第3話 伝統の一戦

 「あれがこの町の名物、化爆武惨怒ケバブサンド起死人形オキシドールの総長対決だよ。まあ早くいえばクラシコだね」


 で、伝統の一戦か?


 「超カッケー!! 新しい。逆に。一周してまた一周戻ったような感じです」


 寮長神事っていったよな? あれのどこが神事だよ。

 むしろ個人的因縁以外のなにがあんだ? あんなのに神風が吹くなんて風の無駄使いだ。

 寮長が指さしたさきにはあるふたりの男がいた。


 ふたりは薄っすいシーツをカスタマイズしたロングコートっぽい服をまとっている。

 それぞれに背中には、“化爆武惨怒”と“起死人形”とマジックで書かれていた。 

 だが、“爆”の正式な漢字が書けなかったらしく“火”の右側をぐちゃぐちゃにして、ほんのりとごまかしている。

 いまならスマホで一発検索できるだろ。


 「でしょう!!」


 寮長は自分が褒められたかのように喜んだ。


 「はい。マジヤバいっす!! 時代の先端を百八十度進んで、また百八十度進んだ感じです」


 俺は嘘をついた。

 もうすぐ元号げんごうも変わるってのに……なにやってんだよあいつら。

 ずっと睨み合ったままのふたりの男のうしろには自転車が一台ずつ停められている。

 ただふつうの自転車ではないスゲー改造を施された自転車だ、いやもう魔改造と呼んでもいい。

 

 自転車の前にはカヌーを縦にしたような風避けみたいなのがついている。

 絶対に前方は見えない。

 おそらくあのカヌーの全長が長ければ長いほど自分の戦闘能力に比例してるという自己顕示欲だろう。

 

 車輪の中にはなぜかカプセルトイのカプセルが入っている。

 あれは入れた理由よりもどうやって入れたんだ?って疑問のほうが大きい。

 車体もクリスマスかってくらいイルミネートしてるし。

 ただその中のLED電球、三、四個は誰かにかれてるっぽい。

 そしてそのイルミネーションの配線が車体につたのように絡まっていた。

 自転車の後方部からは鹿威ししおどしのような長い竹が二本出ている。

 あれにはどんな用途があるのか僕は知らない、……“いま見た竹の名前も僕は知らない”

 

 ふたりはいまだ動く素振りを見せない。

 どちらの総長にも仲間がいないのようなのできっと一対一の対決タイマンだろう。

 後継者不足はしょうがないか。

 土日は休みたいし残業もしたくないからな。

 現代っ子はやっぱり楽な家業を選んでしまうってことさ。


 「さあ、はじまるよ。ちなみに化爆武惨怒の総長が肉山にくやまくんで、起死人形の総長は毒川どくかわくん。ほら服の端にもきちんと名前書いてあるでしょ?」


 あっ!? 

 ほんとだ、シーツの端にちっちゃく「肉山」と「毒川」って書いてある。 


 「肉山と毒川ですか。悪そうな名前ですね?」


 寮長はボクシングの世界統一戦でも観戦するように拳を握りしめている。

 そして時代が動く。

 化爆武惨怒の総長肉山は起死人形の総長毒川に颯爽とかけ寄って手にしていたスプレー缶を吹きかけた。


 「毒川ぁぁぁ!! 俺がおまえの毒素を滅菌してやる!!」


 俺は戦いどうのこうのよりもそのスプレー缶が気になる。

 あの缶の種類はなんなんだ? 俺は目を凝らした。

 デザインから判断すると殺虫剤だ、CMでよく見かける。

 えーとあれは、そう、一本で全種類をれるオールマイティー殺虫剤だ。

 蚊、ゴキブリ、ヘラクレスオオカブト、トリカブトそれにモンゴリアンデスワームまでを仕留めることのできる優れものだ。

 起死人形の総長毒川は顔面を殺虫されながらもクロスカウンタースプレーをした。


 「うるせー!! 肉山ぁぁぁ!! 冷凍保存してやる。それとも名前を付けて保存がいいか?」


 「こ、これは、ま、まさか第二氷河期セカンドアイスエイジぃぃぃ」


 化爆武惨怒の総長毒川がそういった。

 なんかカッケー技みたくなってるけど? アイスエイジってことはコールドスプレーだな。

 どうやら起死人形の総長毒川は化爆武惨怒肉山の眉間みけんをコールドしたみたいだ。

 これは完全コールド試合になるか?と思ったが、そうもならなかった。

 ふたりは態勢を変えながらスプレーの打ち合いをしている。


 ただいま化爆武惨怒の総長肉山は風下のために自爆中。

 その隙を狙って起死人形の総長毒川はコールドスプレーを連射した。

 ブシュブシュ缶を押す音がする。

 あの場所だけスゲー煙ってるし。

 花火を三十本くらいまとめて点火したみたいだ。

 俺の目もシパ(シパシパする)い。

 起死人形の総長毒川の高笑いがモヤの中で響いていた、それがしばらくつづく。

 あのへん一帯がけむっててなんかよく見えないけどマンガなら煙の中に神々こうごうしいまでのシルエットが見えてるはずだ。


 「やるな毒川。おまえはもう絶対零度に達してるぜ!!」


 化爆武惨怒の総長肉山は片膝をつきながら起死人形の総長を褒め称えている。


 「いや、お前のC10H16O2(※殺虫剤に含まれる成分の化学式)も結構目に染みたぜ。また引き分けだな?」


 起死人形の総長毒川も地面にガクンと片手をついた。

 謎の化学式ぃぃ!?

 そんなもん目に入って大丈夫なのか? いや、そういう物質が十個や十六個くらい入ってないとさすがにモンゴリアンデスワームはれないか。

 ふたりのまつ毛と顔が凍っている。

 さらに若干のツララも有る。

 上瞼うわまぶたと頬もほんのりと腫れていた。


 起死人形の総長毒川は、化爆武惨怒の総長肉川の腕をとって高らかにかかげた。

 それに応じるように化爆武惨怒の総長肉山も起死人形の総長毒川の手をとる。

 互いの腕を交差させたまま両者の腕を天につきあげ賛辞を贈った。

 そして誰もいない場所に向かって――みんな、拍手。と呼びかけた。


 どっかの犬が一回だけ――ワン。と吠えた、そのあとは無反応。

 と、思ったが通りがけの女子高生が写メを写る。


 ――ぜんぜんえねー。マジまんじ

 と捨てゼリフの残していった。

 世の中は残酷よのぅ。

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