ん中に塔があった。雪や土のような付着物もなく、表面は白くすべすべそうに見えた。塔を囲むように、手つかずの遺跡が広がっていた。

 その端っこに、軍や警察でもめったにいない、というか特殊部隊以外配備禁止の対物装備付きの戦闘スーツを着た人が、ざっと見ただけで三〇人以上いた。色付き透明のバイザー部分、つまり唇まわりしか見えない。区別着かない。


 慎重に身を隠しながら進んでいたのに、初めからわかっていたのか、私たちの通ってきたあたりを口径の大きい火器でぶっとばした。瓦礫がばらばらと下にいるこっちに降ってくる。


『貴様たちが来ることはわかっている。隠れる必要はないよ』


 一人だけ色と仕様がちがうスーツの人が話しかけてきた。少しなまっているけど結構流暢に日本語で話しかけてくる声。変声器を通しているけどあまり声質を変えていないみたいだ。多分個人を特定されなければそれでいいのだろう。中年男性ぽい。


 先生が小声で、助手さんに応援を呼ぶように頼んだ。助手さんが無事洞窟へ抜けたのを見届けてから、私たちは姿を現した。遺跡の中にいないということは、やっぱり唱石がないと入れないんだろう。少し離れて戦って、応援が到着するまで少しでも時間を稼げばいい。


 サユちゃんとカナデ先輩が剣を抜いて飛び込む。わざと大声で叫びながら大きくジャンプした。続いて私とマモルさんと先生も続く。残ったマイカちゃんは隠れたまま少しずつ移動しながら狙撃。機装があるからこそできる、無反動での狙撃や射撃。反動がほぼないから滑らかに銃口を次へ向けられる。乱戦状態なのに、全く私たちには当たらない。センスがすごすぎてついていけない……。


 ところが、リーダー格に誰かが少し近づいたところでわかった。唱石を感じる。


『じゃあね、お嬢さんたち』


 リーダーは部下たちを見もせずに、遺跡の中へ消えていった。一番近くにいる先生とサユちゃんが追いかけ、私たちも少しずつ向かう。適当なところで、遺跡に入り込み、一〇人くらいを遺跡外に取り残した。これで、向こうはリーダーとその周りでずっと護衛してる五人だけだ。


 遺跡を動かしたせいか、塔が反応しているのか、少しずつ唱石の力が強まるのが分かる。私は走るのをやめて、機装を展開。歌なしの、心に浮かんできたわずかな呪文だけで素早くリーダーを追い抜かし、立ちはだかった。

 他の子たちも次々展開して、幹部を部下ごと囲む。不意打ちの狙撃が遺跡のほうから飛んできた。マイカちゃんだ。間髪入れずに飛んでくる機装の弾丸で部下が撃たれて、のたうち回る。全部、足とか肩とか、死なないけど痛いみたいな場所だろうか、同じような場所を打ち抜いていく。


 そのうちの一発が、私の剣を避けたリーダーの右頬に当たった。右側半分だけ、装備が砕かれて顔が見えた。中年男性だったなとしか私は思わなかったが、佐久間先生の動きが止まり、顔が青ざめた。目を見開いててちょっと怖い。


「(社長に、似ている……あなたは、まさか)」


 先生が突然英語で話す。リーダーは子供の遊びに付き合う親のような、ゆるい困り顔で肩をすくめた。


「(ぼくはラヴィニス。君の言う社長の、兄だよ。レムリアの前社長だっていえば、解るかな?)」


 名前と、I amと、レムリアという単語しか聞き取れなくて、私は理解するのにたぶんみんなより数秒遅れた。


 レムリアという会社は、アトランティスのライバル会社だ。かつては同じように、様々な遺跡探査を行っていて、今は海洋調査用の機材や資材を扱う専門になっている。そこの前社長がこんなところにいる。普通の人じゃないってことだよね……。

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