まつろわぬ姫の心には…

第29話 宇南苦悩

瑩珠は黎翔の戻ってきてほしいという言葉を受け、黎翔と共に東宮へと戻ることとなった。

「龍飛お兄様、ゆるりと休暇をお過ごしくださいませ」

「ありがとう、妹妹マイマイ(妹に対する呼びかけ)。父上や母上と過ごさせともらうよ。もう妹妹ではいけないな…妃殿下、ですね」

「他人行儀なことを仰って…また語らいましょう」

龍飛は拝礼をしてその言葉に応えた。


東宮への道中で瑩珠は黎翔に尋ねた。

「東宮で何かございましたの?それとも後華宮で何か…」

「どちらかと言えば、鳳城の方でね。累が東宮に及んでいるというのが正しいかな。宇南がとても困らされているんだよ、殿にね」

瑩珠は暗い表情になった。

「なぜあの様な者が官吏として登用されたのか私、とてもわかりませんわ…探花の器ではないように僭越ながらも思う次第なのですけれど…」

「それは父上も同じことを仰せだった。宇南に至っては"名門の令嬢としても些か…"と申しておるほどだ」

瑩珠は何かに気づいたようだ。

「黎翔様は宇南をお助けになりたいと思われたのですね。この、皇太子殿下のご下命あらば直ちに…」

黎翔はくすりと笑った後、表情を引き締めて言った。

「では、我が東宮に戻り次第下命を待て」

「御心のままに」

程なくして東宮の門に着いたので、瑩珠は車を降りて自分の居室へと向かった。

「まったく…残花は手がかかる者ね…友のために一度離れた職を負うなんて、考えてもいませんでしたわ。側侍とは忙しい職ですのにね」

状元ジョウゲンであったことを表す金白の糸で縫い取りがされた濃藍の衣を纏った。三魁であったことは名誉なことなので死ぬときまでその衣は着ることができるのだ。しかし、毎年三魁が誕生するのにずっと同じ型の衣を纏っていては見分けがつかない。すると、それぞれの職に応じた紋様が衣にあしらわれることになるのだ。側侍は木蘭。後の皇后のための役職であることから皇后の花である蓮の前であるとして木蘭と決められている。瑩珠は冠をつけ、黎翔の執務室へと向かった。

「皇太子殿下、お召しにより蓉玉蘭が参上いたしました」

入室を許可する声が聞こえてくる。

入室後、すぐに拝跪した。

「皇太子殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう存じます。お召しとは何事かございましたか」

「他でもないこの東宮での問題、ひいては鳳城の問題を解決してもらいたく思い、召したのだ。その役をそなたに命じたい」

拝命の意を伝える。

「側侍、蓉玉蘭に命ず。側近、丁宇南テイ ウナンを補佐し、学宮の安寧をもたらせ。それまでそなたに復官を命ずる」

「拝命いたします」

他でもない探花の奏沙が側近補佐として丁宇南についたのは良いが、名門で皇族の妻を排出したり、公主の降嫁を受けたりしていることを鼻にかけて宇南を軽んじているのだという。

拝命した瑩珠は鳳城へと向かい、龍皇宮リュウコウグウへと入った。

「宇南、いらっしゃいますか?」

側近の間の入り口には宇南の姿はなかった。代わりに…

「あら?丁側近に用向き?しょうがないわね、この忙しい身の李奏沙リ ソウサが聞いてあげるわ」

奏沙が茶を飲んでいた。

「李殿?見たところ公務中だと思いますが、茶を喫するお時間はおありのようですね。その衣からして現探花でございましょう?学宮はどうなさいました?」

「私はね、必要ないの。皇后候補なのだから身分・位階の講義なんて必要ないのよ?私が膝を折るのは夫とその両親と祖廟くらいなものだもの」

「そのようなことを仰るのは李殿の身を危険にさらしておられるのと同義ですわ」

そこに話し声に気づいた宇南がやってきた。

「玉蘭…!?退官したはずでは…」

瑩珠は微笑んでただいま戻りました、と伝えた。

「側侍、蓉玉蘭。皇太子殿下直々のご下命により、一時復官して丁側近を補佐いたします。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る