第8話 学徒道中

凰琳と金鈴は東宮を出て、地宮の門前まで来た。

「金鈴、ここで良いですわ。身分が顕になるのはあまりよろしくはありませんわ」

「御心のままに…離れるわけには参りませぬ故、シン太監が陰ながらお側に」

凰琳が少し離れた所にいる太監に目を向けて頷いた。

「分かりましたわ。ここまでありがとう。下がって良いですよ」

金鈴が深く礼をとったので、凰琳は学宮へと続く道を歩み始めた。

「状元様だ…!」「女性だぞ…?」

場の空気がざわついたが凰琳は気にせずに同じ濃藍の衣を纏う青年達に近づいた。

「我らが長の状元殿ではありませんか」

柔和な笑みを浮かべ、金糸で襟を縫いとられた衣を纏う第2席の榜眼ボウガンが声を発した。

「大貴族のソウ家の今成キンセイ様とテイ家の宇南ウナン様とご一緒できるとは嬉しゅうございます」

今成は銀糸で襟を縫いとられた衣を纏う第3席の探花タンカ、宇南が榜眼だった。

今成はとても気さくで元気が良さそうであり、宇南は冷静で落ち着いた雰囲気をまとっている。

「存じておられたか、状元殿」

「今成様は禁衛大将軍たる司馬に、宇南様は皇上側近の冢宰にと目されている方ですもの」

今成が頭をかきながら照れたように言った。

「ははっ。そうなれたら良いがな、なぁ?宇南」

「えぇ、もちろんですとも、今成。して、我らのことをご存知の状元のことは我らは失礼ながら見知っておりませぬ。御名をお聞かせ願えますか?」

凰琳はふわりと微笑んで、蓉玉蘭と答えた。すると微笑んでいた宇南の表情が固くなった。

「太后様の縁者でしたとは…失礼いたしました」

「玉蘭は何になろうと思ってきたんだ?皇太子殿下の妃嬪か?」

凰琳は苦笑した。

「なろうと思うものはございません。帝室の皆様のお役に立ち、皆様と仲良く勉学を修めたいだけですわ」

「そうだな」「そうですね」

「よしなに、今成、宇南」

「もちろん、玉蘭」

後の世に伝えられる稀代の帝臣との絆はここから始まったのだろう。

学徒の整列が先代状元から呼びかけられた。

「檸東宮傅補佐」

凰琳がその状元に声をかけた。

「緊張しておるのか?」

「えぇ、ですが務めはしかと果たしますわ。御姉君の賢妃殿下にも不安ないことをお知らせいたしませんと」

「賢妃殿下のことを知っておったのか。王姫様も利発でお可愛らしいのだぞ?先程いらしてくださり、義姉上様の瑞王公主殿下にお会いになったのだとか」

凰琳は真面目そうに見つめていた賢妃の色である山吹の襦裙を纏っていた恵王姫のことを思い出していた。

「左様でございましたか」

学徒達は学宮を出て龍皇宮に入った。

「き…九嬪様方だっ…皆、端に寄って跪拝せよっ」

九嬪とは後華宮での位階で皇后、四夫人に次ぐ女性達だ。

婦人達は目の前で立ち止まり学徒に目をやった。

本来はここで檸が口上を述べなければならないのだが、狼狽えてしまっている。

身分の低いものからの挨拶がある前に高位の者が声をかけてしまうと軽んじられるが故に九嬪は待っているのだ。絹団扇で扇がれて揺れた歩揺の音だけが回廊に響いている。

凰琳が少し前に出ると全員の視線が集まった。

「三魁、並びに学徒が九嬪様方にご挨拶申し上げます」

「ほう…賢妃様の弟君は私達のことをお忘れだったよう。状元、名は?直答を許します」

九嬪第1位の澄昭儀が問うた。

「はっ。臣めは蓉玉蘭と申します。ご挨拶が遅れましたこと、寛大なお心でお許しくださいませ」

「蓉…!?義母上様の縁者か?」

九嬪の1人が声をあげ、澄昭儀が慌てて命じた。

「立って行くがよいっ!そなたをかような冷床に跪かせたと知られれば…」

そこに鋭く冷たい一声が響いた。

「どうなると申しますか?昭儀、並びに九嬪」

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