遠き国の青き華

第12話 青羅王妃

凰琳が学宮の生活にも慣れた夏の盛り。

あまりの暑さに凰琳は目を覚ました。

「帝都は王領よりも暑うございますこと…」

扉の方で人の気配がして、声がかかった。

朝餉あさげの準備が整っております、子妃殿下」

その声はいつも聞く声よりも低いが男性の声にしては高いものだった。宦官の特徴である。

「昇勇…?金鈴はどうしたのです?」

声をかけてきたのは黎翔付きの主席宦官のネン昇勇ショウヨウだったのだ。

女官が別の扉から入ってきて、召し替えを済ませると昇勇の案内で朝餉の間の椅子に座った。

「金鈴は廷宮に…」

青羅セイラの件ですね…もうすぐですものね…」

紫鳳国の北に位置する青羅国に嫁いだ皇帝の妹長公主とその娘が来訪することになっているのだ。

「金鈴を呼び寄せましょうか?」

「いえ、良いわ。国賓の対応の女官として選ばれたのでしょうから」

濃紫の正装を身に纏った鸞が入ってきた。

気づいた凰琳が礼をとろうと立ち上がるのを押し留め向かいに座る。

「お早うございます、鸞様」

「お早う。四半刻後、東宮傅と補佐が謁見に来る。準備しておいておくれ?」

「承知いたしました」

四半刻がたち、謁見の間に揃った。

「両殿下に拝謁いたします」

東宮傅と東宮傅補佐が跪いた。

「楽にせよ。朝議の報告があるとか?」

「はっ。三週間後、青羅王妃殿下、御姫殿下が来宮されるそうでございます。また、その後一週間遅れて照王、王妃両殿下の来宮となります」

「その差配を我らがということか」

「左様にございます。臣めどもが行ってよろしいでしょうか?」

「東宮傅、そなたらに頼むとしよう。妃よ、それで異存ないか?」

凰琳が頷き、かんざしの珠連が音を鳴らした。

「異存はございません…なれど、申したきことが」

「許す」

「東宮傅補佐、照王妃様が一週間遅れて参られると申したが、おそらく王妃様は早くに…青羅王妃様と同じ頃に到着されるはずです。覚えておられませ」

どうやら早く来る理由があるようだった。


3週間がたち。

青羅国から王妃とその姫が来訪した。

会見は龍皇宮の中の皇族が集まる場として作られた帝殿テイデンで執り行われた。

暎帝は幾ばくかこわばった顔で微笑んでいた。

灑葉サイハ、遠路よく参った」

「お久しゅうございます、兄上様」

灑葉と呼ばれたのは暎帝の妹、灑葉長公主だ。その隣には姫がいた。

「うむ…して、そなたが灑王公主サイオウコウシュかな?」

気の強そうな表情の少女に声をかけた。

「はい、叔父様。青鳴韵セイメイインと申します。10歳になりましたわ」

彩結が顔をほころばせて言った。

「鳴韵は鸞の1つ年上ですのね」

「そうだな。鸞に美しい従姉がいると申したら喜ぶであろう」

青羅の衣装は寒い国であるため、毛皮を多用しており襟や袖、冠が白い毛皮で出来ている。夏場に訪れたため、冠以外は毛皮を使用していないが厚手の生地で辛かったらしく、王妃と姫は絹団扇で扇いでいた。

「そういえば兄上様。お姉様はいらっしゃいませんの?長公主として都におわすのでしょう?わらわ達はお姉様のご機嫌伺いに参りましたのよ」

鳴韵の気の強そうなところは母から受け継がれたものらしい。

一瞬で暎帝の表情が固まった。

「あ、あぁ、姉上か…一週間遅れて、夫王と…」

灑葉の体がわなわなと震え、青紫の佩玉が揺れた。

「夫…王ですって…?降嫁させなさいましたのっ!?」

「あぁ…公主たる方だったのだから…」

「なんということを…」

「お母様…?」

鳴韵が近寄って灑葉を支えた。

「お姉様は王領におわすそうですわ…」

そこに先帝が来た。

「何を叫んでおるのだ。官吏が困るであろう」

「お父様…!」「父上…」

「院宮まで声が聞こえておってかなわぬ」

灑葉と鳴韵は深く礼をとった。

「院上に、ご挨拶申し上げます」

「礼儀を忘れておらぬなら、慎みを持て」

「はい…で、ですが、お姉様がおわさぬとっ…!」

すると先帝は後ろの扉を振り返り言った。

「つい先程参ったよ。なぁ?瑞華ズイカや」

鈴の音のような涼やかな声が響いた。

「えぇ、お父様。大家、ご機嫌麗しゅう存じますわ」

ゆったりとした足取りで胡蝶こちょうの飛び回る薄紫のクンを揺らし、鶯色の上襦ジョウジュを着た若い女性が静かに入ってきた。

「姉上っ…!」

暎帝はほっと息をついた。

灑葉は瑞華長公主に懐いており、昔から瑞華がいないと手がつけられなかったのだ。

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