第15話 あんたには、分からない

 塔を離れてすぐまでは空はほぼ晴れていて、ところどころ雲はあっても空が見えていた。でも、ルルイエ二号に近づくと、黒い雲がどんどん厚くなる。


 施設を出てからもう一時間くらいは経ってるはず。嫌な想像が少しずつ頭の中でくっきり鮮明になっていく。ルルイエ二号が見えてきて、速度を落としながら着地すると、さすがに衝撃を落としきれなくて、足全体と背中が痛くなった。


 探さなくても、すぐに分かった。時々、空にちらちら光るものが見える。機装の力でバイザーを作り、拡大した状態で見ると、動いてて良く分からない。黒い機装の子ナイであることは間違いないのだろうけど。


 ある程度近づくと、嫌な想像通り、機装が強制解除されて血と湿った土だらけで倒れているカナデ先輩が見えた。駆け寄ろうとしたところで、衝撃がずんと体を押した。だよね、と私は小さくつぶやいた。攻撃されてる。だけど、衝撃波や光弾が飛んでくる方向がバラバラだ。激しく動き回ってる。


 先輩を抱えあげ、不気味に捻じ曲がった岩陰に先輩を横たえて、ナイを探した私は、真っ白に光り輝きながら、周りに沢山大砲のようなものを浮かべて歌い踊るネイさんを目撃した。浮かんだ大砲がひっきりなしに、ナイを砲撃している。ナイの攻撃で大砲がいくつか壊れても、またすぐに新しい大砲が現れ、大量の刀剣がナイへ向かって飛んでいく。


 どうやって先回りしたのか、気になるけど考えてる場合じゃない。ユイさんに教わった、ナイを弱体化させられるだろう呪文を歌う。復活した塔の力を、ナイから奪いつつ、他の二人や私たちに分け与えることで、相手の力を減らしつつパワーアップできる。塔自体に作用する歌は、本当はユイさんたちにしか歌えない。


 初めの単語だけで、さっそくナイフの束が飛んで来たけど、ネイさんが同じくらいの剣ではじいてくれる。


「許さない!!こんなちっぽけなフォーネに!権限を!!!与えたのかッッ!!!」


 喉がとっくにつぶれていそうな枯れた声で、ナイがひたすらユイさんの名前を叫んでいた。叫びに合わせて、光線が私やネイさんを追いかけて伸びる。


 呪文自体はそんなに負担がないのか、体が重くなったりしない。それどころか、パワーアップしてる。早く飛べるし、武器は出せるし、機装の変形が今までにないくらい一瞬で終わる。ナイの攻撃を躱すのも受け流すのも、反撃するのも楽になった。


「そこまでして、あたしをッ!!瘴気の島をッ!!憎むかアアッッ!!」


 ナイは機装の上から顔や頭をかきむしった。頭部を覆う機装は削れて、皮膚に傷がつく。血が流れ出しても、そのまま叫びながらかきむしる。


「あたしの何が悪い!!あたしが守った国の中で、勝手に争って死んだのはあいつらじゃないか!!」


 かきむしるのをやめたナイは、私を目にして高速で飛んできた。体の向きを変える間に、ナイはそこそこの速さで飛んでいた私を全身を使って地面に叩きつけ、馬乗りになった。私は歌を中断させられた上に、捕まれた肩と、蹴られているおなか辺りは、機装にひびが入ってく。

 歌い直しはしない。いっきに別の歌で勢いよくナイごと飛びだす。さっきのネイさんみたいに一気に叩きたい!


「どいてよッ!!!」

 

 肩をつかんだままのナイを払いのけ、出来るだけ広範囲にかつ出来る限り強く、光線を降らした。


「私はッ!私を!そして私の守りたい人たちを守るためにッ!戦っているッ!!」


 怒りというより、苦しいというか切ないというか、悲しくて頭がおかしくなりそう。


「あんたは、守れてないじゃないッ!!ユイさんの他に、あそこには誰もいない!!勝手に、私たちを巻き込まないでッ!!」


 自分も光線に被弾するつもりで、ナイをお返しとばかりにつかんで、適当に叩きつけた。何をやったか細かくは覚えがない。ひたすらどこかに叩きつけ、殴り、蹴り、機装を切り裂いていたのだけ分かる。


「ふざけるなッッ!!!」


 喉がかれて立ち止まった私に向かってナイは叫んだ。けれど向かってこなかった。


「ユイに話を聞いたなら知ってるでしょ!? あたしたちは、あそこを瘴気から守るために造られた。

 だけど、あいつらは自分たちでは何にもしようとせず、たった数人の手で瘴気まみれの化け物を国じゅうにばらまいて!塔を壊した!!

 もう昔のことよ。塔が壊れたせいで、目が覚めたあたしはすぐに浄化を始めざるを得なかった。だけど、もちろんどれだけ歌っても、誰の声も歌も想いも帰ってこなかったから、国が滅んだことくらい気づけた。」


 途中で不意打ちしようとしたのかネイさんが歌いかけ、ナイと目が合って、口を閉じた。


「何千年歌ってるあいだに、あたしも瘴気に侵されて、あたし自身を守れなくなった。ユイは体をなくしてしまったし、ネイはあたしが何しても目を覚まさなかった。そんな時に、謳う石の声がした。

 ……だけどそれは、あの化け物を讃える歌だった。石ももたない、あたしたちの国の血も持たないただの人間の、短い歌なのに、管理者たるあたしが抗えなかった!


 今の人間も、勝手に争って勝手に死んで、化け物を神様として奉って!でもあたしは、遠く離れたところに手を出すことができないようにできてるし、たっぷり染みついた瘴気に逆らえない。


 あたしにはもう、守るものがない。……その気持ちが、お前たちに分かる?」


 ナイの目から一気に涙があふれだした。彼女の気持ちは私には分からない。私には、守りたい人も場所もある。彼女が絶望した化け物もそれをたたえる人々も知らない。そして、人間というものを信じることができているからだと思う。




 歌い続けるために造られたいのちだから、歌わなくてはいけない、とナイは話をつづけた。ナイは、数十年くらい前に、歌を変えた。瘴気を抑えるのではなく、瘴気を浄化し、なくすことを考えた。


 塔のでっかい唱石は、コンピュータのように色々蓄えることができる。ナイはそこに一度人間の魂というか精神というか、脳のつくりとかそういうのを全部突っ込む場所を作った。

 突っ込まれると、瘴気に侵されないで済む。それだけじゃなく、体を作らない限り、食料とか住む場所とかに困らない。

 さらに、体を好きなようにつくれるから、病気やケガや生まれつきの不自由さえなくせる。そうすると、争いや差別の要因がなくせる。


 ナイが楽しそうに話すのを聞いていて、絶対どこかに落とし穴があると、即、思った。アニメやゲームのラスボスが考えるやつだよね。

 例えば、偉い奴がいてそいつと同じ考えになるとか、個性とか個人とかがなくなっちゃうとか、そういうオチがあるに違いない。

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