第16話 先輩!必ず守ります。(アオイ/カナデ視点)

 人間の魂を浄化してため込むための歌は、途方もない力が必要だから、ナイは決断したらまず、塔を直すことにした。

 唱石の力を全て集めてすべての人間を浄化するという歌のプログラムをネイは編み出して、それを歌い続けていたということかな。少なく見ても千年、歌い続けようとしていたその気持ちの一部が、石を通じて伝わってくる。


「やっと塔の機能回復まで出来た。機能の書き換えも出来つつある。あとは、必要な想いと動力を集めるだけ!!あんたたちも、養分になってもらうよッ!」


 ナイが私やネイさんとは全く関係ない方向に、機装の一部を打ち出した。カナデ先輩を置いた場所だと気づくのに数秒かかってしまった分、私も小さな盾のような機装を間に合うように打ち出す。自分が行くより盾のほうが早く着く。


「行っちゃだめ!そいつ関係ないっ!!」


 背後でネイさんの声がした。ナイがゆっくり歌いながら歩いてくるのが聞こえる。砂を踏みしめる音、低く振るえるような声。そうだ、石のエネルギーが欲しかったらそういう歌をうたえばいい!目的は攻撃じゃなかった!先輩の隣で私は自分のバカさを一秒だけ悔やんだ。


 ダメもとでちび盾を大量に飛ばして妨害と防御をしつつ、先輩に治癒を施す。ただの手かざしだけど、石の力は私の子守唄によって何かが発射されているかのように先輩を癒してくれる。


* * *


 指先が、温かい。最初の知覚は、触感だった。柔らかいものがぼろぼろの右手を包んで、もう一つ、おなかのあたりに触れたのが分かる。


 そうだ、私は黒い機装の者によって、打ちのめされたのだ。機装は砕かれ、歌えないように喉を潰されかけ、情けないことに私は、気を失っていたのだ。

 たどたどしい子守唄が聞こえる。私の遠い親戚にあたる旧家の出の乳母が同じ歌を歌っていたのを思い出す。もちろん、乳母の歌はこんなへたくそではなく、上手かどうかは分からないが丁寧で優しい響きだった。


 誰が歌っているのか、ふと気がそちらに向かう。力を込めても指先はかすかにさえ動こうとしない。


 子守唄が別の声に変わった。不思議に思ったところで、私の瞼はやっと開いた。


「カナデっ!もう少し耐えて!」


 ネイが抱き着いてくる。今の歌は彼女か。では、あのへたくそは。


 ネイの躰越しに見えたのは。


 私が初めて機装を纏った時に教わった祝詞と同じと思われる歌を、枯れた声で叫び続けるあの忌々しいニセモノ……後輩の天城蒼衣だった。

 機装の頭部パーツが完全に割れ飛び、吹き荒れる嵐で髪が荒々しくなびいている。涙と血液の流れたあとが顔じゅうにこびりついて、さらにまだ血液が目や口端から零れ落ちている。目は見開かれ、身体の機装パーツも心臓と局部と足元しか守っていない。それも、もうひびだらけで、飛び散ってしまいそうだ。もちろん、機装のない部分は傷だらけだ。再生能力すら、歌に回しているのだ。


「先輩はッ!!ネイさんにどうするか聞いてくださいッッ!!」



 後輩が叫ぶ。私はネイに何をすべきか尋ねた。同じ歌を歌ってほしい、とネイは答え、私は機装を展開し直した。体の反動が残っていて、全身が締め付けるように痛む。だが、これくらい、目の前の後輩に比べたら微々たるものだ。私には、なんともない。……わけもないが、遠くから機装の力でかすかに聞こえるマモルの声で私は耐えられる。

 苦しむところを、もう見せたくないんだ。


 ネイに言われ、マモルを待ちつつ、ネイに教えられた祝詞を歌う。ナイが溜めに溜めた想いとエネルギー、つまり『魂の入れ物』とやらがどれくらいあるのか探し出し、逆にそれを使って私たちが必要な歌を歌うのだと、ネイはそれだけ言った。歌うことで、唱石は他の石のエネルギーを探す探知機になる。


 絶え間ない暴風と容赦ない爆風に耐えつつ、歌う。追いついてきたマモルは、後輩に向かって、


「すぐに、そっちに加勢する!ごめんねっ!!」


言ってから私たちのほうへ来た。あんな奴に謝る必要なんかない。私がマモルに言うと、マモルは私の頬を平手打ちした。


「あんた、後であの子に謝んなさいよ。それから、守ってくれてありがとうって。」


 祝詞によって見つかったエネルギーと、祝詞によって通じ合う。そこで私は、ナイの悲しみの一部と、後輩のめちゃくちゃな戦い方を見た。めちゃくちゃだが、機装を臨機応変に変化させ、思いもつかない形状で守ったり攻撃したりする。

 唱石研究の萌芽と共にあった私でさえ、一〇年かかっても思いつかなかった動きや機装の目まぐるしい展開。あの後輩は、もう何もできないニセモノではない。


「あの子は、あたしからなあんにも奪ったりしてない。やっとわかった?」


 マモルは優しい声で言って、後輩アオイのほうへ盾を展開しながら駆けていった。少しして、絶対歩けないだろう足を浮かせて、アオイが滑ってくる。


「制御はあたしがする。あのエネルギー自体を、ぶっこわす大砲を撃つから、出来る限りの石をつないで。」


 ネイが別の祝詞を歌いだす。この祝詞はプログラミングに似ているらしいが、ネイは自在にプログラムを作っているのだろうか。




 上空を厚く覆っている雲が突然丸く払われ、穴のように、そこだけ青い空が見えた。瞬きした間に、その穴から、唱石の輝きと同じ青白い光が降りてきた。

 降り注いだその光は、私たちを含め、この島<ルルイエ>のすべてを焼き尽くしたように、私には思えた。私たちは意識を失った。

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