第4話 決着

 ――ちょっとゴメンね。とうしろからテクテクと歩いてきたおばあちゃんも迷惑そうにしている。

 あっ!? 

 おばあちゃんの服が総長たちの自転車の竹やりにひっかかった、これは大変だ。

 するとおばあちゃんは無表情のままで手提げ巾着の中からスマホをとりだした。

 えっ、スマホ持ってんの?


 さらに片耳タイプのブルートゥースイヤホンを自分の耳にセットした。

 そして素早く本体をフリック。

 フ、フリック入力したぁ!!

 超、早ぇぇ。

 三十二ビート刻んでる。


 「もしもし、あの、お巡りさん。銃刀法違反じゃ。あと、チャリの駐禁も。早くしょっぴいとくれよ!?」


 なんだただ意識高い系のITおばあちゃんか。

 だが総長たちはそんなおばちゃんの通報にビクともしない。

 さすがは、総長たちわる慣れしてやがる。


 「また、親父おやじゆずりの腱鞘炎がうずきだしたぜ」

 

 起死人形の総長毒川は顔を歪めて手首をさすっている。

 化爆武惨怒の総長肉山が起死人形の総長毒川の前に回り込んで、結果的には肩を貸すかたちになった。


 「毒川名人のスプレー三十二連射は相当手首に負担かけるんだろ? ほどほどにな?」


 おばあちゃんの三十二ビートと起死人形の総長毒川の三十二連射がシンクロした。


 「ああ、悪りーな。俺たち良いライバルだよな?」


 起死人形の総長毒川も化爆武惨怒の総長肉山に心を許して甘えてる。


 「毒川、痛み分けだ。いつまでも好敵手と書いてライバルと読む関係でいようぜ?」


 「ああ肉山、これからもよろしくな」


 「おお」

 

 総長たちはITおばあちゃんにおのおので小銭を渡して、いかにも戦闘終えたぜ的に足を引きずって自分たちの自転車までたどりついた。

 邪魔くさそうに車体の配線を手でけサドルにまたがった。

 もっとコンパクトに収納しろよ!!

 

 「ばあさん。迷惑かけたな」


 「あんたのじいさんがあんたに惚れた意味がわかるぜ。せばな(じゃーなーばいばい的な意味)」


 ――ブルートゥースにさちあれ!! 

 起死人形の総長毒川のあとにつづいて化爆武惨怒の総長肉山もITおばあちゃんにエールをおくった。

 ブルートゥースにはもうすでにさちはきてるけどな、けっこう一般的じゃん!!

 夕日に向かって颯爽と去りゆく総長たち、なぜ夕日を目指すのか教えてくれ……。


 「やだ。かっこいい」


 ITおばあちゃんはオチ・・た。

 小さくなっていく総長たちは、俺の視線のはるか遠くで竹やり同士が揉み合って激しく転倒した。

 化爆武惨怒の総長肉山は伸身宙返りからのスリーフリップ、そして三回転トゥループ、トゥーループからのステップ。

 最後は四回転ループからツーアクセルで煌びやかに舞った。

 起死人形の総長毒川はフォーサルコウからのトゥループ、そしてエイトフリップからの五回転半ジャンプ。

 さらにしつこいくらいにルッツ、ルッツ、ルッツ、ルッツで美しく星になった。

 

 ――ガラガッシャン!!


 という音がここまで聞こえてきた。

 

 総長は散り際までかっこいいぜ。

 俺はいまひとり追悼集会を開いた。

 あとでタバコと缶コーヒーを買って供えようと思う。

 たぶん死んではないけどあんな邪魔ものをチャリのうしろにつけるからそうなるんだよ。

 あと、前につけていたあのカヌーじゃ前方見えねーだろうし。

 運転するときなんてほぼ賭けじゃん!!

 ハンドルを持って”右か右かいや左か”って思いながら運転すんのっていちいち面倒だわ~。


 そんなとき、ちょうどふたりの警察がやってきた。

 だが通報したITおばちゃんは態度を一変させていた。 

 そして一言こういった。――粋な男たちだったよ。見逃してやってくれ、と。

 ITおばあちゃんはなおもオチている。

 若い警察の人は困惑した表情を浮かべていた。

 そりゃあそうだ。

 

 「だって、おばあさんが銃刀法違反って110ひゃくとうばんを……」


 「若造。いいのさ。ここはひとつアタイの心を汲んどくれ。そしたらあんたに“いいね”してやるよ」


 「いや。別にいらないです」


 「じゃあ、ファボでどうだい?」


 「ファボもべつに……」


 「じゃあ、リ」


 「リ、リムだけはやめてください」


 「どうだい。怖いだろ。リムられるって?」


 「おい。やめとけ。ばあさんも勘弁してやってくれ」


 年配の警察の人が仲裁に入ってきた。

 場慣れしてる感がハンパない、ベテランの風格もハンパない。

 おそらくあだ名はボスだろう。


 「あたしゃ。彼等やつらを見逃してやってくれりゃぁそれでいのさ」


 「ああ。わかった」

 

 ボスが事件ことを収めた。

 けっこう簡単だな。


 「どの道。肉山と毒川は古物商免許持ってるから違法じゃねーんだ」


 ボスは若手に貫録ある感じでそういった。


 「ボスどういうことですか?」


  あっ、やっぱり、あだ名ボスだ。

  てか古物商免許よりも二輪免許とれよ。


 「あの竹ヤリはな土一揆どいっき時代のアンティークなんだ。武器じゃねーんだ」

 

 「そ、そうなんですか。じゃあ脱法バンブーですか?」


 俺は法の抜け道に驚いた。

 あいつら戦国土一揆の怨念で星になったんじゃね? 絡まってコケたというよりも竹に仕留められた的な。


 「ああ。グレーゾーンだ。やつらいったい何人の手下をまとめてると思ってんだ?」


 「すみません。ボス。ちょっと侮ってました。まさか法の穴をついてくるなんて」


 「おまえはまだ若い。これからだ」

 

 「ボス。すみません。さすが元組織犯罪対策課ソタイですね」


 「まあな」


 あのふたりに手下なんていねーよ!?

 なんだかんだITおばあちゃんは警察のふたりと和解したみたいだった。

 ITおばあちゃんは、嬉しそうに手の中の小銭をながめている。

 それを宙に掲げて裏表、表裏と何回も見比べた。

 コインの中央に刻印されている“B”という文字が俺にも見えた。

 あれって小銭じゃなくてどっかのアミューズメントパークのコインだったんだ。


 「彼らの熱戦はいつ観てもいい」

 

 腕組みをしながらウンウンとうなずく寮長がそういった。

 いい試合観たぞ、って顔してる。 


 「今日の試合はたしか第十三節くらいだったかな~?」

 

 “節”ってサッカーかよ? 寮長それをもっと早くいってほしかったです。

 十三節ってそんな数をこなしてるならぜんぜん神事じゃねーし。

 むしろ、定期開催じゃん。

 まあ、俺もあと数年で成人を迎える身、寮長と俺のあいだに流れる空気の温度差くらい読めるさ。


 「ああいうのたまんねーっす!!」


 「おっ、朝比奈くんも好きなクチかい?」


 「はい。子どものころによく親と一緒に観てたんで。総長対決」


 「へー朝比奈くん家はどこを応援してたの?」


 ど、どこ? それは、つまり、どこの総長を支持してたかってことだよな?

 い、いきなりそう訊かれてもな。

 どんな種類がいるのかもわかんねーしな。

 道端でスマホかざしたら捕獲とかできねーかな? う~ん。まあ日本には瓢箪ひょうたんから駒とかいうことわざもあるし。

 このさいガチャ的にいってみるか。


 「え、えっと。僕は、あれですね。あの、いん須汰鬼露愚羅武すたキロぐらむです」


 「へー。インスタか。シャレてるね~」


 「で、ですよね」


 「あそこの総長はえるからね」


 「そ、そうです。える。えば。えるときの三段活用です」


 「おー、わかってるね」


 「でしゅ。でしゅ」


 おー危ねー、なんとか乗り切った。

 寮長本音をいうと映えないと思います。

 だってさっきの女子高生はマジまんじっていってたもん。

 けど、実在したんだ、いん須汰鬼露愚羅武すたキロぐらむって総長が。


 寮長はまだ熱気冷めやらぬ場所の写メを撮りはじめた。

 さらに手したスマホの画面はSNSアプリの投稿画面になっている。

 そこにハッシュタグを選択してから<“総長と対決わず”に使っていいよ。>と文字を打ちこんだ。

 り、寮長あなどりがたし、でもそんなハッシュタグを使う人いるか?


 「”なう”と”うぃる”バージョンも撮っておこう」


 寮長は、未来、過去、現在をつかさどった。

 

 <“総長と対決なう”に使っていいよ>

 <“総長と対決うぃる”に使っていいよ>


 さらに別パターンもアップしたようだ。

 けど、現在なうは星になってるけどな。

 ――これが、俺がこの町にきた初日のできごとだった。

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