第14話 アオイ、謳ってくれ(三人称視点)

 アオイはどんどん速度を上げ、高速道路を走る乗用車並みのスピードで、さざ波の立つ海面の数メートル上を飛んでいた。そして、あの塔が見えたとき、彼女は何故か、スピードを緩めて、塔の根元に降り立った。足への衝撃は、足のパーツを増設して最低限にまで相殺した。


 白い塔は、もうすぐ夕刻だというのに、真昼の太陽の光が当たっているかのようにきらきらと外壁が煌めいている。そして、遺跡調査の際はあったはずの入口が、一周しても全く見当たらない。

 一つ息を吐いて、壁に手を突いたアオイは、転びそうになった。自分の身体が壁をすり抜けたのだ。


 中は青く、蒼く、青白く、光に満ちていた。中央に伸びる、巨大な唱石の柱。内壁も唱石でできているらしく、蒼い壁は瞬くように様々な色がちらついて、電飾のようだった。


『ようこそ。蒼きフォーネのひとり』


 ネイに似た、だが彼女よりも冷たく感情の薄そうな声が聞こえ、アオイは振り返った。フィクションの幽霊のように透き通った、映像投影のような白い人影がアオイを見つめていた。


「あの、そのフォーネ、っていうの、やめてくれませんか……っ」


 アオイはごくっとつばを飲み込んだ。白い透明少女の顔はネイにそっくりで、ネイよりもさらに幼かった。話し方だけはネイよりも大人びた、堅苦しいというか、他人行儀というか、アオイにとっては居心地が悪いものだった。

 なぜ、と聞き返されたアオイは、黒い機装の少女のことを話した。あの黒い子が、そういったから。そんな風に言葉を終えると、アオイはもう一度つばを飲み込んだ。あがり症でもないのに、急に緊張してきて、鳩尾の下あたりが変なふうになるのだった。


「貴女はナイと戦ったのね。」


「あの黒い子と知り合いなの?」


 白い幼女はうなずく。


「私はユイ。この塔の『管理者』。現在、管理権限を私が有している。管理者は三名つくられ、便宜上、一号体にネイ、二号体にユイ、三号体にナイという通称を与えられた。正式名称は、D-同調制御用波長調律型……」

「あ、正式名称は要らないので先に進んで」

「わかった」


 ユイの話では、この塔や周辺の遺跡を作ったのは、今の人類から見て超古代文明人であるという。当時、文明が発展したものの、国王の乱心と大臣たちによる政治の腐敗、新たな国王を目指す権力闘争の激化によって国土が荒れつつあった。

 そのようなときに、ルルイエ二号が出現し、人々は混乱と狂気に陥った。正気を保った数少ない人々は、原因を、精神を乱す波長にあるとして、その波長を防ぐためのシステムを作り上げた。

 まずは自分たちを守り、そして効果があれば国内に、そしてやがては地球全土で瘴気の波長を消すために、瘴気を打ち消す波長を探し、唱石を見つけ出した。

 発しやすさと、発生状況の確認のしやすさ、そして唱石の反応から、波長を音声にのせることで増幅できることが分かり、増幅塔が作られることになった。


 ユイたち姉妹は、塔で歌い続けるために作られた人工生命体である。たんぱく質などを合成して作られた、合成人間なのだ。

 最低一人が歌っていれば、瘴気は打ち消せる。バックアップや塔の維持のために三人セットで作られた。必要のない間は、歌っていない二人は冬眠している。それで、最低数千年は世界を守れる。超古代文明人たちは、その間に国を立て直し、恒久的なシステムを作るはずだったが、立て直せず、滅んでしまった。ユイは施設の倒壊と共に体を失った。精神は唱石を組み込んだコンピュータに残されている。


 管理者であるユイは、塔の働き、つまり、これまで歌われたプログラムがすべてわかる。しかも、全ての唱石は塔とつながっているのだとユイは言う。


「現生人類間に現在起こる不調は、私が滅すべきかの波長によるものであると理解する。よって、最優先事項は、この『原初の塔』の修復と機能回復であると考える。

 だが、私は、現在、物理的肉体が存在しないので必要なプログラムを実行できない。お前に、私の権限の一部を貸与する。」


「権限を貸してくれるって言われても、何するの? ごめん、もっとわかりやすくならない?」


「お前の要求をのみ、言い換えを行う。私と同調し、私の代わりにその肉体を以てうたえ。」


 アオイは、自分がぼろぼろで、あまり高負荷な歌を歌うとナイと戦えないし知り合いを助けなきゃいけないというのを説明してから、ユイの指示に従った。


 プログラムが歌として心に浮かぶ。アオイは息を整え、音程も何もなく叫んだ。


「私、ユイさんを、先輩を、助けたい!!」


 心に浮かんだのは、ユイの思い出らしきものと、大切な人を守るというのを繰り返す、特撮ヒーローの主題歌のような熱い内容の歌だった。超古代人のものなのだろう知らない言葉の知らない歌だが、石の力でユイと心を重ねたアオイは体の奥が熱くなっていった。何度も泣きじゃくり、叫びまくり、演劇やダンスの表現のように腕を振り乱し、空に手を伸ばした。


 恐ろしい負荷で、外見も内臓もズタズタに裂かれているのと、恐ろしい回復力がほんのわずかずつ内臓をこねくり回しているのを感じ、アオイは勢いよく吐血し、喀血し、嘔吐した。目じりから涙と血液があふれ、口と鼻からは拭っても拭っても血が垂れてくる。

 なぜ自分はこんな目に合っているのだろうとも、アオイは思う。だが、疲れ切った体の芯に、熱い想いがしっかり根を張って、花を咲かせるように彼女を支えてくれた人々への想いを呼び起こし、立ち上がる力となる。


 正常に起動し青白い輝きを一層増した巨大唱石と、よりはっきりしたユイの映像を見て、アオイは血なまぐさい顔のまま、心からの感動を表した最高の笑顔を見せた。


「ありがと。行ってくるね!」


 アオイは確かめるようにぐっとこぶしを握り、さらに気合を入れるように頬を二度叩いたのち、血のしずくを飛ばしながら、新幹線かリニアかヘリコプターかというスピードで飛び去った。塔に来るまでの速度からするとおよそ三倍である。


「すまない、アオイ。」


 残されたユイは、映像を消し、増幅に全力を注いだ。

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