第30話 奏沙傲慢

瑩珠を見た宇南は奥の執務室に促した。

「ぎょ…玉蘭…。復官はしないのではなかったのですか…?その…殿下をお助けすることに専念すると…」

「宇南、これは引いては殿下の御為になること。また、友が困っているとあらば、意を曲げることなど厭いませんわ」

執務室の椅子に座り、どのような状況なのかを聞き始めた。

はじめは、殊勝に業務と勉学に励んでいたのだという。しかし…李家の高官らが奏沙に会いに来た時から問題が起きだした。

「これはこれは妃殿下…いや、まだでしたかな?名門李家の長姫がまだ後宮に召されていないなどということはありますまい。今はどこの宮にお住まいですか?いずれご挨拶に伺いましょうぞ」

奏沙の体がびくりと跳ねた。

「い…いやですわ、お兄様。も、もうすぐ殿舎を賜ると思いますのよ?すぐに寵姫になって見せますわ。ご安心なさって」

「あぁ、失敬?残花と謗られる我が愚妹ではあるまい?楽しみにしておりますぞ。我らが昇進も近いということですなぁ」

兄らが離れていくと奏沙は涙を見せた。

「私だって好きで候補から外されたのでは…いいえ?私はまだ皇后候補者だわ?ふふふ…何を勘違いしていたのかしら。ここにいる上官など私が召されたら群臣の一人だというのに…礼節など必要ないわよね?」

こうして奏沙は変わってしまった。

「本来は心優しい、期待にこたえたい一心の普通の貴族の姫だったのね…。周囲の思いに応えようとするあまり心が歪み、傲慢になってしまった。これでは後宮に迎えたりなどできないわ。どうしましょう…勉学、芸事には本当に優れている姫だから、順当にいけば貴妃の位を賜れるくらいの方だというのに惜しいことを…」

呟く瑩珠に宇南は言いづらそうにうつむいて言った。

「…順当に貴妃殿下になられていたとしても歪みはしたと思う…」

「まぁ…そうなのですか?」

「皇太子殿下は子妃殿下を大層大事になさっていらっしゃるから…大婚の時に妃として娶られる予定の姫君達は不安がっているのですよ」

「寵愛が得られぬかもしれぬと…?流石に私には分かりかねますわ…こればかりは殿下のみご存知のことですし」

その時前触れもなく執務室の扉が開き、奏沙が入ってきた。何やら器を持ってきている。

「李探花、何用だ?戸を叩いてから入室せよと毎度…」

宇南が言い終わらない内に奏沙は昏い笑顔で器の中身を瑩珠に頭からかけた。

「あつっ…!」

かけられたのは熱湯だった。瑩珠の白い肌がみるみる赤くなっていく。

「どういう…ことですか?李探花。説明を求めます」

赤く腫れていく肌を気にも留めず静かに問うた。

「どういうこと?ですって?殿下、という言葉を聞いたからですわ。私よりも殿下の近くに年若い女性がいるなんて許されませんもの。私は皇后候補者ですわよ?皆が遠慮して当然!その顔も火傷やけどで醜くなるといいわっ!」

奏沙は高笑いしながら去っていった。

「痛いっ!無礼者!」

奏沙が去った方角から高い悲鳴が聞こえた。

「私は探花、李奏沙よ!何をするのっ!」

何やら奏沙は誰かと口論になっているようだ。瑩珠と宇南は顔を見合わせ、慌てて声のする方へと走った。

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