学徒たるには…

第7話 学宮之徒

「凰琳、我は朝議に出て、父上の補佐をせねばならない。案内をしてやれぬのは心苦しいが、久方ぶりの帝都。散策してきても構わないよ。」

「真に?」

黎翔は微笑んで凰琳の髪を撫でた。

「行きたいところがあるのだね。鳳城内なら誰かが見ているから構わないが、城を出るなら女官か宦官を連れて出ること。良いね?」

「御心のままに、鸞様。」

黎翔が皇帝の執務を執り行う龍皇宮リュウコウグウに参内すると、凰琳は自室に戻った。

「誰ぞある…?」

その呼び掛けに答えて凰琳付きの女官の長、金鈴キンレイが来た。

「お呼びでしょうか、子妃様。」

「殿下が参内なさったから、私も鳳城に参ります。常服にしてほしいのですけれど…」

「どちらまで参られます?」

凰琳は嬉しそうに言った。

地宮ジグウへ行くのです。」

「地宮…でございますか…?」

この国には六官というものがあり、官吏はこの内のどれかに属する。宰相の役割を担う冢宰チョウサイを長とし政治を司る天官テンカン司徒シトを長とし教育・地方政治を司る地官ジカン宗伯ソウハクを長とし祭祀・礼法を司る春官、司馬シバを長とし軍務を司る夏官、司寇シコウを長とし刑罰・訴訟を司る秋官、司空シクウを長とし土木工作を司る冬官からなる。それぞれの所属する場を宮と呼んでいるのだ。他にも三省という舞楽の楽官、近侍の侍官、医術・典薬の薬官などもある。

「地宮の中の学宮で学を修めたいんですの。幸い、学舎ノ試には通っておりますのよ。」

「たしなみの楽舞だけでなく、学もおありとは…。女学としてお修めになられていらっしゃるのでは?」

凰琳は悲しげに目を伏せた。

「女学はあくまで女学。政道には触れられなかったので、入宮と共に学宮で学び始めようと思いましたのよ。」

「左様でございましたか。学宮での学びはとてもよろしゅうございましょう。」

宦官が扉の前で額突ぬかづいているのを2人は気づいた。

「どうしたのです?」

「恐れながら申し上げます。東宮傅トウグウフ様と司徒様がいらしておりますが…。」

「お通ししてくださいな。」

宦官は下がり、東宮の雑事と皇太子の教育を行う東宮傅と司徒が代わりに入ってきた。そしてすぐに拱手して跪いた。

「いらしてくださり、ありがとう存じます。」

「皇太子妃殿下に拝謁致しまして、光栄にございます。」

「楽になさってくださいな。お席でお茶でも召し上がられてくださいませ。」

ちょうどよいころに金鈴が卓子に茶器を置いて後ろに控えた。

「失礼いたします、殿下。」

椅子に皆座った。

「照子妃殿下…真に学宮へ?」

「もちろんですわ。学道、政道を修め、皇太子殿下の助けとなれますように。」

司徒が顎の髭を触りながら問うた。

「なれば、本日の皇上御見においでになられるのですか?大家はご存じでしょうが、何故、蓉玉蘭ヨウギョクランと?」

ふわりと微笑んで凰琳は答えた。

「大家は殿試にてお気づきになられお許しもくださいましたので、皇上御見には参じようかと思っております。蓉玉蘭とはお祖母様がくださったのです。大家の皇姉たる母の外姓、蓉太后の蓉に、いずれ蓮として宮に咲く私に今は木蓮たれと別名を。」

「なるほど…。」

東宮傅は笑みを滲ませながら声を発した。

「御身は帝位継承権をお持ちですから外朝の混乱を避けるためにも良いのでしょうなぁ。」

凰琳は頷き、一礼した。その動きで銀歩揺の木蓮の飾りが煌めいた。

「照姫たる名は知られ過ぎておりますもの。これよりは一書生、蓉玉蘭。通生として励ませていただきますわ。ご教授の程、お願い申し上げます。師君シクン。」

東宮傅と司徒は笑みを深くし、学徒の制衣を差し出した。

「濃藍の衣…。」

金鈴が衣をかわりに受け取って息をのんで言った。

「し…子妃様…!金白の糸ですから…三魁サンカイ状元ジョウゲンですわっ。」

三魁とは成績上位者で状元とは首席ということなのだ。

凰琳は妃衣を脱ぎ、制衣を身につけた。

「私がただの貴族の姫であれば大家の側に侍り、大臣や司位を望んだでしょう…」

「お望みになられないのですか?」

「えぇ。私は元王族、今や帝族にも連なっております。権力者の争いに巻き込まれ、殿下の妨げになど言語道断ですわ。」

凰琳は窓辺に近づき、春の日差しを目を細めて見た。そして誰にも聞こえないような声で呟いた、私が望めば帝位さえ手に入れてしまうのだから…と。

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